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空き家から始まる、人生後半のキャリアデザイン #10~葬儀を終えて、母のいない部屋に戻る~

前回は、葬儀の準備から喪主としての数日間について書きました。慌ただしく過ぎた葬儀が終わり、ようやく静けさが戻ってきました。
火葬や告別式の段取りをこなしている間は、気持ちを切り替える余裕もなく、「喪主としての自分」で動いていたように思います。

多賀城の自宅マンションに戻ると、玄関には母が使っていたスリッパがそのまま。
食卓には使いかけの調味料、カレンダーにはディサービスの予定。
ほんの数日前まで確かにあった“日常”が、時間の途中で止まっていました。

まず部屋の景色が変わったのは、母が使っていた介護ベッドの撤去でした。
電動で背もたれが起き上がる仕様のベッドで、母の生活には欠かせない存在でした。
ケアマネージャーさんからのアドバイスを受けてレンタル業者に連絡したのか、その経緯すら思い出せないのですが、業者の方がベッドを搬出して去ったあと、部屋にはぽっかりと空間が残りました。

その空白を見た瞬間、「本当に母はいなくなったのだな」と、初めて実感がこみ上げました。
大きな家具ひとつがなくなるだけで、部屋の空気まで変わる――
それが、不在という現実を突きつけてくるようでした。

朝のゴミ出しは、これまでヘルパーさんがしてくれていました。
母の逝去でサポートが止まり、ゴミ袋がベランダに残っていました。
分別のルールすらわからず、あらためて“支えられていた日々”を思い知ります。

仏壇の前には、葬儀で使った白木の位牌が父の位牌と並びました。
49日までは、まだ葬儀が続いているような気持ちで、日常が戻ったとは言えません。
それでも、少しずつ片づけを進めながら、現実と折り合いをつけていくしかありませんでした。

車を持たない私にとって、駅前のタイムズカーシェアは大きな助けになりました。
夜でもスマホで予約でき、買い物や役所への移動もすぐにできる。
「移動の自由」があるだけで、気持ちが少し楽になりました。
このときの経験が、のちに二拠点生活を現実的に考えるきっかけにもなっていきます。

部屋の空気は、日ごとに変わっていきました。
まだどこかに母の気配が残っているようで、それが少しずつ薄れていく。
その静かな変化を受け止めながら、私は「空き家」となる現実に向き合い始めていました。
少しずつ、片づけとともに心の整理も始まっていきます。

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