仙台駄菓子「塩釜」入り詰め合わせ 日立家 仙台 和菓子なスクチャイ038 2025.07.21
和菓子なスクチャイ038 宮城 > 仙台
※くまの身長は7.5cm。大きさの参考に。
仙台駄菓子「塩釜」入り詰め合わせ 日立家 仙台

1.塩釜の思い出
幼少時、松島に会社の慰安旅行で行った伯父が塩釜というお菓子をお土産に持って帰ってきてドヤ顔をした。
落雁系は好きなので嬉しく齧ったのだがそれが想像と違った味で塩辛く、紫蘇のせいで梅干し的な味だった。
これがお菓子かいな?ご飯のおかずちゃうん?
と言うと伯父は人差し指を立てて車のワイパーのように左右に振り、チッチッチッチッと口を鳴らした。大人にしかわからない味のお菓子なのでガキンチョにはわからぬ味だとのことだった。
まあよく考えたら塩が入ってるから塩釜というのだろうとは納得した。
後年に松島のさらに奥に塩釜という地名があることを知り、そこの塩竈神社が伝える伝統的な藻塩焼製塩との関連もあって、微塵子と砂糖と塩と海藻や紫蘇を混ぜた干菓子が「塩釜」と名付けられて名物になったということを知った。
2.仙台駅で塩釜を探す
今、その塩釜を久しぶりに食べてみたくて仙台駅で探すことにしたが、塩釜本家と言われる九重本舗玉澤の直営店が2024年9月に仙台駅から撤退してしまったとは知っていた。
駅ビルの土産物屋街を歩いていると、ある和菓子屋のショーカウンターに見るから塩釜のような白い落雁を売っている店を発見した。
その白いのは明らかに塩釜だった。
吸い寄せられるように店舗に近付き、店員のお兄さんに「これ、塩釜?」と訊いてみたらそうだと言う。しかし有名店九重本舗玉澤の塩釜ではなく、ウチの塩釜だと言った。
「ウチ」も地元の立派な和菓子店のようで、いろいろな本格的な和菓子を売っているのだった。
その「ウチ」の塩釜でも良かったが、それでも今回は九重本舗玉澤の塩釜を買いたかったので躊躇した。
すると優しい男性店員は「ウチはこういう駄菓子を扱ってて、その中にも塩釜が入ってるんですよ〜。美味しくてかわいい駄菓子なのでいかがでしょうか」などと営業をかけてきた。
ショウウインドウを見ると、購買意欲を掻き立てられるような色とりどり形の色々な小さな駄菓子が箱に詰まって綺麗に並んでいた。いったいこういうのをもらって箱を開けたら、その瞬間誰もが胸をときめかして喜ぶだろう。
幼少時に伯父が地味な白い塩釜だけを持ってきて、塩辛いのを言わずに子供に食べさせて「チッチッチッ!それはガキンチョにはわからないお菓子だ」などと意地悪を言うためのお土産ではない。
それに、仙台駄菓子って聞いたことあるぞ!
東北の4大郷土駄菓子ということで挙げられるのは盛岡、鶴岡、会津、そして仙台だ。
そういうことで兄ちゃんの営業に負けたわけではなかったが、その店では駄菓子セットを買うことにした。
まあ自分用なので綺麗な箱は不要。それでビニール袋入りの少しでも廉価なやつを買うことにした。
その中にはとりあえず「塩釜」がひとかけら入ってるのだ。久しぶりに塩釜の塩辛さを味わえそうだったから今回はこれで良しとする。
吾輩は兄ちゃんに税込1,000円をクレジットカードで支払った。
3.仙台駄菓子

中身は小袋入り10種類だった。
まるで駄菓子の見本市だ。
この中で気に入ったものがあれば、今度はそれだけを買えばいいのだ。
それにしても小さい小袋1袋で税込100円もするのはなんとなく割高だ。
ちょっと太いがきな粉ねじりが一個100円とな!?
上等な砂糖を使う上菓子に対しての駄菓子だ。安価でなければならない立場だろうに。
価格の面ではちょっと不服だ。
まあ駅で買ったからには所詮観光客用のお土産価格と諦めるしかないか。
駄菓子は駄菓子でも地元人用の食べ物でも子供用のお菓子でもないのだ。
4.塩釜を喰う

一番上の左の白いのが塩釜
ともかく、吾輩は真っ先に「塩釜」を喰った。
「ん〜・・・マンダム!」
と吠えたが、思ったほど塩辛くなく甘くて美味しい。紫蘇の風味がまた良い。
こんなに美味しいのだったら次からこの店で塩釜だけのを買ってもいいような気がした。
5.仙台駄菓子の中身

参考までに以下に「仙台駄菓子」の中身を羅列する。いちいち食べた感想は述べないので興味が出た人はいっぺん仙台で買って食べてみそ。
・しおがま
・あんこ玉
・いそべ
・梅干
・きなこ
・若草
・月の輪
・だるま飴
・みそぱん
・麦こがし
6.歴史
(以下、参考文献:和菓子/郷土菓子百科2023年丸善)
仙台で駄菓子が有名になったのは江戸時代の仙台藩の政策と関係し、戦に備える兵糧としての携帯食の「仙台糒(ほしい)」を作ったのが始まりだった。
初代伊達政宗が上方から道明寺糒の技術を導入し(著者註:やっぱり北前船が関係している)、それを改良して東北の寒風吹き荒ぶ中で極めて上質な糒を作った。その製法は伊達家家伝となり門外不出であった。
仙台糒にはたくさんの種類があり、一般的に糒はもち米を蒸して乾燥させたものだが、仙台では糯(もち)キビ、粳(うるち)キビ、粟(あわ)キビなどがあり、一定期間が過ぎると家臣や町民に払い下げられた。その糒を原材に菓子が作られ、銘菓「しおがま」は糒を粉にして作ったものだった。糒を煎って水飴で絡めれば「おこし」になり、このようにして仙台糒は駄菓子のもととなった。
駄菓子は自然条件とも関係があり、米のとれるところで生まれるといわれる。なぜかというとくず米、秕(しいな)、落ち穂のようなものが大量に出るため、それらを利用して駄菓子が誕生したともいえるのだ。
(以上、参考文献:和菓子/郷土菓子百科2023年丸善)
(おわり)
