(懐古厨)サマソニ2008舞洲でthe verveをみた思い出が一生消えない
“This is FUKKIN’ music” said the man Richard Ashcroft, and the time has begun.
※この記事は有益情報ありませんが同世代の人、同じ空間にいた人ホイホイにならんかなと思って書いています。
この時期になると2008年のサマーソニックを思い出します。
当時は舞洲でやっていて。the verveの時間は夕方日没どき。暑かったけど海風が涼しかった。
その頃書いた文章が残ってて割と好きなのでここに封じます。
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そのステージの間、群衆はさわやかな熱気に包まれていた。ブリットポップの全盛期を抜け、2度の解散と再結成を経て、初来日した、the verveの、おそらく日本で最後になるライブ。
ノエル・ギャラガーが30回連続でBitter sweet symphonyに食らいついた日からは、軽く10年以上が経っていた。
コアなファンの人は、号泣していたと思うし、次の the prodigyで暴れようと思って前をキープしてるっぽい、ちょっと怖そうなマッチョで坊主なおにいさんたちも、”Bitter sweet symphony”に間違いなく聞き惚れていた。
最前列は男の子が多く、彼らは演奏が始まると5センチは背が伸びるから、the verveを私は肉眼で見れたのかどうかは定かじゃない。
だけど、自分があの場にいたこと、Richard Ashcroftという、私の人生とは全く交わらないはずだったイギリス人の、人生ですごく大事であろう時間を共有してしまい、その人の生き様の片鱗を、目撃してしまったことは間違い無く私の心に重大な印を刻んだ。
“the Drug don’t work”が終わり、歓声を上げるオーディエンスに、Richardが“皆空を見ろ“と。
全員振り返った。そしたら、真っ赤な夕焼けと、雲が、空が、とても綺麗だった。
会場の熱気はさわやかだった。madでも攻撃的な気持ちは誰にもなかった。
だけどRichardはmadで攻撃的でギタークラッシュして、キレて怒鳴ったかと思うと機嫌良さげだったり。
そしてあの”Bitter sweet symphony”のストリングスの音が始まった。
・・・その曲が気持ちよく終わった、はずが、Richardは最後ギターをキックして帰っていった。意味がわからんかった。どんな激しいモッシュもダイブで顔蹴られてもええけどあれが意味わからんかった。
ギターのニックも投げてた。で、sorry.って言って、そして、アンコールはなかった。
冷静になってから、あの時間は、the verveの計算されたパフォーマンスだとか、その音楽がどう、って言うんじゃなく、幾多の障壁を超えてたどり着いた、彼らだから出し得た、作り物じゃないliveだった。と思うことができる。
たとえもし、単独来日があり得たとしても、2008年8月10日の伝説的な
彼らはもういないと思う。
間違いなく、私は歴史的な瞬間に立ち会ったはずだ。
それが自分史、という意味であっても。
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なんでリチャードはキレてたのか
改めて調べてみた。これについては公式見解は出てないみたい。
でも、
・解散を繰り返して緊張した人間関係
・思い通りにいかない機材のトラブル
・リチャードの気性の荒さ
が背景にあったと推察されている。
じゃあなんでthe verveは出たのか。
20代の頃の生々しい心の痛みを、アラフォー(2008年当時リチャードは37歳)になっても同じ熱量で抱えていて、表現する人。
やりたいけど、やりたくないけど、やりたい。やる。
みたいな(語彙力)
あの日のリチャードの年齢を通り越して。割と心に素直に生きてるぞ。って思ってちょっと誇り。
その2年後にサマソニにソロで来日したリチャードは、すっごい印象が落ち着いていて、やっぱり2008年の緊張感はあの時だけのものだったんだなって思った。オフスプリングがやってる裏で、ファッキンオフスプリングとか言ってた気がする。
オフスプリング行けばよかった。と言うのもこの時期になると思い出します。なんだよ去年来てたんじゃん!
おしまい。
