短大卒 初任給16万円から年収1,000万円超えになるまでの選択
初めまして。rhythmです。
人生初のNoteに挑戦します。まずは私がどういった人間なのか、これまで歩いてきた道を自己紹介として書いてみました。
私の人生のミッション
それぞれ生きていく上で、心地のよいリズムがあり、そのリズムを理解した上で、職場でも健やかに、心地よく過ごせるようにしたい。そんな想いから、私は下記ミッションを人生で掲げています。
すべての人の人生をカラフルに
人間は、追い込むところまで追い込むと、食事を疎かにしてしまったり、睡眠時間を確保できなかったり、自分で自分を労わることが出来なくなってしまいます。そうすると、目の前の世界がモノクロになり、五感が感じにくくなります。私自身、しんどい場面で追い込みすぎて6kg痩せてしまい、全ての戦いが終わったタイミングで、スリランカのアーユルヴェーダのヴィラで1週間療養し、自分のリズムを取り戻したのを鮮明に覚えています。
人生において、逃げても避けられないのが、キャリアだと思います。なぜならば、一般的に、企業に勤めるのであれば、週7日の内、5日は職場で時間を費やすからです。
キャリアを築く上で、情報の非対称性が大きなインパクトを与えていると感じていて、どれほど裕福な家庭に生まれるかでその優位性が決まると言っても過言ではないと思います。
但し、そのような社会でも、泥臭くもがき苦しんで今のところまで登り詰めることが出来た1つのユースケースとして、自分の思考性やどう意思決定してきたかを共有します。
これまでの私の人生の選択
①進学の選択【☔】
進学校だった高校を卒業する際に、高卒の母親から「あなたは短大しか道はない。学費は、奨学金を借りて自分で払いなさい。」と言われ、親の言うことに従って短大に進学して、奨学金を第一種・第二種のWで借りることになります。今思えば、奨学金を借りて自分で大学に行くのであれば、四年制大学に行くべきだったと思います。なぜならば、年功序列の会社では、学歴によってキャリアの伸び幅に差を感じる場面も多かったからです。
②就職の選択【⛅】
短大を卒業する際に「日本の良いものを世界に発信していきたい」と素晴らしい志を胸に、製造業界へ就職することになります。今思えば、製造業は、キャッシュリッチで安定的であるものの、当時は、とても保守的で古い体質の業界で、もっと他に選択肢はなかったのか?と当時の自分に問いたいです。「選択肢を持つ」という発想すらなく、視野がとても狭かったと思います。
③製造業で10年の奮闘【⚡】
4年ほど事務職をするのですが、活発な性格に事務職は合わず、クラブ通いで、現実逃避する日々でした。但し、そこで転機が訪れて、夏のビアパーティーで、先輩方から当時の営業本部長に「Rhythmさん、営業が向いてると思います」と背中を押してもらい、機会を頂くことに成功します。そこから月1で1週間ほど海外出張する日々を7年過ごします。
仕事は遣り甲斐があって楽しいものの、何億稼いで成果を示しても、社内のお偉いさんと飲んでロビー活動しても、女性で短大卒で前例が無いということから、給与制度が追い付かず、5年越しで総合職転換制度が完成します。この5年は、自分の学歴とジェンダーにハンデを感じて、最も過酷な日々でした。
④外資系メーカーへの転職【🌞】
製造業で総合職転換制度に合格し、入社から10年かけて年収がようやく600万円になる訳ですが、あれ、私ってこんなもんだっけ?、もっと評価されてもいいのでは?と思うようになり、転職活動をゆるりと継続します。外資系企業の最終面接で「あなたはもっと評価されるべきだし、それを要求して、その要求が通る環境に身を置くべき」だと言われて、35%UPの年収810万円でオファーを貰います。
⑤MBAへの進学【🌞】
MBAは意味がないと言われたりもしますが、結局そこで何を経験するかであって、ROIを高められるか、そこに意義をもたらせるかは自分次第ということです。私の場合は、徹底的に勉強軸で学びにフルコミットし、自己効力感が増したのが、人生における選択のWinです。
自己肯定感は、先天的で幼少期の経験でほぼ決まると感じていて、自己効力感は、後天的で自分次第でどうとでもなるというか、誰でも成り上がることが出来ると感じています。そして、自己効力感が増すと、自己肯定感も増すという不思議な相関関係があると考えています。
キャリアロンダリングを外資系メーカーで行い、MBAで短卒から院卒へ学歴ロンダリングも果たしました。
⑥メガベンチャーへの転職【🌞】
外資系メーカーの業績が悪くなり、初めて会社が傾く過程で現場がどんどんカオスになっていくことを目の当たりにします。製造業のように安定した環境と打って変わって、今日明日を生き延びるのに必死でした。レイオフされる同僚を横目に、会社は個人を守ってはくれない、と再認識します。ゆるりと転職活動をしていたら、メガベンチャーから、870万円で内定を貰います。正直、年収交渉はもっと頑張れば良かったものの、大手を目の前に怯んでしまったのと、状況が状況だったので、より良い仕事がしたいという気持ちが勝ちました。
入社後、成果を認めてもらい、1年で年収1,000万円超えを実現します。入社後に成果を示して、しっかり年収交渉が可能なのか、といった評価の柔軟性は、業界によって異なると思います。
まとめ
私の場合は、逆境を乗り越えて、エナジェティックにキャリアを邁進して成り上がることが、心地のよい状態でした。心地よさは人それぞれ違います。ある方にとっては、静かに平和に暮らすことかもしれないし、プライベートで挑戦し続けることかもしれない。もし今、自分の人生が少しモノクロに見えている人がいるなら、週7日の内、5日を過ごす職場では、どのような状態であると、ストレスが少なく、楽しい時間が流れるのでしょうか。
このnoteでは、キャリアのこと、働き方のこと、人生のこと、モヤモヤの言語化、自分を労わること。そんなことを、自分自身の経験を通して、少しずつ書いていこうと思います。
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