はてなブログに「PPEなきファッション思想家――國分功一郎批判」を公開した。
飯島昇藏先生について書き、次に早稲田政経PPE論を書いた。その二本を踏まえて、三本目として國分功一郎を批判した。
これは単なる國分嫌いの文章ではない。もちろん嫌いではある。しかし主題はそこではない。
問いたかったのは、哲学が制度、身体、責任、政策、測定、資源配分から切り離されたとき、何が起きるのかということだ。國分功一郎の公共哲学、スピノザ、ハイデガー、反原発、東大教授という制度的権威。それらを、「PPEなきファッション思想」として批判している。
哲学を捨てるためではなく、哲学を現実に戻すための文章である。
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