見出し画像

雨ニモマケズ

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

宮沢賢治

この詩を初めて読んだとき、その美しさと強さに心を奪われた。

風雨、寒さ、そして暑さに負けず、何も求めず、ただ他者のために生きる。
この姿は、まるで理想の自己像のように描かれている。

しかし、ここで一度立ち止まって考えてみたい。
この詩に描かれた生き方は、現代の我々にとって実現可能なのだろうか?

現代社会は複雑だ。
テクノロジーの進化や経済の発展は我々に無限の可能性をもたらしたがその反面、私たちは物質的な成功や他者からの承認に囚われてしまうこともある。

いや、むしろそれこそが目的と化している。

この詩に描かれた人物は、「褒められもせず、苦にもされず」とあるが、我々はどうだろう?
他者の評価や社会の期待に左右されずに、自分自身を保つことができるのだろうか?

「雨ニモマケズ」に描かれる理想像は、おそらくこの当時から現実離れしているものだった。
そしてこの詩は宮沢賢治にとっても、きっと夢や、自身への戒めだったのだろう。

「こんな風に生きることができたらどうだろう?」と。
社会の喧騒の中で、自分自身の心の声を聞き、周りの人々のために何ができるかを考える。

それこそが、この詩が時代を超えて私たちに教えてくれる生き方そのものだろう。

私たちが「サウイフモノ」になれるかどうかはわからない。

それでもこの詩を心に留め、少しでもその理想に近づく努力をすることが大切だ。

物質的な成功や社会の評価ではなく、自分自身の心の在り方に焦点を当て、自分は他者のために何ができるかを考える。

そんな生き方を追求することが、我々各々にとって本当に意味のあることなのかもしれない。

宮沢賢治の「雨ニモマケズ」は、人間の内なる戦いという永遠の問いを投げかけ続けている。

Rethink MAACo

いいなと思ったら応援しよう!

Rethink_MAACo いつか誰かのためになる。 そんな好循環を夢見て活動しています。 お力添えをよろしくお願いしますm(_ _)m