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かるかん(軽羹)鹿児島 和菓子なスクチャイ015 2025.06.06

和菓子なスクチャイ015 鹿児島県 > 指宿市


かるかん
かるかん
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かるかん

1.かるかんの歴史

「軽羹」とも書かれるかるかんが最初に記録されたのは1699年(元禄12年)に薩摩藩主の島津家3代藩主綱貴50歳の祝賀の席に並べられたお菓子のひとつとしてだったとのことだ。

薩摩藩では殿様菓子と呼ばれていて庶民は口に出来ず、ようやく庶民が食べるようになったのは明治に入ってからだった。

鹿児島でかるかんが生まれたのは原材料の良質な米粉と砂糖とシラス台地の山芋が手に入るからで、現在では県内至る所の菓子屋で作られているが、老舗は1854年(安政元年)創業の明治屋ということになっているようだ。

2.吾輩のかるかんとの出会い

2-1.初めての出会い

かるかんは吾輩の思い出の鹿児島のお菓子だ。

中学卒業直後の春休みに大阪から九州ワイド周遊券で夜行列車に寝泊まりしつつ九州をひとり旅した。

大阪から行きは長崎への夜行急行「雲仙・西海」で一夜、長崎を一日旅した後、鈍行夜行「ながさき」で門司港まで一夜、北九州地区の旧炭田周辺の鉄道網を一日巡って夜は日豊本線経由西鹿児島行きの急行「日南」で一夜、など。すべてが懐かしい。

そして旅の最後に大阪に帰る時、西鹿児島から大阪までの電車寝台特急「彗星」の寝台車の別料金を奮発した。B寝台の狭いベッドながら久しぶりに足も身体も伸ばして横になれて普通に寝ることのしあわせを噛み締めた。

快適な寝台に寝転んでいると腹が減ってきた。

一週間以上も続けた旅行中は予算の制約があったので食事は立ち食い蕎麦や売店のパンなど安いものでまかなっていた。

無事旅を終えつつある安堵感と寝台での休息で、急にお腹が空いてたまらなくなった。食堂車もないし車内販売もない列車だった。まあ、もしあったって吾輩の予算では高い食事は摂れない。

我慢ならず、手持ちの唯一の食糧である、親へのお土産に手をつけた。
唯一のお土産として西鹿児島駅の売店で600円ぐらいで買っていた箱入り「かるかん」だった。

気付くと箱の中の半分ぐらいを食べてしまっていた。

初めて食べるかるかんというお菓子は、ふわふわで白い饅頭のようで素朴でおいしく大いに気に入った。

本来親に渡すために買ったお土産を自分で先に食べてしまう背徳感も手伝って、寝台列車のカーテンの内側で密やかに食べるかるかんはこの世のものとは思えないほど美味なのであったのだ。

天国の食べ物や!、とその時思った。

2-2.最近の出会い

前の記事で書いたように「松江の山川」を買うために日比谷のしまね館(島根県のアンテナショップ)に行ったとき、しまね館での会計が1,000円以上だったのでガチャガチャをさせてもらえドジョウすくい(安来節)のバッジを手に入れ、引き続き隣の「かごしま遊楽館さつまいもの館」(鹿児島県のアンテナショップ)で1,000円以上費やすとそこで抽選ができるとの甘い言葉にのせられて予定外の「かごしま館」に足を踏み入れた。(詳しくは前の記事参照)

そこでかるかんを久しぶりに買ったのだ。

税込799円。

当日はしまね館だけの予定だったので鹿児島の「か」の字も考えてなかった。当然ながら「かるかん」の「か」の文字なんかまったく想像だにしていなかった。

これを奇縁と言わずに何という?

3.かるかんを喰う

今回日比谷の「さつまいもの館」で買ったかるかんはあんこなしの外側だけの純粋なかるかんだった。

これまで食べたかるかんは、寝台特急「彗星」で食べたのも含め、丸いまんじゅうの形で中にこし餡が入っていた。
餡入りもいいが、かるかんの好きな点は皮、というか外側の純白の生地だ。
今回「さつまいもの館」で生地のみのかるかんが手に入って嬉しかった。

かるかんは素朴な旨さだ。
いい意味で目の荒いスポンジを食べている感覚で、高品質の蒸しパンの様にも感じる。かじる時、フワッと米の蒸された良き香気が漂う。それがまたたまらない。

久しぶりに「かるかん」を食べて、九州一人旅の帰りの夜行列車の寝台の中で「かるかん」をむさぼり喰ったことをさも昨夜のことのように思い出すのだった。

(おわり)

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