引っ越すという理由で外に放り出された子猫は、七夕に我が家の宝物になる
「これから先は生き物に迷惑かけないように、寂しく生きていってくださいね」
6年前の夏。
私はある人に向かって、人生で最も冷ややかな言葉を真っ直ぐに放った。
相手は、仕事帰りに見つけた弱った子猫の飼い主だった。
2020年6月某日。仕事帰り、当時住んでいた自宅のすぐ近くの路上に、足をひょこひょこさせ、目をしょぼしょぼとさせた、小さな小さな子猫がいた。
それが、のちに我が家の家族となる「つむぎ」との、最初の出会いである。
首輪をしているようには見えなかったものの、暗くてはっきりとは見えず、野良猫なのか飼い猫なのかすらわからなかった。近づくと逃げていってしまい、写真も撮れず。
数日は帰り道を気にして見ていたが、なかなか見かけず、雨が続いていたので心配していたところ、奇跡的にもう一度会うことができたので、すぐに動画を起動させて何とか撮影に成功。
次の日が結構な雨予報だったので、本当はこの時に捕獲も考えたが、捕獲器等は持っておらず。
当時Instagramの猫アカウントで、こういう時はどうしたら?と相談したところ、素手で捕まえようとして引っ掻かれたりしたら危ない可能性がある、とアドバイスいただいていたので捕獲は断念した。
また、そもそも突然だったため自宅に連れて帰れる環境が全く整っておらず、何かあった時に先住猫と隔離させる手段を得てからではないと無理だと判断し、ひとまず動物病院に相談することにした。
自宅から動物病院が徒歩1分もかからない位置にあり、近くで見つけたので、もしも飼い猫だったら同じ病院に通っていて、何かわかるかもしれないと思ったのである。
翌日電話で事情を説明し、来院して撮影した動画を見せて聞いてみたところ、似ている子を知っているとのこと。
もしその子であれば迷子で探しているかもしれないと、一度病院から飼い主さんに連絡をしてみてもらえることになった。
解決に話が進みそうで良かったなと思っていたのだが、後日病院から連絡を受けると、とんでもない事実が発覚した。
病院の話によると、飼い主と連絡が取れたものの、「飼い猫で間違いないが、引っ越しの都合で飼えなくなるから、外で暮らしていけるように離し飼いで慣らしている」などと宣ったというのだ。
怪我や風邪に関しても気付いていたが、慣れないと外ではやっていけない、とあえて放置していたとのこと。
何を言っているのか理解をするのに時間を要した。このクソ人間には間違いなく人の心がない。
さらに病院側が、そのような自分勝手な都合で離し飼いをしてないけないと説明したところ、「引っ越すからそれはできないので、保健所に連れて行くか里親を探してほしい」と、もはや人間なのかすら怪しい言葉も放ったという。
病院では長期的にお預かりするのは難しいと伝えた上で、一度診察に来るように伝えて終話したとのことだった。
どうなっているんだ。病院の話によるとその子はマンチカンの子猫だった。人気の猫種だ。拾ったり譲り受けたとは考えにくい。
そして私の記憶が確かなら本当に小さかった。家に迎え入れたばかりでもおかしくない。
それなのにこの仕打ち、いくらなんでもあり得ない。
話を聞いて、あまりの怒りに血管がブチ切れて気絶するかと思ったが、それと同時にどうしたら救えるのか、自分はそこにどのように関与できるのかをひたすらに考えていた。
このままでは飼い主が結局外に捨ててしまうか、保健所に連れて行ってしまうのではないか?
マンチカン人気あるし、しかも子猫だし、需要は沢山あるから、引き取り手は見つかるとは思うが、もし見つからなかったら?
それなら自分が引き取るか?
先住猫とはうまくやっていけるだろうか?
病気があって一生隔離が必要だったら?
今の間取りじゃずっとは無理だから引っ越すか?
……そこまでできるか?
我が家に迎え入れるのならば、当然その子の一生を預かるのだ。
先住猫のことを考えなければならないのはもちろん、どんな状況にも対応できるだけの余裕も必要だ。
「次また迷い猫を見つけたらどうするの?」と当時の彼氏(今の夫)に聞かれた時は特に考えさせられた。
本当に考えて考えて考えて考えて考えたのだが、やっぱりどうしても放っておけない、という結論に至り、場合によっては引っ越しも辞さないと、覚悟を決めた。
飼い主が引っ越すまでに里親を見つけていればそれで良いし、探す気がないとか無理なのであれば引き取りたいと、病院を通して伝えてもらった。
こうして2020年の7月7日、七夕の夜。
つむぎは我が家の一員となった。

来た当初のつむぎは、本来なら適正体重1.5kgほどのところ、1kgもなく800g程度だったため、おそらくご飯をあまり食べられていなかったと思われる。
ちなみに元飼い主という、ギリギリの肩書を持つだけの人間の形をした妖怪は、私からの連絡を受けて「じゃあ、あげます」などと宣ったので、冒頭の「これから先は生き物に迷惑かけないように寂しく生きていってくださいね」の言葉をお見舞いしたのである。
私は毎年七夕には、この妖怪が不幸になることを祈っている。良くないことかもしれないが、本気で祈っている。
我が家に来ることが決まってからは、数日間病院に預かっていただき、猫貯金をくずして急ピッチで子猫のグッズを整えた。
預かっていただいている間の診察で、慣れない外の道で足の裏を少し怪我してしまっていたのと、猫風邪を引いてしまっており目がしょぼしょぼしていたことがわかったが、先生たちのおかげで数日で元気になっていたので、満を持して我が家にやってきた。

来てすぐに、訳がわからないまま風呂に入れられたつむぎは、外にいた頃と比較してとても綺麗になったが、手足は真っ白にはならず、外の汚れの手強さを感じた。
先住猫の「こむぎ」は、最初こそシャーをお見舞いしたものの、何かをわかっていたのか、とても優しく、初めてこむぎがつむぎに毛繕いをしてあげるのを目撃したときは、涙が出るほど嬉しかった。
しかし我が家に来てからも問題は山積みで。
外に出されていた影響から、回虫やジアルジアに感染しており、つむぎは常に腹を下していた。
回虫は病院からもらう駆虫薬を使うだけで死骸が糞と共に出てきて、それを繰り返せば治るのだが、ジアルジアは厄介だった。
駆虫薬を使っても、「シスト」という卵のような殻にこもった状態で糞と共に出て、これが体外に出てからも数週間から数ヶ月も生き続けるうえに、アルコールやハイターの類が一切効かないため、多くの子が感染を繰り返してしまうのだ。
唯一熱湯が効くため、毎日つむぎがトイレに行くたびに、湯を沸かし、洗って熱湯をかけて消毒し、砂を入れ替えるのを繰り返し続けた。
当時私は一人暮らしで、二口しかコンロもなく、深くて大きな鍋なども持っていなかったため、深夜でも早朝でもトイレの音が聞こえれば飛び起きて、小さなフライパン2つをフル稼働させて、何度も往復して猫のトイレがしっかりつかるほどの熱湯を沸かし続けたのである。

出社中はどうしても対応できないため少し長引いてしまったが、執念の熱湯消毒の甲斐あって見事に完治することができた。
下痢をしてお腹が痛いことが多かったと思うが、それでもつむぎが毎日ご飯をもりもり食べ、お水もしっかり飲んでくれていたことも大きかったと思う。
これで一件落着かと思ったら、今度は猫カビの症状が出てきた。顕著な症状が出たのがこのタイミングと言うだけで、当時の写真を振り返ると我が家に来た当初からかかっていたことがわかった。(猫カビは人にも移るのだが、迎えてすぐの私の腕に感染の跡があった)
飼い猫は絶対に外に出すべきではない。
猫カビは、皮膚糸状菌という真菌が猫の皮膚や毛に感染して起こる皮膚病なのだが、これが該当の猫が動けば当然そこら中の布に付着して広がってしまう。
猫用の毛布やクッションはもちろん、人間の服やベッド類、カーテンなど、膨大な範囲への消毒の徹底が始まった。

真菌は特殊なライトを当てると光る性質があるので、そこら中を照らし、ペット可の消毒液を購入して部屋中に撒き散らし、毎日可能な限り洗濯機を回した。
つむぎも可能な限り毎日風呂に入れ、猫カビに効くシャンプーをし続けた。
とにかくできる限りの対策はしたが、それでも途中、先住猫のこむぎにも移ってしまい、耳の毛がはげた時には申し訳なさで号泣した。
それでも徹底した消毒の成果が出て、つむぎも、途中で移ってしまったこむぎも、どちらも完治することができた。
この頃は毎日出社で、早く帰れることもあまりなかったのだが、それに加えてジアルジアから続けてずっと対策に追われていたので、正直かなり追い詰められていた。
それでも、目の前の小さな命が元気になっていくのが嬉しかった。
その後も病院にはたくさんお世話になった。
幼少期の栄養が必要な時期に外に出されたからか、先生には身体が弱い子だと言われたし、高度医療センターまで行ってレントゲンやらCTやらを撮影して、1回の会計が15万円を超えた時もあった。
元飼い主という肩書の妖怪は、引っ越すからとか言っていたが、病気がちなことに対応できなくなって放り出したのではないか、と思ったりもした。
まあ、どのみち、お前にはここまで出来なかっただろう。
ありがとうな、手放してくれて。

今では真っ白な手足とふわふわの毛並みで、我が物顔でそこらで転がっている。

俺の家だと言わんばかりの顔で上から監視もしてるし。

こんなにキラキラの目で私のことを見てくれる。
どんなに治療に追われようとも、どんなに出費しようとも、この可愛い可愛いちいこき命は、私の人生を豊かにしてくれる。
引っ越すという理由で外に放り出された小さな子猫は、七夕の夜に、我が家の大切な宝物になったんだ。
