今はなき「石」の和菓子 青森県立郷土館展示 和菓子なスクチャイ176 2025.11.28
和菓子なスクチャイ176 北海道秋田県他 > 夕張大館他
※くまの身長は7.5cm。大きさの参考に。
今はなき「石」の和菓子 青森県立郷土館 青森市
※以下、青森県立美術館内で展示していた青森県郷土館の資料の撮影とソーシャルメディアへの掲載許可をいただいている。
1.黒鉱羊かん 山田桂月堂 秋田県大館市

秋田県大館市の大館駅前に現存する山田桂月堂(けいげつどう)でかつて販売されていたのがこの「黒鉱羊羹」だ。
桂月堂は大館の老舗で明治34年(1901年)に創業した。
秋田県北部はかつて「黒鉱(くろこう)」と呼ばれる銅・鉛・亜鉛などの複雑硫化鉱が大量に採掘された「黒鉱の聖地」だった。
特に大館周辺の小坂鉱山や花岡鉱山は有名で、この地域を支えた「黒鉱」をモチーフに郷土の誇りを込めて作られたのが「黒鉱羊羹」だ。
2.黒鉱明から寿 山田桂月堂 秋田県大館市

「黒鉱羊羹」と同じメーカーで、黒ごまと白糖と寒天で作られた黒鉱をイメージしたお菓子だ。
大館駅前にある桂月堂のご主人に電話で直接訊いたところ、このお菓子の色は真っ黒ではなく白砂糖が入るため灰色っぽい色をしていたとのことだ。
製造をやめたのが今から25年ぐらい前とのことなので2000年頃だと思われる。(ご主人談2025/12/21)
吾輩が以前記事にした「明から寿」は桂月堂以外のお菓子屋さんが作っている場合があるが、「黒鉱明から寿」だけは桂月堂しか作っておらず、秋田県内で桂月堂といえば大館駅前の桂月堂となるので、この写真の「黒鉱明から寿」は今も大館駅前にある桂月堂に間違いはないとのことだ。
ちなみに「明から寿」以外にも黒鉱をイメージした饅頭なども当時、昭和40年(1965年)頃から2000年頃まで色々製造販売していたとの話だが、今は黒鉱関係のお菓子はまったく作っていないとのことだ。
また、商品によって製造元の表示を「桂月堂」とする場合と「山田桂月堂」とする場合があるが、どちらも同じお店のことだ。(ご主人談、同)
ちなみに上記の「黒鉱羊羹」についても訊いてみたのだが、桂月堂の文字があるので桂月堂には違いないが、ご主人もその存在を知らないとのことだった。
してみると「黒鉱明から寿」よりももっと古いことになり、中身についてはご主人でさえ見たことがなく、今や中身は想像するしかないのだ。
3.さるけ菓子(泥炭菓子) 白丈菓子店 つがる市木造

青森県つがる市木造(きづくり)にあった白丈(しろじょう)菓子店の「さるけ菓子(泥炭菓子)」
このお菓子は、つがる市(旧・木造町)の独特な地質と歴史をそのまま形にしたような、非常に珍しく、かつ地元に深く根ざした郷土菓子だった。
3.1.「さるけ菓子(泥炭菓子)」とは?
つがる市木造一帯に広がる屏風山(びょうぶやま)裏の湿地帯に見られる「泥炭」をモチーフにしたお菓子だ。
「さるけ」は津軽弁で「湿地、泥濘(ぬかるみ)」を意味する言葉だ。
(余談)笑福亭鶴瓶のぬかるみ焼きだ!
この地域はかつて広大な泥炭地が広がっており、その泥の塊のような見た目を黒ごまと紫蘇で再現している。
3.2.「白丈菓子店」
白丈菓子店は木造の商店街で長年営まれてきた老舗だった。
木造の人々にとって「さるけ菓子」は、単なるお菓子ではなく、故郷の風景(湿地帯や泥炭)を象徴するソウルフードのような存在だった。
泥を連想させる「さるけ」という言葉をあえて商品名に使う、その郷土愛あふれる姿勢が多くのファンを生んでいた。
3.3.歴史と現状
かつてこの地域の泥炭は燃料としても使われており、人々の生活に密着しており、その歴史を次世代に伝える意味合いも込められていた。
後継者不在などの理由により数年前に白丈菓子店は閉店した。
現在、この「さるけ菓子」を製造販売しているお店は他になく、まさに「幻の味」となってしまった。
4.炭脈(たんみゃく) 菓子処あかま 北海道夕張市

道産バターを使ったスポンジ生地の中に小豆あんが細長く練り込まれており、あたかも石炭の鉱脈を表しているかのようだった、とのことだが吾輩が現物を見たこともなければ写真もないのでなんとも言えない。
もしかすると和菓子ではなく洋菓子の範疇かもしれない。
なお、吾輩が撮影した展示物の写真はあくまで商品模型だ。
5.鉱山最中 長井堂 秋田県鹿角郡小坂町

小坂町(こさかまち)はかつて小坂鉱山で栄えた「鉱山の街」であり、この最中はその歴史を象徴する銘菓だったが、残念ながら現在は入手することができない「幻の味」となった。
「鉱山最中」は小坂鉱山の歴史を後世に伝えるために作られた非常に特徴的な最中だった。
最中の皮の表面に小坂鉱山のシンボルである「大煙突」や「鉱山施設の風景」などが立体的に浮き彫り(型押し)にされていた。
中にはずっしりと重厚なつぶあんが皮の端までぎっしりと詰まっていた。
パッケージは小坂鉱山の全盛期の写真やイラストが描かれた箱や包装紙が使われており、お土産としての格調も高いものだった。
5.1.製造元「長井堂」について
小坂町の本通り商店街に店舗を構えていた地域に密着した老舗の和菓子店だった。
長年小坂の味を守り続けてきたが、店主の高齢化や後継者不在などの理由により、数年前に惜しまれつつも閉店した。
なお、展示の説明にもあるように、長井堂はこの「鉱山最中以外に」、ゼリー「鉱山の石」、「鉱山ロール」、「鉱山(やま)と湖(うみ)」などの鉱山関係の和洋菓子を販売していた。
なお、この展示物も商品模型とのことだ。
6.茅の石まん 地元夫婦 山梨県

(展示の解説文より)
あん入りの饅頭そっくりの「饅頭石」は青森をはじめ全国各地に産出し、山梨では売り惜しんだ饅頭が石になったとの伝説があるが、それにちなんで地元の一般人夫婦が「饅頭石」の外観を真似て作った饅頭だ。
ちなみに饅頭を売り惜しみ、石だと嘘をついて売らなかった相手は弘法大師だったという。罪なことをしたものだ・・・。それを戒めて饅頭が石になったとのことだ。(伝説より)
ちなみに本物の饅頭石も展示してあったのでここに掲載する。

7.(現在も販売中)塊炭飴 石川商店 北海道赤平市

このページで書いた「青森県郷土館」展示物の中で唯一現在も製造販売している商品だ。
「塊炭飴」はかつて炭鉱の街として栄えた赤平の歴史をそのまま形にしたような非常にユニークで情緒あふれる銘菓で、今も製造しているのは大正7年(1918年)創業の老舗「株式会社 石川商店」だ。
かつて赤平市には多くの炭鉱があり良質な石炭が採掘されていた。
その石炭の中でも特に品質が良く大きな塊である塊炭(かいたん)をモチーフにして昭和初期に考案された。
その名の通り見た目は「石炭の塊」そのものだ。
ゴツゴツとした不規則な形で色は深みのある漆黒をしている。
表面には石炭特有の鋭い光沢が再現されており、初めて見る人は「本物の石炭?」と驚くほどのリアリティがある。
漆黒の色の正体は「竹炭」ではなくニッキ(シナモン)の風味を効かせた特製の黒糖飴だ。
口に入れると見た目の無骨さとは裏腹に、ニッキの爽やかな香りと黒砂糖の濃厚で素朴な甘みが広がる。
後味がスッキリとしているためついつい次の1粒に手が伸びる美味しさだそうだ。(ただし吾輩はまだ食べたことがない)
7.1.こだわりの製法
飴を煮詰める温度管理が非常に難しく、現在も職人が長年の勘を頼りにその独特の光沢と硬さを守り続けている。
そのインパクトのある見た目から、北海道土産、特に空知(そらち)地方を代表する銘菓として全国にファンがいる。
7.2.商品情報
現在、塊炭飴は袋入りや缶入りなど用途に合わせていくつかのバリエーションが展開されている。
塊炭飴(200g 袋入り)
最も一般的な家庭用・自分用サイズ。ジッパー付きで保管に便利。
塊炭飴(缶入り)
レトロなデザインの缶に入っており、お土産や贈答品として人気。
(おわり)
