筒井康隆『農協月へ行く』から読む東アジアの近代化可能性


1 日本の自己修正能力――昭和の野暮さから令和の公共空間へ 

日本は、実際かなりよくなっているのではないか。

そういう感覚がある。

これは、統計を並べて証明する前の、ぼくの生活実感である。もちろん、日本には腐っているところがいくらでもある。JTCの人事、学校、日教組、生協、官僚制、地域社会の同調圧力。挙げればきりがない。ぼく自身、日本社会の全部を美化する気はない。むしろ、これまで散々叩いてきた。

だが、それでも、日本の公共空間はかなり洗練された。少なくとも、ぼくの記憶の中にある昭和から平成初期の日本と比べると、いまの日本はかなり清潔で、静かで、行儀がよく、他人の生活空間を壊さない社会になっているように見える。

その感覚を語る入口として、筒井康隆から始めたい。

ぼくは中高生のころ、筒井康隆をかなり読んでいた。いま思えば、あれは相当変な読書体験だった。中学生や高校生が読むには、筒井康隆はあまりにも毒が強い。下品で、知的で、悪意があり、俗物を笑い、権威を笑い、集団を笑い、人間のいやらしさを笑う。だが、その毒が面白かった。日本社会の立派そうなもの、道徳的そうなもの、上品そうなものの下にある、野暮さ、粗さ、欲望、集団性、成金趣味、無神経さを、そのまま見せてくる作家だった。

その中に、『農協月へ行く』がある。

題名だけでもう強い。農協が月へ行く。農協ご一行様が、ついに宇宙旅行へ行く。そこにあるのは、昭和日本の団体旅行であり、農協であり、地方の成金化であり、集団で押し出してくる野暮さであり、旅行先へ自分たちの作法をそのまま持ち込む無神経さである。もちろん、戯画である。筒井康隆の悪意で増幅された風刺である。

だが、完全な空想ではなかったはずである。

昭和の日本には、実際にそういうところがあったのだと思う。団体で移動し、声が大きく、酒を飲み、場を占拠し、現地の作法より自分たちの集団のノリを優先する。金は持ち始めたが、振る舞いはまだ洗練されていない。貧しさから抜け出し、豊かになり、消費するようになったが、公共空間でどう見られているかにはまだ鈍い。そういう日本人の姿があった。

だから、最初に確認しておきたい。日本人は、最初から清潔で、静かで、洗練されていたわけではない。

痰壺もあった。犬の糞の放置もあった。駅や道路や観光地の野暮さもあった。団体旅行の粗さもあった。酒に酔って騒ぐおっさんもいた。高度成長からバブルへ向かう日本には、豊かになったばかりの社会の下品さがあった。そこを見ないで、「日本人は昔から礼儀正しく清潔だった」と言うつもりはない。

しかし、だからこそ、いまの日本を見ると、かなり変わったとも思う。

犬の散歩をする人は、袋を持つ。犬の糞は持ち帰る。電車の中では、多くの人が声を落とす。ゴミは分別される。列はだいたい守られる。コンビニでも、駅でも、病院でも、役所でも、最低限の順番は共有されている。喫煙も、かつてとは比較にならないほど公共空間から後退した。完璧ではない。例外はいくらでもある。それでも、社会全体の作法としては、かなり変わった。

この変化は、小さな話ではない。

公共空間でどう振る舞うかは、近代社会の深い部分にかかわっている。犬の糞を放置しないこと。痰を吐かないこと。大声で騒がないこと。列に並ぶこと。見えないところで手を抜かないこと。他人の生活空間を汚さないこと。こういう作法は、法律だけで作れるものではない。警察が全部監視しているから守られるものでもない。人々が、それはみっともない、それは恥ずかしい、それは他人に迷惑だ、と内面化して初めて成立する。

日本は、それをかなり短い時間でやったように見える。

もちろん、これは仮説である。ぼくの記憶と観察から出発している。だが、この仮説は、少なくとも検討する価値がある。昭和日本には、『農協月へ行く』で笑われるような野暮さがあった。にもかかわらず、現在の日本は、世界的に見てもかなり清潔で、静かで、秩序だった公共空間を持つ社会になっている。

では、なぜそれができたのか。

日本人が本質的に優れていたからではない。日本社会が最初から完成されていたからでもない。むしろ、日本は野暮だった。粗かった。未洗練だった。だが、日本には、それを恥じ、笑い、直し、作法として広げる力があったのではないか。

筒井康隆を読んでいた中高生のころのぼくは、もちろんそんなことを考えていたわけではない。ただ、筒井の毒を面白がっていた。日本社会の俗物性を笑っていた。だが、いま振り返ると、そこには別の問いがある。

笑われた日本は、その後どうなったのか。

『農協月へ行く』で笑われたような日本は、完全に消えたわけではない。別の形で残っているものもある。だが、少なくとも公共空間の作法という点では、日本はかなり自己修正した。昭和の野暮さを、平成と令和の清潔さへと変えてきた。

この自己修正能力こそ、ぼくがここで考えたい問題である。

日本は、なぜここまで直せたのか。逆に、なぜ他の社会では、同じように直らないものが残るのか。近代化とは、制度を輸入することではなく、社会の作法を更新することではないのか。そして、日本がそれを比較的短い時間でやったのだとすれば、その成立条件をどう守るべきなのか。

ここから、東アジアを見直していく。

2 近代化は制度輸入ではなく、社会OSの更新である

ここで言いたいのは、日本人が本質的に清潔だとか、道徳的に優れているとか、そういう話ではない。

むしろ逆である。日本も野暮だった。粗かった。公共空間の作法も、最初から完成されていたわけではなかった。筒井康隆『農協月へ行く』が笑ったような昭和日本は、実際にあった。だからこそ、問題は「日本人の本質」ではなく、「日本社会はなぜそれを直せたのか」である。

近代化とは、制度を輸入することではない。

憲法を作る。議会を置く。軍隊を整える。学校制度を作る。鉄道を敷く。高層ビルを建てる。工場を作る。高速道路を作る。もちろん、それらは重要である。だが、それだけで近代社会が成立するわけではない。制度やインフラは、近代化の外形にすぎない。

本当に難しいのは、その外形を動かす社会の作法である。

時間を守る。列に並ぶ。公共空間を汚さない。見えないところで手を抜かない。他人の生活空間を壊さない。法を個別の人間関係より上に置く。権力を家産ではなく公的な職務として扱う。宗教やイデオロギーを、国家運営の直接の正統性にしない。自分たちの国家を、誰か偉い人が勝手に運営するものではなく、成員が引き受ける公共的実践として見る。

こういうものが生活の末端まで入って、初めて近代社会は動く。

だから、近代化とは社会OSの更新である。制度のインストールではない。憲法や議会や学校や鉄道を入れれば終わりではない。それらを動かす人間の作法、責任感、羞恥心、職業倫理、公共感覚、権力感覚が変わらなければならない。

日本共和制論で扱ってきたのも、結局この問題だった。

義務教育を考え直すこと。教育学部を問い直すこと。複線型トラックをデザインすること。この国を次の世代に渡すこと。そして、日本を残すこと。それらは、ばらばらの政策論ではない。国家を公共的実践として引き受けるための、成員形成の議論だった。

社会は、自然には続かない。子どもを育て、教育し、働けるようにし、公共空間で暮らせるようにし、社会を維持する側へ接続しなければならない。日本語公共圏も、教育制度も、職業接続も、治安も、公共作法も、放っておけば維持されるものではない。

ここでいう「日本共和制論」は、天皇制を神秘化する話ではない。天皇を戴いたまま、国家を公共的実践として引き受けるという話である。権威と権力を分け、政府を交換可能な権力として扱いながら、国家そのものは自分たちのものとして引き受ける。そのためには、制度だけでは足りない。社会を動かす成員の作法が必要になる。

この点で、日本はかなり特殊な成功をしたように見える。

日本は、昭和の野暮さを持っていた。団体旅行の粗さも、公共空間の未熟さも、組織の硬直もあった。いまも腐ったところは残っている。それでも、日本社会は、公共空間の清潔さ、時間感覚、列、品質規範、他人に迷惑をかけない作法を、かなり高い水準で共有するようになった。

この変化を、日本人の美徳としてではなく、社会OSの更新として見る。

そうすると、次の問いが出てくる。

日本はなぜ、それを比較的短い時間でできたのか。他の東アジア社会では、なぜ同じようにはいかないのか。制度はある。国家もある。選挙もある場合がある。高層ビルも高速鉄道もある。文化産業もある。それでも、公共性、品質規範、権力移行、国家を引き受ける感覚が、社会の末端まで入っているとは限らない。

この問いを、東アジアの近代史から最小限確認しておく。

3 東アジア近代史の最小限のおさらい――日本の例外性

日本の近代化が特殊だったという話は、別に珍説ではない。

ここは新発見として語る必要はない。徳川期の蓄積が明治以後の急速な近代化を可能にしたこと。日本が東アジアで例外的に独立を維持し、列強側に入ったこと。中国や朝鮮が、それとは異なる制度経験と政治文化を持っていたこと。こうした話は、日本近代化論では古くから論じられてきた。

だから、ここで長々と学説史をやるつもりはない。必要なのは、最小限の足場である。

東アジアで、西洋列強の衝撃に直面したとき、日本だけがかなり違う経路を取った。

中国は、アヘン戦争以後、不平等条約、租界、列強の勢力圏、治外法権、関税自主権の制約に苦しんだ。清朝は巨大な帝国だったが、西洋近代の軍事・通商・国際法秩序に対して、十分に対応できなかった。中国は完全な植民地にはならなかったが、半植民地的な状態に置かれた。

朝鮮は、清、日本、ロシアのあいだで揺れた。近代以前の朝鮮王朝は、儒教官僚国家としての自負を持ち、明清交替後には小中華意識を強めた。日本を下に見る文化的分類も強かった。だが、実際には西洋近代と帝国主義の圧力に対応できず、最終的に日本の植民地となった。

台湾は、清朝の辺境として組み込まれたのち、日清戦争後に日本へ割譲され、日本統治を経験した。台湾は朝鮮王朝のような小中華国家ではなく、先住民社会、漢人移民社会、清朝の辺境統治、日本統治、国民党支配が重なる、かなり複雑な制度経験を持った。

日本だけが違った。

日本も、西洋列強に開国を迫られ、不平等条約を結ばされた。だが、そこから明治国家を作り、日清戦争、日露戦争を経て、条約改正を実現し、帝国主義世界の中で独立を維持した。良い悪いではない。日本は東アジアで、独立した近代国家として列強側に入った例外だった。

この差は、単に明治政府が優秀だったから、というだけでは説明しきれない。

日本には、徳川期の蓄積があった。武士、藩、幕府、朝廷、寺社、町人、農村共同体が重なり合う封建的な秩序があり、一定の分権、身分的責任、文書行政、教育、商業、都市、識字、勤勉、村落秩序がすでにあった。もちろん、それは近代社会そのものではない。だが、近代国家へ移行するための材料は、かなり蓄積されていた。

封建制を経由した社会だけが近代を内面化できた、と断定するつもりはない。だが、本格的な封建制から近代国家へ移行した主要文明圏が、ヨーロッパと日本にほぼ限られることは、かなり重い事実である。ヨーロッパでは、封建制、都市自治、教会と王権の緊張、宗教改革、政教分離、勤勉革命、資本主義が長い時間をかけて重なった。日本では、それとは別の経路で、武士的規律、徳川期の社会秩序、寺子屋や藩校、明治国家、天皇の権威と政府の権力の分離が重なった。

このあたりの詳細は、日本共和制論 5/5 で扱った。ここでは繰り返さない。
重要なのは、日本が近代化を「制度輸入」だけで終わらせなかったことである。日本は、憲法や軍隊や学校や鉄道を作っただけではない。社会の成員が、時間、清潔、品質、教育、職業、秩序、公共空間の作法をかなり深く内面化していった。そこに、日本の近代化の特殊さがある。

もちろん、それはきれいごとではない。日本の近代化は、暴力も伴った。植民地支配もした。戦争もした。国内にも抑圧はあった。だから、日本は正しかった、という話ではない。

それでも、日本は近代国家として自立し、敗戦後も社会の基礎を失わず、さらに公共空間の作法を洗練させてきた。ここは見なければならない。

逆に言えば、近代化に失敗するとは、単に貧しいことではない。高層ビルがないことでもない。制度がないことでもない。制度があっても、それを動かす社会OSが更新されていなければ、近代社会は安定しない。

中国、韓国、台湾、北朝鮮は、それぞれ違う形でこの問題を示している。

中国は、巨大な量的建設能力を持つが、公共規範や品質規範の内面化には疑問が残る。韓国は、民主制の形式を持ちながら、権力移行が前権力者の断罪として反復される。台湾は、中国語圏でありながら、中国大陸とは違う制度経験と地政学の中で、別の社会OSを形成してきた。北朝鮮は、近代国家の外形すら家族支配に従属させている。

これらを見ることで、日本の例外性が見えてくる。

日本は、最初から完成されていたわけではない。昭和の野暮さも、公共空間の未熟さもあった。だが、日本はそれを自己修正してきた。その自己修正能力がどこから来たのかを考えるには、近代化を制度ではなく、社会OSの更新として見なければならない。

4 中国――量的近代化と、前近代OSの露出

かつて、日本人も海外で笑われていた。

団体で移動する。声が大きい。酒を飲む。場を占拠する。現地の作法より、自分たちの集団のノリを優先する。筒井康隆『農協月へ行く』が戯画化したのは、そういう日本人だった。豊かになったばかりの日本人が、公共空間でどう振る舞えばよいかを、まだ十分に身につけていなかった時代である。

だから、中国人観光客のマナー問題を語るとき、日本人は最初から上に立てるわけではない。

中国人観光客の大声、列への割り込み、ゴミ、写真撮影、公共空間でのふるまいが問題にされることはある。日本の観光地や宿泊施設でも、訪日中国人旅行客のマナー問題が研究対象になるほどには、問題認識があった。だが、ここで重要なのは、「中国人観光客は迷惑だ」と言って終わることではない。

かつて日本人にも、農協旅行団的な野暮さはあった。問題は、そこから社会が自己修正するかどうかである。豊かになったばかりの集団が、外へ出て、粗さを露出する。それ自体は、近代化の途中で起こり得る。だが、その粗さが恥とされ、作法として直され、公共空間での最低保証へ組み込まれるかどうか。そこに社会OSの差が出る。

この点で、痰吐き問題は分かりやすい。

中国では、痰を吐くことが国内でも公的に問題化されてきた。北京五輪を前にした2006年、北京当局は都市とマナーを清潔にする運動の中で、痰吐きを最悪の習慣の一つとして扱った。上海でも、2010年の上海万博を前に、痰吐き、ポイ捨て、信号無視、公共空間での喫煙などを禁じる「七不」運動が行われた。これは、外国人の前で恥をかかないための都市マナー改善としても語られていた。

しかも、これは北京五輪や上海万博で終わった話ではない。北京市の文明行為促進条例は、公共衛生の領域で重点的に治理する不文明行為として、随地吐痰、便溺、吸い殻や紙くずの投棄、禁煙場所や行列内での喫煙などを挙げている。条例は、これらを「人民群众普遍厌恶的顽症痼疾和陈规陋习」、つまり多くの市民が嫌悪する根深い悪習・旧習として扱っている。

2020年には、北京で随地吐痰、便溺、乱扔垃圾などへの罰金上限を50元から200元へ引き上げる議論が報じられた。理由は、こうした行為が市容環境衛生を損なり、多くの市民が嫌悪する根深い悪習であるにもかかわらず、従来の処罰が軽すぎるとされたからである。 深圳市南山区も2024年時点で、市容・環境衛生管理条例に基づき、随地吐痰、便溺、ガムかす、果物の皮、紙くず、吸い殻その他のゴミの投棄を禁じ、違反者に清掃命令と50元以上200元以下の罰金を科すと案内している。

つまり、痰吐きは過去の風俗として片づいた問題ではない。中国の都市行政にとって、21世紀の現在でも、市容、衛生、文明行為の問題として処理され続けている。

もちろん、日本にも痰吐きはあった。

日本にも痰壺はあった。1904年の結核予防規則では、人の集まる場所に痰壺を設置し、痰壺以外で痰や唾を吐いてはならないとされた。つまり、日本人が昔から清潔で、公共空間で痰など吐かなかった、という話ではない。日本も、痰を公共空間でどう処理するかが制度問題になる社会だった。

ただし、日本では、それは明治から戦後にかけて、結核対策と公衆衛生の問題として処理されていった。戦後直後まで結核は重大な国民病だった。だが、1950年代以降、結核死亡率は大きく下がった。厚生労働省の統計では、1950年には結核による死亡数が121,769人、人口10万人あたり死亡率が146.4だった。それが、1975年には死亡数10,567人、死亡率9.5、1985年には死亡数4,692人、死亡率3.9まで低下している。

この変化とともに、痰壺は公共空間から退いていった。もちろん、全国一律に何年で消えたとは言えない。駅、病院、学校、鉄道車両で残り方は違う。昭和後期まで駅や鉄道設備に痰壺の痕跡が残っていた例はある。だが、少なくとも平成以後の一般的な日本の公共空間では、痰壺は実用品ではなく、過去の衛生観念を示す遺物になった。

ここに時間差がある。

日本も最初から清潔だったわけではない。痰吐きもあった。痰壺もあった。だが、それは結核対策、公衆衛生、学校教育、生活作法の更新を通じて、昭和後期には公共空間からかなり退いた。現代日本では、道端や駅や商業施設で痰を吐くことは、かなり強くみっともない行為として見られる。

問題は、どちらの国にも痰吐きがあったかどうかではない。それが、いつ、どの程度、公共空間から退き、社会的な恥として内面化されたかである。

痰を吐くかどうかは、些細なマナーではない。身体をどう公共空間に置くかの問題である。自分の身体から出るものを、他人の空間に捨ててよいのか。自分の不快を、そのまま外部へ投げ出してよいのか。公共空間を、自分の身体の延長として扱うのか、それとも他人と共有する場所として扱うのか。この差は、近代社会の底にある。

中国は、近代化していない国ではない。むしろ、量的近代化は巨大である。高層ビル、高速鉄道、都市開発、港湾、EV、製造業、軍事、監視技術。目に見える近代化の外形は、圧倒的な規模で存在する。日本人が上から目線で「中国は遅れている」と言えるような単純な話ではない。

だが、量的近代化と公共作法の内面化は別である。

高層ビルを建てられることと、公共空間で痰を吐かないことは違う。高速鉄道を走らせることと、列に並ぶことは違う。EVを量産することと、他人の空間を汚さないことは違う。外形的な近代化がどれほど巨大でも、社会の末端で公共性が作法として共有されていなければ、近代社会の最低保証は成立しない。

この問題は、建設にも現れる。

中国には「豆腐渣工程」という言葉がある。豆腐のかすのように脆い、粗悪な工事を指す言葉である。中国語圏内部で使われてきた、品質保証の失敗を示す語彙である。2008年の四川大地震では、多数の学校建物が倒壊し、学校建設をめぐる腐敗や手抜き疑惑が大きな問題になった。

ただし、ここでも日本を美化してはいけない。

日本にも手抜き工事はある。欠陥住宅もある。耐震偽装もあった。公共工事をめぐる談合もあった。日本の建設業界が清廉潔白だったなどとは言えない。むしろ、日本社会にも、手抜き、癒着、偽装、責任逃れはあったし、いまもある。

違いは、それが発覚したとき、社会がどう処理するかである。

日本では、公共工事の品質低下への懸念、著しい低価格入札、工事中の事故、手抜き工事の発生、下請業者や労働者へのしわ寄せなどを背景として、2005年に公共工事品確法が施行された。国土交通省北陸地方整備局の説明では、公共工事は国民生活と経済活動の基盤となる社会資本を整備するものであり、その品質は現在および将来の国民のために確保されなければならないとされている。価格だけでなく、技術提案や品質も含めて総合的に評価することが、公共工事の品質確保のための主要な取り組みとして位置づけられている。

ここでも、比較すべきなのは「日本に手抜きがない、中国にはある」という雑な話ではない。

どちらにも手抜きはある。どちらにも腐敗はある。どちらにも偽装はある。人間はどこでもずるをする。問題は、そのずるを社会が標準として許すのか、それとも例外として摘発し、恥とし、制度で抑え込み、最低保証を引き上げるのかである。

日本の強みは、完璧さではない。最低保証の水準が相対的に高いことである。

見えないところで手を抜くな。構造に関わるところでごまかすな。公共工事の品質を将来の国民のために確保しろ。そういう建前が、完全ではないにせよ、制度として存在し、社会的にも拘束力を持つ。建前は建前である。現実には抜け道もある。だが、その建前が最低保証として働くかどうかが重要である。

中国の場合、量的建設能力の巨大さと、品質保証の最低保証がしばしばずれる。巨大な都市を作る。橋を架ける。高速鉄道を延ばす。高層ビルを建てる。その能力はある。だが、見えないところで手を抜かない、腐敗を抑える、品質を将来の公共財として守る、という規範がどこまで社会の末端に浸透しているかは別問題である。

同じことは、産業の模倣にも出る。

日本車も、最初から独創的だったわけではない。日本の自動車産業は、欧米から学んだ。KD生産、技術導入、リバースエンジニアリング的な学習もあった。藤本隆宏の研究では、トヨタがアメリカの乗用車やトラックをリバースエンジニアリングし、日産がアメリカ企業からトラックの設計図一式を購入したことが述べられている。つまり、日本も模倣から始めた。ここも美化してはいけない。

だが、日本の自動車産業は、その後、独自設計、品質管理、改善、信頼性へ進んだ。欧米車を学び、分解し、吸収し、やがて別の品質体系を作った。日本車が世界で評価されたのは、単に安かったからではない。壊れにくい、燃費がよい、品質が安定している、改善が続く。そこに、日本的な産業OSが形成された。

中国車のコピーキャット問題は、それとは違う。

たとえば Landwind X7 は、Range Rover Evoque のコピーとして国際的に大きく報じられた。2019年には、中国の裁判所が、Landwind X7 が Evoque の特徴的なデザイン要素をコピーしたとして、Jaguar Land Rover 側に有利な判断を出した。Guardian も、北京の裁判所が Landwind X7 について、Evoque から直接コピーされた特徴があると判断したと報じている。

もちろん、中国の自動車産業も変化している。EVやバッテリー、価格競争力、サプライチェーンには強みがある。中国車がすべてコピーだ、などとは言えない。むしろ、中国メーカーは今後、独自設計とブランドを強めていく可能性がある。

だが、コピーキャット問題が繰り返し国際的に批判されてきたことは事実である。ここで問われるのは、模倣の有無ではない。模倣から学習し、改善し、独自の品質へ進むのか。それとも、外観や意匠をそのまま似せ、市場投入の近道として使うのか。その差である。

日本も模倣した。中国も模倣した。だが、模倣の処理が違う。

日本の場合、模倣は学習と改善へ接続された。欧米車を学んだうえで、独自設計、品質管理、カイゼン、信頼性へ向かった。中国の場合、少なくとも一部では、模倣がそのまま市場投入の近道として使われた。そこに、知財や独自設計への最低保証が十分に機能しているかという問題が出る。

痰吐き、手抜き工事、コピーキャット。

これらは別々の話に見える。だが、根は近い。

公共空間を汚さない。見えないところで手を抜かない。他人の設計をそのまま盗まない。こういう最低保証が社会OSとして機能するかどうかである。法律があるかどうかだけではない。キャンペーンがあるかどうかだけでもない。人々が、それはみっともない、それは恥ずかしい、それはやってはいけない、と内面化しているかどうかである。

中国は、近代国家の外形を巨大に持っている。都市もある。軍もある。高速鉄道もある。EVもある。監視技術もある。国家動員もある。だが、その巨大な量的近代化の下で、公共作法、品質規範、知財規範の最低保証がどこまで社会OSとして定着しているかは、なお疑問が残る。

だから、中国を「遅れている」とだけ言うのは違う。

むしろ、中国は非常に近代的である。少なくとも外形は、過剰なほど近代的である。問題は、近代の外形を持ちながら、作動原理の一部に前近代OSが露出することだ。身内、近場の利益、面子、数量、速度、上からのキャンペーン。それらが、公共性、品質、知財、他人の空間への配慮を上書きしてしまう。

日本も、かつては野暮だった。痰も吐いた。手抜きもした。模倣もした。だから、中国を笑って終わることはできない。だが、日本は、それらを社会の恥とし、制度と作法に回収し、最低保証の水準を上げてきた。

この自己修正能力の差が、問題なのである。

5 韓国――民主制の外形と、前近代的な権力交代OS

韓国は、近代国家ではある。

選挙がある。政党がある。議会がある。裁判所がある。企業がある。大学がある。半導体がある。スマートフォンがある。K-POPもある。都市インフラもある。日本人が雑に「韓国は遅れている」と言えるような相手ではない。
むしろ、韓国は近代化の外形をかなり高い密度で持っている。教育熱も高い。産業競争力もある。文化産業の輸出力もある。軍もある。徴兵制もある。国家の緊張感もある。少なくとも、社会の表面だけを見れば、韓国は十分に近代的である。

韓国にも、公共空間の粗さは残る。痰吐きも例外ではない。韓国でも、道路や公園など人が集まる場所で痰を吐く行為は軽犯罪処罰法上の罰金対象になり得るが、2010年代にも、実際には積極的に執行されておらず、違法だと知らない人も多いと報じられていた。つまり、公共身体作法という点でも、韓国は日本と同じ水準にあるわけではない。

だが、韓国でよりはっきり露出するのは、生活作法よりも権力交代である。中国では、公共作法、品質、知財の最低保証に前近代OSが露出した。韓国では、政権が交代するたびに前任者が旧王朝のように裁かれる政治感覚の方に、前近代OSがより鮮明に現れる。

韓国政治では、大統領経験者が退任後に訴追され、収監され、弾劾され、自殺し、あるいは恩赦されるという事態が繰り返されてきた。これは単なる偶然ではない。政権交代が、通常の権力移行ではなく、前任者の道徳的・法的断罪として演じられやすい。

李承晩は、1960年4月の四月革命で不正選挙への抗議が広がるなか、1960年4月26日に大統領を辞任し、同年5月29日にハワイへ亡命した。朴正煕は、1979年10月26日、中央情報部長・金載圭により暗殺された。全斗煥と盧泰愚は、1979年12月12日の粛軍クーデター、1980年の光州事件、収賄などをめぐって裁かれ、1996年8月26日に全斗煥が死刑、盧泰愚が懲役22年6か月の判決を受けた。1997年4月17日、最高裁で全斗煥は無期懲役、盧泰愚は懲役17年に減刑され、同年12月22日に特赦で釈放された。(adst.org yna.co.kr)
盧武鉉は、退任後の収賄疑惑捜査のなか、2009年5月23日に自殺した。李明博は、収賄・横領などで2018年10月5日に懲役15年の判決を受けた。朴槿恵は、2016年12月9日に国会で弾劾訴追され、2017年3月10日に憲法裁判所が罷免を決定し、2018年4月6日に懲役24年の判決を受けた。その後、2021年1月に最高裁で懲役20年が確定し、同年12月に特赦された。(reuters.com reuters.com)

尹錫悦は、2024年12月3日の戒厳令宣言をめぐって、2024年12月14日に国会で弾劾訴追され、2025年4月4日に憲法裁判所が弾劾を認容して罷免された。2026年2月19日には、戒厳令を通じた内乱主導で無期懲役判決を受けたと Reuters が報じている。さらに、妻の金建希も2026年6月、収賄で懲役7年を言い渡されたと報じられた。(reuters.com reuters.com reuters.com reuters.com)

ここまで並べれば、異常さは明らかである。

韓国だけを見ていると、「腐敗した大統領が裁かれているだけだ」と言うこともできる。だが、戦後の他の近代民主国家と比べると、頻度が違う。とくにフランスと比べると分かりやすい。

フランスも、清廉潔白な国ではない。第五共和政の大統領にも司法問題はある。ジャック・シラクは2011年12月15日、パリ市長時代の公金不正使用で有罪となり、執行猶予付き禁錮2年を受けた。ニコラ・サルコジは2021年3月1日、汚職と影響力取引で有罪となり、禁錮3年の判決を受けた。さらに2025年9月25日には、リビア資金疑惑をめぐる刑事共謀で禁錮5年を言い渡され、2025年10月21日にラ・サンテ刑務所へ収監された。(reuters.com reuters.com reuters.com reuters.com)

つまり、フランスでも元大統領は裁かれる。だから、権力者を裁くこと自体が前近代なのではない。問題は頻度と形式である。

フランス第五共和政では、ド・ゴール、ポンピドゥー、ジスカール・デスタン、ミッテラン、シラク、サルコジ、オランド、マクロンと大統領が交代してきた。司法問題を抱えた大統領はいる。だが、大統領経験者が、亡命し、暗殺され、死刑判決を受け、無期懲役になり、自殺し、弾劾され、収監され、また無期懲役になる、という反復にはなっていない。韓国は、同じ「大統領制」「民主制」「法治」の外形を持ちながら、権力者の末路の頻度と強度が異常に高い。

問題は、単に大統領個人が腐敗していることではない。

権力が、一度握ると王朝のように肥大し、失うと旧王朝のように裁かれる。ここに韓国政治の前近代性がある。政権交代が、通常の権力交換ではなく、前任者を悪しき旧権力として断罪する儀式になりやすい。勝者は新しい正統性を得るために前任者を裁き、敗者は政治共同体の競争相手として残るのではなく、歴史的悪として処理される。

これは、近代民主制の安定した政権交代ではない。

近代民主制において、政権交代は、原則として権力の交換である。政権は負ける。退く。次の選挙で戻ってくる可能性を残す。前任者が違法行為をしたなら、法に基づいて裁かれる。だが、前任者が王朝のように全否定され、政治共同体そのものから追放されることが標準形式になってはならない。

韓国では、この線がしばしば崩れる。

前任者は、単なる前任者ではない。腐敗した王朝、裏切り者、民族の敵、民主主義の敵として処理されやすい。だから、権力移行が権力の交換ではなく、正統性の奪還劇になる。新しい政権は、政策を変えるだけでは足りない。前の権力を裁き、否定し、自分たちの正統性を証明しなければならない。

これは、中国のような一党独裁とは違う。北朝鮮のような家族支配とも違う。韓国には選挙がある。抗議運動もある。裁判もある。報道もある。市民が政権を倒す力もある。そこは近代的であり、民主的である。

だが、その民主的な力が、前近代的な断罪感覚と結びつく。

ここに韓国の危うさがある。

韓国政治では、権力が安定した制度として交換されるよりも、しばしば道徳的審判として発動する。民意は、統治者を交代させるだけでなく、前統治者を裁く力として現れる。司法は、法の支配として働く一方で、政治的断罪の舞台にもなる。検察は、近代法治国家の装置であると同時に、政権交代後の清算装置にも見える。

この構造は、朝鮮王朝的な政治記憶と無関係ではない。

朝鮮王朝は、儒教官僚国家として長く続いた。そこでは、王朝の正統性、名分、士大夫的道徳、党派抗争、粛清、流刑、賜死が政治の中心にあった。もちろん、現代韓国をそのまま朝鮮王朝に還元することはできない。韓国は植民地支配、分断、朝鮮戦争、軍事独裁、民主化、財閥資本主義を経験している。単純な連続史観は危険である。

それでも、権力を道徳的正統性として扱い、敗者を政治共同体の外へ追いやり、前権力を清算する感覚は、近代民主制の政権交代とはかなり異なる。これは、易姓革命的な政治感覚に近い。

易姓革命とは、天命が移り、王朝が交代するという考え方である。前王朝は単に選挙に負けるのではない。天命を失ったから倒される。新しい王朝は、前の王朝を否定することで正統性を得る。韓国政治の権力交代は、しばしばこれに似たかたちを取る。政権は交換されるのではなく、裁かれる。前任者は敗者ではなく、悪しき旧権力になる。

ここで、日本との違いも出る。

日本にも腐敗はある。政治家の不祥事もある。派閥政治もあった。金権政治もあった。官僚と業界の癒着もある。日本政治が清潔だなどとは言えない。田中角栄はロッキード事件で1976年7月に逮捕され、1983年10月に一審で有罪判決を受けた。政治家が裁かれることは、日本にもある。

だが、日本では、政権交代や首相交代が、基本的には権力の交換として処理される。前首相や前政権を刑務所へ送ることが、政権交代の標準形式にはなっていない。首相が失脚しても、次の首相が立ち、派閥が組み替わり、官僚制と国会と内閣が継続する。よくも悪くも、政治共同体が王朝交代のように切断されない。

この連続性は、日本の弱さでもある。

腐った人間が残る。責任が曖昧になる。誰も腹を切らない。組織が自己保存する。日本的ななあなあは、しばしば腐敗を温存する。だから、日本が韓国より常に優れている、という話ではない。韓国の市民的エネルギー、抗議運動、政権を倒す力は、日本には乏しい。そこは認めるべきである。

しかし、国家を安定して運営するという観点では、前任者を王朝のように裁く政治OSは危うい。

政治共同体は、敵を完全に滅ぼすことでしか更新できないのか。政権交代は、旧権力の処刑台なのか。選挙で負けた者は、次の選挙で戻ってくる競争相手なのか、それとも民族と民主主義に対する犯罪者なのか。ここが曖昧になると、政治は近代民主制の競争ではなく、正統性をめぐる内戦に近づく。

韓国は、その緊張を抱えている。

形式は民主制である。実際に、市民は政権を倒せる。裁判所も政治権力を止めることがある。報道もある。選挙もある。だが、その民主制の内部で、権力交代が前王朝の断罪として反復される。制度は近代的でありながら、権力感覚は前近代的である。

これは、韓国を侮辱するための言葉ではない。事実を並べれば、そう呼ぶほかないという話である。

大統領経験者が、亡命し、暗殺され、死刑判決を受け、無期懲役になり、自殺し、弾劾され、収監され、また無期懲役になる。これが一国の近現代史で反復されている。しかも、それは軍事独裁期だけの話ではない。民主化後も、李明博、朴槿恵、尹錫悦と続いている。

そこには、前任者を政治的敗者として残すのではなく、旧権力として裁く感覚がある。政権交代を、制度的な交換ではなく、正統性の奪還として見る感覚がある。これは前近代的である。

中国では、公共作法、品質、知財の最低保証に前近代OSが露出した。韓国では、権力交代に前近代OSが露出する。

近代国家の外形はある。民主制の外形もある。だが、その外形を動かしている政治感覚が、安定した制度的交換ではなく、王朝交代的な断罪に傾く。ここに、韓国近代化の未処理部分が見える。

6 台湾――親日美談ではなく、制度記憶と地政学の産物

台湾は、この比較の中で重要な位置にある。

中国を見れば、公共作法、品質、知財の最低保証に前近代OSが露出する。韓国を見れば、民主制の外形の内側で、権力交代に前近代OSが露出する。では、それは民族の問題なのか。中国人だからそうなのか。漢字文化圏だからそうなのか。東アジアだからそうなのか。

台湾を見ると、そう単純には言えなくなる。

台湾は、中国語圏である。漢字文化圏である。住民の多数は漢人系である。歴史的にも、中国大陸との関係を抜きに語ることはできない。にもかかわらず、台湾は中国大陸とはかなり違う社会OSを形成している。公共空間の作法、民主政治の運用、日本への感情、対中意識、国家意識が、大陸中国とは明らかに違う。

だから台湾は、中国批判を民族本質論に落とさないための反例である。

中国大陸の問題は、「中国人だから駄目」ではない。政治文化、制度経験、国家形成、共産党支配、社会主義計画経済、改革開放、急速な都市化、国家資本主義、知財制度、公共規範の形成不全が重なった結果である。台湾は、同じ中国語圏・漢字文化圏でも、別の制度経験と地政学の中では、別の社会OSが形成され得ることを示している。

ただし、台湾を「親日だから良い」とだけ見るのも浅い。

台湾には親日感情がある。2025年の日本台湾交流協会の調査でも、台湾人の「最も好きな国」として日本が突出して高く、75%超が日本を挙げたと報じられている。韓国、米国、中国を大きく引き離している。(japantimes.co.jp) これは日本人にとって気分のよい数字ではある。

だが、そこで止まると、ただの親日美談になる。

台湾の親日性は、日本が善政を敷いたから台湾人が感謝している、という単純な話ではない。日本統治には、インフラ整備、教育、衛生、行政制度、産業開発があった。一方で、植民地支配、差別、同化政策、抵抗の弾圧もあった。台湾は1895年、日清戦争後の下関条約で日本に割譲され、1945年まで50年間、日本統治を受けた。(jstor.org) その経験は、きれいな近代化物語だけでは語れない。

それでも、台湾で日本統治の記憶が相対的に肯定的に語られやすいのは、戦後の国民党支配との比較があるからである。

1945年以後、台湾は中華民国に接収された。だが、戦後直後の統治は、台湾社会に大きな失望と怒りを生んだ。1947年には二・二八事件が起こり、その後、長い白色テロの時代が続いた。国民党支配下では、反体制派、知識人、学生、地域エリートが弾圧され、多くの人々が投獄・処刑・監視の対象になった。白色テロは一般に1947年から1987年の戒厳令解除まで続いたとされる。(taiwan.gov.tw)

この戦後経験が、日本統治の記憶を相対的に変える。

日本統治は植民地支配だった。だが、国民党支配もまた、台湾社会にとって外来政権による暴力的支配だった。とくに本省人にとって、日本統治期の行政秩序や近代化経験は、戦後の国民党支配と比較されることで、相対的にましな記憶として残りやすかった。ここに、台湾の親日性の一つの層がある。

台湾を理解するには、本省人と外省人の違いも外せない。

本省人とは、おおむね戦前から台湾にいた漢人系住民とその子孫を指す。外省人とは、戦後、国民党とともに中国大陸から台湾へ移った人々とその子孫を指す。この区別は、単なる出身地の違いではない。日本統治の記憶、国民党支配の記憶、中国との距離感、台湾人意識の形成に関わる。

本省人にとって、日本統治は自分たちの祖父母・父母の生活史とつながる。他方、外省人にとって、日本は抗日戦争の敵であり、中華民国の歴史記憶の中で否定される対象でもあった。この差は、台湾内部の日本観、中国観、国家観に影を落としてきた。

ただし、この区別も固定的に扱ってはいけない。

世代が進み、民主化が進み、台湾で生まれ育った人々が増えるにつれ、本省人/外省人の境界は以前ほど単純ではなくなっている。現在の台湾で強まっているのは、むしろ「台湾人」としての自己認識である。国立政治大学選挙研究センターの長期調査では、「台湾人」「中国人」「両方」という自己認識の推移が1992年から継続的に示されている。1990年代には「両方」と答える人が多かったが、近年は「台湾人」と答える割合が大きく伸びている。(esc.nccu.edu.tw)

これは、台湾が単に親日なのではなく、中国ではない自己を形成してきたことを意味する。

台湾の親日性は、日本への感謝だけではない。中国ではないことの表現でもある。日本は、台湾にとって、植民地支配者であったと同時に、戦後国民党支配とは違う記憶であり、現在の中国共産党体制とも違う隣国であり、民主主義陣営のパートナーでもある。

ここで地政学が決定的になる。

台湾は現在、中国の軍事的・政治的圧力を受けている。中国は台湾を自国の一部と主張し、軍事演習、外交的圧力、認知戦、経済的圧力を続けている。台湾側では、中国の浸透工作、スパイ活動、宣伝工作への警戒が強まっている。2026年6月にも、頼清徳総統が軍学校の卒業式で、中国の浸透や破壊工作に抵抗し、民主的価値と台湾の主権を守るよう訴えたと報じられている。(reuters.com)

この状況では、日本は単なる好感対象ではない。台湾にとって、日本は「中国ではない」隣国であり、米国と並ぶ安全保障環境の一部であり、民主主義陣営の近接したパートナーである。だから、台湾の親日性は、過去の植民地記憶だけでは説明できない。現在の対中地政学が、それを強く補強している。

ここが韓国との違いである。

韓国も日本統治を経験した。台湾も日本統治を経験した。だが、同じ日本統治経験が、韓国では反日ナショナリズムの中核になり、台湾では相対的な親日性と結びつきやすい。なぜか。

一つには、近代以前の朝鮮と台湾の違いがある。

朝鮮王朝は、独自の儒教官僚国家であり、明清交替後には小中華意識を強めた。つまり、自分たちこそが中華文明の正統を継ぐ存在であり、日本を文化的に下に見る感覚も強かった。そこへ日本の植民地支配が来た。朝鮮にとって、日本統治は単なる外来支配ではない。自分たちより下に見ていた日本による屈辱的支配でもあった。

台湾は違う。

近代以前の台湾は、朝鮮王朝のような独立した小中華国家ではなかった。先住民社会、漢人移民社会、清朝の辺境統治が重なっていた。清朝にとっても、台湾は帝国の中心ではなく、辺境だった。そこに日本統治が入り、その後に国民党支配が来た。台湾には、朝鮮王朝のような「中華文明の正統を担う国家が日本に屈服した」という記憶構造はない。

この差は大きい。

韓国では、日本統治の記憶が、屈辱、民族、正統性、謝罪要求と結びつきやすい。台湾では、日本統治の記憶が、植民地支配でありながら、戦後国民党支配との比較、台湾人意識の形成、対中地政学の中で、別の意味を持ちやすい。

だから、台湾を「日本のおかげで近代化した親日国」と書いてはいけない。
それでは、台湾社会の複雑さを消してしまう。台湾は、日本統治の遺産、国民党支配への反発、民主化、本省人/外省人の記憶差、台湾人アイデンティティ、対中地政学が重なって形成された社会である。日本への好感は、その複合物の一部であって、単独の原因ではない。

台湾を見ることで、社会OSは血ではなく、制度経験と地政学によって変わることが分かる。

同じ漢字文化圏でも、中国大陸と台湾は違う。同じ日本統治経験でも、韓国と台湾は違う。同じ東アジアでも、日本、韓国、台湾、中国、北朝鮮は違う。だから、ここで扱っているのは民族の本質ではない。社会がどのような制度を経験し、どのような支配を受け、どのような敵を持ち、どのような記憶を選び、どのような公共空間を作ってきたかである。

台湾は、東アジアの中で、日本とかなり近い距離にいる。

もちろん、同じではない。台湾には台湾の脆さがある。対中浸透の危険がある。政党対立もある。エネルギー安全保障の問題もある。軍事的脅威もある。国際的承認の不安定さもある。台湾を理想化してはいけない。

それでも、台湾は、中国語圏でありながら、中国大陸とは違う公共性と国家意識を形成してきた。そこには、日本統治の制度記憶もある。国民党支配への反発もある。民主化もある。そして、中国からの圧力に対抗する現在の地政学もある。

だから、台湾はこの比較の中で重要なのである。

中国の問題は、中国人の血の問題ではない。韓国の問題も、朝鮮民族の血の問題ではない。社会OSは、歴史と制度と地政学の産物である。台湾は、そのことを示している。

日本にとって、台湾は単なる親日国ではない。東アジアの中で、社会OSが別様に形成され得ることを示す、重要な比較対象である。

7 北朝鮮――近代国家の外形を従えた家族支配

北朝鮮は、単なる前近代王朝ではない。

ここを間違えると、北朝鮮の異様さを見誤る。北朝鮮は、王様がいて、家臣がいて、民衆がいるだけの古い専制国家ではない。むしろ、近代国家の部品をかなり持っている。憲法がある。議会がある。内閣がある。党がある。軍がある。裁判所がある。警察がある。外交がある。国境がある。通貨がある。教育制度がある。核兵器もある。

だから、北朝鮮は「近代国家ではない」のではない。

問題は逆である。北朝鮮は、近代国家の外形を持っている。だが、その外形が、公的権力を制度化し、制限し、分散させるために働いていない。近代国家の部品が、金一族の世襲支配と個人崇拝を維持するために従属している。
ここに北朝鮮の異様さがある。

北朝鮮には、最高人民会議がある。憲法上、最高人民会議は国家権力の最高機関とされている。最高人民会議が開かれていない期間には、最高人民会議常任委員会が国家権力の最高機関として機能するとされる。つまり、制度の外形だけ見れば、議会制国家のような部品はある。(constituteproject.org)

だが、実際の権力はそこにない。

北朝鮮では、すべての権威が最高指導者・金正恩に流れ込む。CFR は、北朝鮮の権力構造について、すべての権威が金正恩から流れ、彼が党を権力集中の中心に据えてエリートを統制していると整理している。(cfr.org) 憲法や議会や内閣は存在する。だが、それらは最高指導者を制限するための制度ではない。最高指導者の支配を形式化し、正当化し、実務的に支える装置である。

近代国家において、制度は本来、権力を人格から切り離す。

王が死んでも、国家は続く。首相が交代しても、行政は続く。大統領が退任しても、軍は私兵にならない。裁判所は支配者の家ではなく、法に従う。議会は支配者の血筋を祝福するためではなく、権力を制御し、予算と法律を扱う。近代国家とは、権力を人格や家産から切り離し、公的な職務として制度化する仕組みである。

北朝鮮では、この切断が起きていない。

国家はある。制度もある。だが、国家は金一族の家産に近いかたちで運営される。金日成から金正日へ、金正日から金正恩へと、最高権力が世襲された。これは、近代共和国の外形の中で、王朝的原理が作動しているということである。

しかも、それはただの血筋だけではない。

金日成は、死後も「永遠の主席」として扱われる。金正日は「永遠の国防委員会委員長」として位置づけられる。国家の正統性は、制度の連続性ではなく、金一族の革命神話、抗日神話、主体思想、個人崇拝によって支えられる。国家の中心にあるのは、交換可能な公職ではなく、交換不可能な血統と神話である。

これは、近代国家の外形を使った家族支配である。

北朝鮮には憲法がある。しかし、その憲法は権力を制限するものとして働いていない。北朝鮮には議会がある。しかし、その議会は最高指導者に対抗する代表機関として働いていない。北朝鮮には党がある。しかし、その党も、最終的には最高指導者の支配を貫徹する装置である。北朝鮮には軍がある。しかし、その軍も、国家の軍というより、体制と最高指導者を守る軍として動く。

ここで、中国との違いも見える。

中国も一党支配である。中国共産党が国家を指導し、議会も裁判所も、実質的には党の指導の下に置かれる。だが、中国は少なくとも、改革開放後、一定期間は党官僚制と集団指導、任期、幹部人事の制度化によって、個人支配を抑えようとしてきた。習近平体制でその抑制が大きく崩れているとはいえ、中国の支配原理は、基本的には共産党という巨大な党国家装置である。

北朝鮮は、それよりさらに家族支配に近い。

党もある。官僚制もある。軍もある。秘密警察もある。だが、それらの上に、金一族の血統と個人崇拝が乗っている。共産主義国家の外形を取りながら、実際には家族王朝的な正統性が中核にある。ここが、中国とも違う。
韓国との対照もある。

韓国では、権力交代に前近代OSが露出した。大統領が退任後に裁かれ、前任者が旧王朝のように処理される。だが、少なくとも韓国では、政権は交代する。選挙がある。市民が権力を倒す。裁判所が大統領を罷免することもある。前近代的な断罪感覚があるにせよ、近代民主制の部品は実際に動いている。

北朝鮮では、その部品は権力交代のために動かない。

選挙はある。しかし、政権選択のための選挙ではない。議会はある。しかし、最高指導者を交換する機関ではない。憲法はある。しかし、最高指導者を縛るものではない。党はある。しかし、指導者を選び直す開かれた政治組織ではない。近代国家の部品はあるが、すべてが家族支配を維持する方向へ向けられている。

これが、北朝鮮を単なる「遅れた国」と呼べない理由である。

北朝鮮は、近代を知らないからこうなったのではない。近代国家の部品を知っている。党国家も知っている。軍事国家も知っている。警察国家も知っている。宣伝、学校教育、国民動員、計画経済、外交、核開発も知っている。むしろ、近代の統治技術を過剰なほど使っている。

だが、その近代的技術が、国民を公共的主体にするためではなく、金一族の支配を維持するために使われている。

ここが、近代化の外形と社会OSの決定的なズレである。

近代国家の部品は、使い方によっては、自由や公共性を作らない。むしろ、監視、動員、洗脳、恐怖、世襲支配を強化することもできる。学校は、市民を育てるためではなく、指導者崇拝を叩き込むために使われる。軍は、国民を守るためではなく、体制を守るために使われる。議会は、代表するためではなく、拍手するために使われる。憲法は、権力を制限するためではなく、権力を飾るために使われる。

北朝鮮は、その極端な例である。

中国では、量的近代化の巨大さと、公共作法・品質・知財の最低保証のズレを見た。韓国では、民主制の外形と、前近代的な権力交代OSのズレを見た。台湾では、同じ中国語圏でも、制度記憶と地政学によって別の社会OSが形成され得ることを見た。

北朝鮮では、近代国家の外形そのものが、家族支配に従属している。

ここまで来ると、近代化を制度の有無で測ることがいかに危ういかが分かる。憲法があるか。議会があるか。軍があるか。学校があるか。外交があるか。そういう問いだけでは足りない。問うべきなのは、それらが何のために作動しているかである。

制度は、権力を公的に制限しているのか。それとも、権力を人格に集中させているのか。国家は、成員が引き受ける公共的実践なのか。それとも、特定の家族の支配装置なのか。教育は、市民を形成しているのか。それとも、血統神話への忠誠を植え付けているのか。

北朝鮮を見ると、近代国家の外形だけでは、何も保証しないことが分かる。
国家の部品があるだけでは足りない。憲法があるだけでは足りない。議会があるだけでは足りない。学校があるだけでは足りない。軍があるだけでは足りない。問題は、それらが公共的実践として作動しているかどうかである。

北朝鮮は、近代国家の外形を従えた家族支配である。

そこでは、国家が公共的実践として成員に開かれていない。国家は、金一族の革命神話と血統支配を維持する装置として作動する。近代国家の部品は、権力を制限するためではなく、権力を集中し、固定し、神話化するために使われる。

だから、北朝鮮は東アジア近代化の極端な失敗例である。

近代の部品を持ちながら、近代国家の公共性を持たない。共和国を名乗りながら、世襲王朝のように作動する。人民を語りながら、人民が国家を引き受ける余地を持たない。ここに、近代化を外形で見ることの限界が、最も露骨に現れている。

8 だからこその日本共和制論――自己修正能力を守り、更新する

ここまで見てきたことは、単純な東アジア比較ではない。

中国には、巨大な量的近代化がある。高層ビルも、高速鉄道も、EVも、製造業も、軍事力も、監視技術もある。だが、その外形の下で、公共作法、品質、知財の最低保証に前近代OSが露出する。韓国には、選挙も、議会も、裁判所も、文化産業も、半導体もある。だが、権力交代を見ると、前任者が旧王朝のように裁かれる政治感覚が反復される。台湾は、中国語圏でありながら、制度記憶と地政学によって別の社会OSを形成し得ることを示している。北朝鮮は、近代国家の部品を持ちながら、それらを金一族の家族支配に従属させている。

ここから分かるのは、近代化は外形では測れない、ということである。

憲法があるか。議会があるか。選挙があるか。学校があるか。軍があるか。高層ビルがあるか。高速鉄道があるか。そういう問いだけでは足りない。問うべきなのは、それらを動かしている社会OSである。公共空間をどう扱うのか。品質をどう保証するのか。権力をどう交換するのか。国家を誰のものとして扱うのか。制度を、公共的実践として動かすのか、それとも面子、血統、身内、速度、数量、断罪、支配に従属させるのか。

その意味で、日本はかなり特殊な位置にいる。

日本も、最初から洗練されていたわけではない。筒井康隆『農協月へ行く』が戯画化したような、豊かになったばかりの野暮さがあった。団体旅行の粗さがあった。公共空間での無作法があった。痰吐きもあった。痰壺もあった。手抜き工事もあった。模倣もあった。政治腐敗もあった。学校も、地域社会も、会社も、決して美しいものではなかった。

それでも、日本はかなり自己修正してきた。

痰壺は公共空間から退いた。道端や駅や商業施設で痰を吐くことは、かなり強くみっともない行為になった。犬の糞は、飼い主が持ち帰るべきものになった。列に並ぶこと、電車内で静かにすること、ゴミを分別すること、公共空間を汚さないこと、他人の空間を侵さないことが、かなり高い水準で社会作法になった。もちろん、完全ではない。だが、昭和の粗さと比べれば、令和の日本の公共空間は明らかに洗練されている。

ここに、日本の自己修正能力がある。

重要なのは、日本人が生まれつき清潔で礼儀正しいという話ではない。むしろ逆である。日本人も粗かった。野暮だった。迷惑だった。だが、その粗さを、恥とし、作法とし、制度とし、教育とし、公共空間の最低保証へ回収してきた。これは、自然発生した美徳ではない。学校教育、地域社会、企業社会、公共交通、行政、公衆衛生、メディア、近隣の目、恥の感覚が重なって形成された社会OSである。

この社会OSは、守る価値がある。

ここを、リベラルはしばしば見落とす。彼らは、国家や国民や日本語公共圏を語ると、すぐに排外主義やナショナリズムを疑う。だが、社会OSは空中に存在しない。公共空間の作法も、品質規範も、教育も、職業倫理も、行政への信頼も、日本語で共有される規範感覚も、歴史的に形成されたものである。それを「多様性」や「人権」や「グローバル化」の抽象語だけで置き換えることはできない。

この国には、守るべきものがある。

それは、天皇制を神秘化することではない。血統を絶対化することでもない。日本人を本質的に優秀だと言うことでもない。守るべきなのは、この社会が時間をかけて作ってきた公共性の水準である。公共空間を汚さない。他人の邪魔をしない。見えないところで手を抜かない。子どもを学校で社会参加可能な成員へ育てる。働くことと学ぶことを接続する。国家を、誰かの家産ではなく、成員が引き受ける公共的実践として扱う。

これが、日本共和制論の土台である。

ただし、日本の自己修正能力は万能ではない。

公共空間はかなり直った。生活作法もかなり洗練された。品質規範も相対的には高い。だが、日本社会には未処理の領域がある。学校は、いまだに標準ルートから外れた子どもを十分に受け止められない。教育学部と教員養成は、近代国家の成員形成に必要な制度として再設計されていない。職業教育と普通教育の接続は弱い。複線型トラックはまだ十分に制度化されていない。

会社もそうである。

JTCは、昭和的な組織OSを引きずっている。年功、根回し、空気、忖度、配属ガチャ、職務の曖昧さ、評価の不透明さ、責任の所在のぼかし。公共空間ではかなり洗練された日本人が、組織の中に入ると、急に前近代的な空気支配へ戻ることがある。これは、日本社会の自己修正能力が、公共空間では働いたが、組織内部ではまだ十分に働いていないということである。

官僚制にも同じ問題がある。

日本の官僚制は、国家を支える強い装置だった。だが、縦割り、省益、先送り、責任回避、既存制度の延命もある。社会の変化に合わせて制度を作り直すより、既存の管轄と予算と組織を守る方向へ動きやすい。教育、職業訓練、福祉、移民、地域、農業、介護、子育てを横断して再設計する力は弱い。

地域社会にも、未処理がある。

日本の地域社会は、公共空間の作法や生活秩序を支えてきた。一方で、同調圧力、村八分、過剰な監視、空気による排除も生んできた。学校や会社と同じく、地域もまた、共同性と抑圧性を同時に持っている。社会OSを守るとは、古い共同体をそのまま温存することではない。必要な公共性を残しながら、不要な同調圧力を削ることである。

移民政策も、ここに関わる。

少子高齢化を理由に、外国人材で穴を埋めればよい、という話ではない。社会OSは、単に労働力を入れれば維持されるものではない。日本語公共圏、学校教育、生活作法、職業倫理、地域との接続、法と行政への信頼が共有されなければ、人数だけ増やしても社会は続かない。移民を受け入れるかどうか以前に、日本社会が自分たちの成員形成と再生産に責任を持っているかが問われる。

ここで、義務教育論、教育学部不要論、複線型トラック論、社会の再生産論はつながる。

義務教育は、親の義務だけではない。国家と社会が、子どもを社会参加可能な成員へ育てる責任である。教育学部不要論は、教員を軽視する話ではない。むしろ、成員形成を担う専門職として、教員養成を作り直す話である。複線型トラック論は、全員を大学へ流す話ではない。人が、それぞれの能力と適性に応じて、学び、働き、社会へ接続される複数の経路を制度化する話である。社会の再生産論は、少子化対策だけではない。子ども、介護、地域、食料、農地、海、職業、教育を、次の世代へ渡す話である。

これらは、ばらばらの政策論ではない。

すべて、社会OSを守り、更新するための論点である。公共空間の作法が自然に生まれたものではないように、国家を引き受ける成員も自然には生まれない。子どもを育て、教育し、職業へ接続し、生活を支え、地域を残し、公共空間を守り、日本語公共圏を維持する。これをやらなければ、社会OSは劣化する。

日本共和制論とは、この国を神秘化することではない。

むしろ逆である。神秘化せず、制度として引き受けることである。天皇を戴くことは、政治権力を天皇に返すことではない。権威と権力を分離し、国家の連続性を象徴として保持しながら、実際の政治責任は市民と政府が引き受けるということである。王政復古ではない。天皇を戴いた共和制である。
ここでいう共和制とは、単に大統領制を導入することではない。

共和制とは、国家を公共的実践として引き受ける態度である。国家は、誰か偉い人のものではない。官僚のものでもない。天皇のものでもない。政治家のものでもない。親のものでも、企業のものでも、外国人労働力で穴埋めすればよい装置でもない。国家は、その成員が責任を持って維持し、更新し、次の世代へ渡す公共物である。

日本は、自己修正してきた。

だからこそ、次の自己修正をしなければならない。

昭和の野暮さを、令和の公共空間へ変えることはできた。ならば、昭和的な学校、昭和的な会社、昭和的な官僚制、昭和的な地域社会、昭和的な教育接続も、更新しなければならない。公共空間だけきれいになっても、成員形成が壊れ、職業接続が壊れ、社会の再生産が壊れ、日本語公共圏が壊れれば、この国は続かない。

日本の自己修正能力を信じるとは、日本を褒めて終わることではない。

日本はすごい、で終わるなら、それはただの慰撫である。日本は昔から清潔だった、で終わるなら、それは嘘である。日本人は本質的に優秀だ、で終わるなら、それは思考停止である。そうではない。日本は、粗さを直してきた。だから、まだ直っていない粗さも直せるはずだ。そう考えることが、自己修正能力を信じるということである。

この国を次の世代に渡す。

それは、懐古ではない。復古でもない。神話でもない。社会OSの継承と更新である。守るべきものを守り、変えるべきものを変え、国家を公共的実践として引き受ける。そのために、教育を作り直し、職業接続を作り直し、地域と再生産を作り直し、移民政策を順序立て、日本語公共圏を守り、権威と権力を分離したまま、国家の連続性を引き受ける。

だからこその日本共和制論である。

日本は、自己修正できる社会だった。

問題は、その能力を次にどこへ向けるかである。

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