耳ダンボ👂テーラー稲津の内緒話③「👑サーヤと軽井沢のケーキ伝説🍰に潜む黒い影」
はじめに
かつて皇室にいらしたサーヤこと黒田清子さん。忘れられないエピソードがあり、どうしてもそれを記録しておきたいと思いました。
サーヤと軽井沢の🍰ケーキ伝説
サーヤさまは、ご静養で軽井沢を訪れるたびに、いくつものカフェを巡られていたそうです。その中には、サーヤさま専用(実際は違うけれど、そんな雰囲気)のケーキコーナーがあったとか、なかったとか。


さて、問題はその「召し上がり方」。
なんと、毎回ケーキを5個もペロリ!
しかも一人で!
しかも優雅に!
しかも笑顔で!
しかも…(以下略)
長野在住の私の友人が、たまたまその現場に遭遇しました。
目撃した瞬間、思わず「えっ、ケーキってそんなに一度に食べられるの!?」と心の中で叫んだそうです。
しかも、周囲の空気は「それが普通ですけど何か?」という皇室オーラに満ちていたとか。
友人曰く、「あの瞬間、ケーキが国宝に見えた」とのこと。
🍞そして時は流れ……菓子パン伝説へ🍩
それから数年経ち、サーヤさまは降嫁されました。
その頃ニュースでこんな話が流れていました。
『黒田清子さんがお住まいの近くにあるベーカリーで、菓子パンをおひとりで買っておられる姿が見られています』
この報道に、私の友人も、私自身も、そして全国の甘党たちもザワつきました。「あのサーヤさまが…菓子パンを…しかもおひとりで…!」と。
どうやら、ケーキ5個は序章にすぎなかったようです。
🍩甘味は自由の象徴🍡
サーヤさまが筋金入りの甘党であり、皇室という格式高い世界から降嫁されても、甘味への愛は変わらなかったのには理由があるのではないでしょうか。
むしろ、自由になった分、菓子パンの世界へと羽ばたかれたのかもしれません。また、これらは単なる食の嗜好ではなく、サーヤさまの「私は私らしく生きる」という静かな宣言だったのかもしれませんね。そして私は今、そっと思うのです。
「甘味こそ、真のロイヤルスピリット」だと。
幼少時から母親の引き立て役に抜擢され、皇室生活のストレスを甘味で中和していたのかもしれないと。
加えて……
学習院大学の卒業式の晴れ着が、ご希望の羽織袴ではなく、地味目な洋装だったこと(ご学友は羽織袴姿で、記念のお写真には、サーヤさまだけが洋装)や、

ご成婚のときの結婚式の披露宴での着物は美智子さまからのお下がりだったこと。(なぜか美智子さまは超高額な着物を新調していた!今まで遣った衣装代は50億円にものぼる~某YouTubeより)

そのほか、サーヤさまはピアノを弾けるにもかかわらず、公の場では母上さまのピアノ演奏の楽譜めくりをしていたなど、昔の皇室ニュースには妙に印象に残る話が多かったものです。
現在これらの話はSNSには、いくらでも流れています。
ですが——、ここからのエピソードは私しか知らない話かもしれません。
もう縁が切れてしまいましたが、私の友人に某国の駐日大使館員の奥さんがいました。その友人が、当時の上皇夫妻が某国へ訪問される際、羽田空港へお見送りに行ったのです。
後日、その友人から、「雅子さまや紀子さまはセンスが良くて、とても綺麗で知的に見えたわ。服装も全体的に洗練されていて素敵だった。でも、清子さまは、ちょっと……」と、言葉を濁しました。(某国と日本の間で問題が起こると困るので割愛しますm(__)m)
ここ数年、YouTubeでは黒田清子さんのお母様、美智子さま(通称ミテコさま)への批判的な動画が多く見受けられます。それらを見ていると「あのケーキ5個って…人生の重みを象徴していたのかな」と、なんだか妙に納得してしまいます。
おしまい
