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父の特等席を思い出す日

その椅子は、父の特等席だった



実家のリビングに置かれた
(昔は応接室って言ってた)

“リクライニングチェア”





昔ながらの厳格な
(実は、口下手なだけだったのだけど)
父の椅子には、なんとなく
誰も座ることができなかった


ただ、幼かった息子は、
久しぶりに会うじぃじの椅子に
よじ登ろうとする

まだ赤ちゃんだった娘は、
その椅子の上で
じぃじに抱っこしてもらう



ある年のクリスマス、
父は孫たちに囲まれて
笑顔で写真におさまった

でも、しばらくすると
娘をわたしの元へ戻して、
「ちょっと疲れたよ」
と言い出す



もともと小さい子どもは
得意なほうじゃない


一番下の妹が生まれるまで、
父と遊んでもらった記憶は
ほとんどない


それでも多趣味だった父は、
昔は半ば強制的に

夏はキャンプへ
いつかの冬はスキーへ
ある年は温泉にと
私たちを連れ出してくれていた


いつかの年は
年に数回も海外に行って、

毎週のように
バンドの演奏に出かけてたっけ



次に帰省したとき、

父はその“お気に入りの椅子”から
ほぼ立ち上がることはなくなっていた

聞けば1日中、
テレビを見て過ごしているという


ひじ掛けの小物入れに、
リモコンと飲み物の入ったコップを
セットして

フットチェアに足をのっけて



そして、ついにそのときが
やってきた…



椅子に座るのもきつくなって、
入院することになったのだ

「歩くのもきつい」と
介護タクシーを呼んだのに、

車が到着すると
みずから立ち上がって乗り込んだのが
プライドの高い父らしい



そして、
取り残された椅子の主が
戻ってくることはなかった…



あの日“お気に入りの椅子”から
立ち上がるとき、
父はどんな気持ちだったのだろうか


「また戻ってこれる」
と思っていたのか

「これでお別れだ」
と思っていたのか


それはもう、誰にもわからない




あるとき、実家に帰って気づいた

「あの椅子がない」


母には聞けなかった

あれからずっと悲しみのなかで過ごし、
やっと日常を取り戻しつつある
そんな頃だった




先日、あの年のクリスマスの写真を
見る機会があった

“いつもの椅子”に座っている父
まわりにはクリスマス衣装に包まれた
孫たちが無邪気に笑っている


父の顔は、おだやかな笑顔だった


「みんな楽しそうだね」

中学生になった娘が
そうつぶやいた


あの年のあの瞬間、
『いつもの場所、いつもの椅子の上』
きっと父は楽しかったに違いない


そう思って、涙が流れた







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