テクノ家産制の到来:格差とメディアの交差点
本稿は、「メディア・コミュニケーション論」に関心のある学生の皆さんを念頭おいたものです。また、NotebookLMを用いた説明動画をYoutube(「メディア・コミュニケーション論への招待」チャンネル)にもアップし、筆者が立教社会で担当している「メディア・コミュニケーション論」の補助教材も意図しています。
Youtube動画「テクノ家産制の到来:格差とメディアの交差点」
この点を予めご承知おきください。
情報の自由が招いた「精神的な檻」
メディア・テクノロジーの爆発的な進化により、私たちはかつてない情報の自由を手に入れたはずでした。しかし、私たちの目の前に広がる現実はどうでしょうか。SNSを開けば、理解し合うことのない集団が互いを断罪し、社会の「分断」は深まるばかりのようにも思われます。
なぜ、情報の流通が加速するほど、私たちは精神的な檻の中に閉じ込められていくのか。この違和感の正体を解き明かす鍵の一つが、メディアの変遷と、その背後にある「社会階層構造(経済格差)」の冷酷な関係性に隠されているのではないか。メディア・コミュニケーション論を考える上で、メディアと社会階層構造との関係性という観点は、最も重要な観点の一つです。私たちが「当たり前」だと信じていたメディア環境は、今、歴史的な分岐点に立っています。
中間層という「歴史的な奇跡」の終わり?
経済学者Thomas Pikettyは、18世紀以降の欧米の膨大なデータを分析し、富の集中は例外ではなく「定常状態」であると指摘します*1。歴史的にみると、先進産業国において、上位10%が半分から7割の富を集積する一方、中位40%が3割から4割、下位50%は1割に満たない富の分布が常態なのです。
そうした資本主義社会の歴史で、例外的な時代があります。それが、1950年代から1970年代にかけての「製造業の黄金期」です。この時代には、アメリカでも、上位10%の富が3分の1程度に留まるとともに、中位4割が6割~6割5分を占めていたのです(下位5割は5%程度ですが)。
この奇跡的な「中間層の台頭」は、「戦争」による富の集積のリセットと、「製造業」を核とする高度経済成長の論理が組み合わされた歴史的偶然の賜物と考えることができます。
まず「戦争」によるリセットですが、第二次世界大戦という惨禍が、既存の資産分布を強制的に破壊し、戦後復興資金の必要性から、富裕層に高率の所得税・相続税を正統化することで、皮肉にも貧富の差をリセットする役割を果たしました。
このリセットの上に、第二次大戦後の「フォーディズム」生産様式(フォード自動車に典型的な大量生産様式にもとづく呼称)による製造業を核とした高度成長が、分厚い中間層を生み出します。フォーディズム的な大量生産の拡大にもとづく製造業は、勤勉な大量の労働者を必要とします。それとともに、高度成長期における工業製品は、自動車、テレビ、洗濯機、エアコンなどの耐久消費財、家電製品で、次々と種類が広がるとともに、モデルチェンジを繰り返し、より高機能なものがより安価に生産され、労働者の賃金=消費者の購買力も年々高めることができました。中等教育、高等教育進学率が高まり、良質な労働者が労働市場に輩出され、彼らが消費者としても成長することで、大量生産・大量消費を基軸とする「製造業の黄金期」が出現します。
こうして、1950年代から70年代にかけて、高度経済成長、中間層の成長、福祉資本主義の発展という人類史上極めて稀な現象が現出したのです。
そして、この圧倒的な中間層の経済的安定を基盤として、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌といったマスメディアが、「国民国家の情報空間」を形成しました。メディアが民主主義の基盤となり得たのは、この「歴史的な奇跡」「黄金の例外期」に支えられていたからに他なりません。
2026年2月の衆議院議員選挙において、「中道」が惨敗したことは、高度成長期の福祉資本主義が完全に終わりを告げたことを示唆していると考えることもできます。(2026年2月11日追記)
「エレファントカーブ」が映し出す現代の残酷な形
1980年代以降、世界は再び戦前の富の分配格差へと時計の針を戻し始めました。経済学者Branko Milanovicが提起した「エレファントカーブ」は、グローバル化の恩恵がいかに偏在しているかを象徴的に描き出しています。
図1は、Milanovicnoの議論*2をもとに、Caroline Freundが提示したものです*3。これは、世界全体の一人当たり実質所得にもとづき、下位から上位まで10%ずつ区切り、10段階の階層それぞれが、1988年から2008年の20年間にどれだけ所得が上昇したかをグラフ化したものです。

この図をみると、20世紀から21世紀にかけて、冷戦が終結し、インターネット、携帯電話がグローバルに普及した20年間に、グローバルな所得分布で、中位層(世界全体の中位なので、主として発展途上国民)の所得が大きく改善され、中上位層(世界経済で上位10%から30%、主として先進国の中下位層)との格差は減少したのに対して、中上位層の所得の伸びは小さく、上位層(世界上位1割)との不平等が大きく拡大したことが分かります。このグラフの形を象の背中、頭部、鼻を持ち上げる姿に例えたのが「エレファントカーブ」の所以です。
図2は、データが更新され、1980年から2020年の40年間を対象にした同様の図です。この図からも、世界全体で、発展途上国民(世界経済の下から30%~60%)の所得が3倍(200%増)に増えたのに対して、先進国の中下位層が中心の上位10%~30%は40年間で1.6倍程度にしか増加していないことが示されます。さらに、上位1割の富裕層でも、結局上位1%以上、0.1%以上、0.01%以上と、最富裕層ほど所得の伸びが加速しており、最上位1%が、この40年間でのグローバル経済成長の果実の4分の1近くを享受しているのです。

こうした富の不均衡は、所得よりも資産でより一層顕著です。図3は、国際非政府組織(NGO)Oxfamが2026年1月に公表した報告書*4のデータです。図左をみると、所得(income)では、グローバル上位1割が53%、中位4割が38%、下位1割が8%に対して、資産(wealth)は、上位1割が75%の富を占有しています。図右は上位1割を、最上位1%と次の9%に分けたもので、最上位1%が、所得で2割、資産は4割近くを占めていることが分かります。

同報告書は、フォーブス誌の「リアルタイム・ビリオネア・リスト(Real-Time Billionaire List)」にもとづいた集計も示していますが、2025年時点で、全世界で3000人ほどのビリオネア(資産が10億ドル(約1500億円)以上の超富裕層)が保有する資産は18.3兆ドル(2500兆円)に達し、上位12名のビリオネアの資産合計は、人類の下位50%(40億人)の合計資産よりも多いと推計されています。こうしたデータは、「製造業の黄金期」という奇跡から40年以上経過する間に、先進国の中間層が相対的に困窮化し、超富裕層が突出した力を持つに至った過酷な現実を直截に示しています。
さらに、報告書は、ビリオネアの政治的役職に就く確率が、一般市民に比べて4,000倍高いと推定し、「3,000人」という極めて少数の個人が、経済だけでなく政治やメディアを通じて世界のルールを支配している現状(オリガルヒ化)に強い警鐘を鳴らしているのです。
ピケティの警告と「テクノ封建制」
Pikettyは、資本収益率(r)が経済成長率(g)を恒常的に上回る「r > g」という構造のもとでは、富の集中が内生的に進行することを示しました。この警告は、単なる所得格差の問題にとどまらず、メディアと情報空間のあり方そのものを揺るがします。
なぜなら、21世紀の「資本」とは、工場や不動産だけでなく、データ・アルゴリズム・プラットフォームそのものだからです。富を蓄積した側は、これらを所有・支配することで、かつて公共の広場であった情報空間を、静かに、しかし決定的に私有地化(エンクロージャー)していきます。
こうした状況を捉える観点として、近年「テクノ封建制(techno-feudalism)」と呼ぶ議論が注目されています。代表的なのが、経済学者 Yanis Varoufakisの議論*5です。
テクノ封建制とは、市場競争を前提とした資本主義が弱体化し、代わりに、巨大テック企業が「領主」としてデジタル領地(プラットフォーム)を所有し、私たち利用者は、そこに依存せざるをえない「デジタル小作人」へと変えられていく体制を指します。
ここで重要なのは、私たちが「料金」を支払っているわけではない点です。代わりに差し出しているのは、注意(アテンション)、行動履歴、感情データ、社会関係といった、かつて存在しなかった種類の「地代(レント)」です。
あるいは、Julia Ebnerは、グローバルに「テック家産制」が拡大していることに警鐘を鳴らします*6。テック家産制とは、テクノロジーと個人的権力が結びついた新しい支配形態を指す概念です。もともとの「家産制(パトリモニアリズム)」は、権力が制度ではなく指導者そのものに由来する政治のあり方を意味しますが、AI・監視ツール・プロパガンダ技術を通じて国家の正統性や社会的服従が指導者個人のブランドに集中し、既存の制度的チェックやバランスが弱体化する現象を意味します。こうした体制では、デジタル技術が監視・心理操作・情報統制の手段として機能し、権力が制度を越えて権力者個人に体化される「デジタル化された家産制」が広がっているというのです。
r>g × プラットフォーム=「見えない身分制」
Pikettyの r>g 論とテクノ封建制を重ねると、現代メディアの特徴を次のように概念化することができます。
この関係は、市場における対等な取引というより、一方的な依存関係に基づく「新しい身分制」に近いものと捉えることができます。しかも、アルゴリズムは中立ではありません。エンゲージメントや広告収益を最大化する設計は、分断、怒り、恐怖、誇張された言説を優先的に増幅させます。こうしてメディアは、民主主義を支える公共インフラではなく、感情と注意を収奪する装置へと変質していきます。
この構造が固定化されれば、かつて中世に存在した状況が、別の形で再来するかもしれません。
質の高い情報、可視性、影響力は、再び一部に集中する
多数派は「発言しているつもり」で、実際には設計された回路の中を循環する
メディアは「市民の武器」ではなく、「支配のインフラ」へと回帰する
メディア・コミュニケーションの歴史を学ぶこと
メディア・コミュニケーションの歴史を学ぶ上で、自分たちが今、どのような社会構造の中に置かれているかを知ることが重要な意味を持ちます。
1950年代からの数十年間は、人類が偶然手にした「黄金の例外期」だったのかもしれません。私たちは今、その魔法が解け、富と情報が一部に集中する「新しい中世」へと回帰しようとしているのでしょうか?
私たちは、再び沈黙を強いられる農奴に戻るのか。それとも、このデジタル化された複雑な世界の中で、新しい言葉と共通の空間を再構築できる市民であり続けるのか。その答えは、私たちが情報の背後にある「権力」と「格差」のメカニズムをどこまで直視できるか、それを踏まえた制度、ルールを作れるのかにかかっているのではないでしょうか?
*1:トマ・ピケティ(2014)「21 世紀の資本」山形浩生他訳、みすず書房、また、http://piketty.pse.ens.fr/、Saez, Emmanuel (2024) ‘Striking it Richer: The Evolution of Top Incomes in the United States (Updated with 2022 estimates).’ https://eml.berkeley.edu/~saez/saez-UStopincomes-2022.pdfも参照
*2:Lakner, Christoph; Milanovic, Branko. 2013. Global Income Distribution : From the Fall of the Berlin Wall to the Great Recession. Policy Research Working Paper;No. 6719. © World Bank. License: CC BY 3.0 IGO.
*4:Oxfam (2026) "Resisting the Rule of the Rich." https://www.oxfam.org/en/research/resisting-rule-rich
*5:ヤニス・バルファキス(2025)『テクノ封建制』関美和訳、集英社
*6:Ebner (2026) 'AIが独裁者によるテック家産制を加速させる' 特集「THE WIRED WORLD IN 2026」
