異星人アリサと閻魔さまのトリセツ第2話「閻魔さまと波羅辰男(ハラタツオ)の対話(前編)」【連載小説】
閻魔さまと波羅辰男(ハラタツオ)の対話(前編)
「次の者、ここへ。あなたの名前を教えてください」
閻魔さまが冷ややかな声で命じた。
ピーンと張り詰めた空気が広間を支配している中、
「波羅辰男です」
若い男性が声を震わせながら答えた。彼の視線は床に落ち、汗ばんだ手を
ぎゅっと握り締めていた。
「波羅辰男さんですね。それでは、辰男さんとお呼びします。これから、辰男さんが生きていた間に抱いた後悔や過ち、そして、被害者として、また加害者としての心の奥底を探らせていただきます」
辰男は、閻魔さまと共に生前の記憶を一気に見せられた。それは、自身が人から受けた傷と、人に与えた傷のすべてだった。目の前に広がるその映像に、辰男は言葉を失うほど打ちのめされた。
「辰男さん、あなたは、誰かに傷つけられたことを許せますか?そして、人を傷つけた自分自身を許すことができますか?もし許せなかったとしても、今となっては仕方のないこととして、気持ちを切り替えられますか?それとも、下界に降りて誰かに報復しに行くか、または謝罪をしに行きますか?言っておきますが、選択肢は二つだけです。一つは、天界に行き、下界の同胞たちの守り神となること。もう一つは、報復か謝罪のために下界へ向かうこと。ただし、下界に行くには、難関の獄界を通り抜けなければなりません。 さあ、どうしますか?」
予想外の展開に驚いた辰男はその時こう思っていた。
<てっきり閻魔さまに自分の過ちを責められると思っていたのに、こんな選択肢から選べというのか?許すとか、許せないとか、気持ちを切り替えて、さっきまで自分がいた場所の人たちを守る神になるって?もう、どうすればいいんだよ。訳が分からないよ。そんな重大なこと、今すぐ決めろなんて無茶だろ!>
怒鳴りたい衝動を抑え、辰男は閻魔さまに向かってボソボソと語り出した。
「僕は……彼女の知子と来年、結婚する予定でした。なのに、こんなところに来ることになるなんて……。まさか、死んでしまうなんて……」
彼の声は震えていた。目から涙が溢れ出し、知子のことを考えながら彼は深く息を吸い込んだ。
「営業マンとして取引先に迷惑をかけちゃいけないからと、盛良(モラ)社長と原(ハラ)営業部長が“打って安心計画”への参加を僕たちに熱心に勧めてきました。それで仕方なく打ちました。でも正直、僕はあんな怪しいものを打ちたくありませんでした。応援していた名古屋のプロ野球選手は変死し、有名な格闘家も珍しい病気にかかって亡くなりました。あれは、“打って安心計画”のワクチンのせいだと思います。それなのに、会社では誰もが打つような雰囲気で、結局、半ば強制的に打たされたようなものでした。たまにワクチンを拒絶する人がいると、『宗教』『変人』『陰謀論者』と揶揄され、ワクチンを否定させないような空気が漂っていました。よく『副反応』というオブラートに包んだような言葉が使われていましたけど、実際は違いますよね?僕は『副作用』で命を落としたんじゃないですか?これは立派な薬害なんじゃないですか?でも、どうして僕が?……僕は、まだ33歳です。これから、いろいろやりたいことがあったのに、こんなことで死んでも死にきれません。それに、大体どうして接種を勧めた人たちは自分では打っていないのでしょうか?厚生労働省でも、9割近くが接種していないという話をネットで見ました。政治家たちも、接種していない人が多いって……。しかも、あの人たちはそのことについて否定もしていません。一体、どういうことなんですか?」
混乱した辰男は、感情の高ぶりを抑えきれなくなっていた。突然の死に直面すれば、誰だってどうすればいいのか分からなくなる。彼は再び、言葉を吐き出すように早口でまくしたてた。
「こんなに早く死ぬことになるなら、もっと色々とやっておくべきでした!本当に……訳が分からないです。ただただ悔しい!知子にも申し訳ない気持ちでいっぱいです。それに、小学時代の同級生から受けたイジメや、親からの理不尽な体罰を心の奥に押し込めていたはずなのに……こんな形で見せつけられるなんて、あまりにも辛すぎる……ううぅ……こんなの、残酷すぎるじゃないですか!」
彼は拳を握り、目を閉じた。シーンとした広間で、彼の息遣いだけが響いていた。
「でも、僕も随分、多くの人たちを傷つけてきたんですね……本当に、どうしようもなく恥ずかしいです。親友と一緒に受けた大学に僕はカンニングで合格し、親友は落ちてしまいました。それに、二股をかけた女性に対しても、ひどい仕打ちをしてしまいました。本当に、なんてことを……。どうすればいいんでしょう?僕って最低の男じゃないですか。今さら、あの人たちに、どうやって謝れば……。死んでお詫びをと言っても、今こうして死んでいる僕には何一つできやしません!僕が死ぬ原因になった薬剤を作った製薬会社や、それを勧めた社長たちが本当に本当に憎い!あんな生物兵器を僕たちに打たせるなんて!あの人たちこそ、地獄へ突き落としてやりたい!…… でも、報復するって……獄界を通り抜けて下界へ行けっていうんですか?バカも休み休み言ってください。そんな恐ろしいところを、僕が通り抜けられるわけがないじゃないですか!」
怒り、苦しさ、そして情けなさが頂点に達した辰男は、その場に泣き崩れた。
一方で、閻魔さまは話を聞きながら、辰男が薬剤で命を落とすに至った経緯を霊視していた。
辰男が“打って安心計画”のワクチンを初めて接種したのは、2021年の夏のことだった。そして、3回目の接種直後に心臓の痛みを感じ、病院で心筋炎と診断された。その後、徐々に頭痛や膝の痛みを感じる日が増えていったが、彼はこれまで毎年の健康診断で一度も問題を指摘されたことがない健康な男だった。
営業課には辰男以外に20人の男性社員がいた。全員が“打って安心計画”に3~5回も参加し、そのうち4人が次々と心筋炎を発症した。また、帯状疱疹や足の腫れといった体調不良を訴える社員も続出した。
加えて、ほかの課では、40代と50代の男性社員が職場で倒れ、二人とも心筋梗塞で命を落としていた。さらに、脳梗塞を発症した社員も3人いた。これほど多くの体調不良者が相次いだことから、“この会社は呪われている”と社員の間で囁かれるようになった。
2024年の秋のある日、辰男は“打って安心計画”のワクチンで多くの死亡者が出ていることをネットのニュースで目にした。その瞬間、彼は衝撃に足をすくわれ、画面を凝視したまましばらく動けなかった。
「信じられない!なんでテレビでは一切報じられないんだ?もし知っていたら、僕は絶対に3回も接種なんかしなかった!1000人以上が被害を訴えているって本当なのか?」
辰男は怒りで胸の奥が煮えたぎるのを感じた。そして、翌朝、会社の同期で秘書課の打手梨子(ウツテナシコ)に話を切り出した。
「盛良社長ってね、ズルイ人なの。まあ、下で働いていると大体みんな気づくけどね」
と梨子は苦笑いを浮かべながら答えた。
「社員にはあんなに熱心にワクチンを推奨しておいて、自分は一度も接種していないのよ。それどころか、家族にも打たせてないんですって。あ、それに、私たち秘書課にも『ワクチンは暫く世間の様子を見てからにしてください』なんて指示が出てたわ。だから私たちは、誰一人として打っていないの。だけど、感染したらどうしようって正直不安になるわ。でもね、社長の命令には逆らえないでしょう?」
その日の夜、辰男はショックから立ち直れず、会社からの帰り道にふらりと立ち寄った居酒屋で一杯だけ酒を飲んだ。アルコールで気持ちを紛らわせようとしたが、心のざわめきは消えることはなかった。やがて一人暮らしのマンションに帰り、部屋で眠りについた。しかし――彼が再び目を覚ますことはなかった。
第3話「閻魔さまと波羅辰男の対話」(後編)に続く
