そば餅 丸八たきや 長野善光寺 和菓子なスクチャイ126 2025.09.27
和菓子なスクチャイ126 長野 > 善光寺
※くまの身長は7.5cm。大きさの参考に。
そば餅 丸八たきや 長野善光寺



1.幻の善光寺名物「そば餅」の復活
奮い立つようなそばの香りが楽しめ独特の柔らかな食感の「そば餅」は、昭和の初期から善光寺参道で営業していた菓子店「塩瀬」の名物餅菓子で長年人気を博していたが、1990年代頃に店舗の閉店と共に「そば餅」も消滅してしまった。
長年のファンに「幻の善光寺名物」とまで言われ、その消滅に嘆き悲しんだ人も多かったらしい。
ところが善光寺参道からそば餅が消えて約7年を経た後、奇跡のように別の店で製造販売を開始した。
その場所は善光寺西で駐車場も管理する土産物店の「丸八たきや」で、かつての塩瀬の職人によりそば餅の製造方法が伝授されたとのことである。
2.丸八たきやの名物は「おやき」
「丸八たきや」は参道ではなく西側駐車場の脇にある、どちらかと言うと地味な土産物屋で同敷地の駐車場も管理している。
吾輩が訪れた時(2025/09/27土曜日の朝9時頃)の店舗内の一般的な土産物の陳列はまばらで、店員さんたちは奥の厨房のようなところで忙しげに当日販売のおやきを仕込み中なのであった。
丸八たきやでは焼きたての「おやき」が名物なのだ。
しかし、吾輩にとって肝心の「そば餅」は、その姿形どころかそば餅の「そ」の字すらなく不安になったが、吾輩はあらかじめ電話で「そば餅」の存在を確認してその日に買いに来る旨を伝えているので確実手に入ることはわかっていた。
しかし何も聞かずに店舗に来ていたら、きっと「そば餅」の存在さえわからないまま途方に暮れるだろう。
そもそも数人の店員さんが寄ってたかって奥で何かを作っているので訊いてみると「そば餅」ではなく「おやき」だったのだ。
3.そば餅は?
吾輩がお願いしていた「そば餅」はどこから出てくるのかと問うと、必要な個数を言うとたとえ一個でも奥から出してきて売ってくれると言う。
一個税込120円とのことで6つだとちょうど箱に入って箱代100円込みで880円とのことだ。
待てよ?
6個で箱代100円なら820円ではないか?
なぜ880円?
しかし、無料のパックでよければ5個まで入るので税込600円でいいと言う。
1個増えただけで箱入りになって280円も上がり880円になってしまうわけだ。
所詮自分用のすぐに食べるお菓子なので吾輩はおばちゃんの提案通り5個を無料パックに入れてもらい600円を支払った。
なお無料パックの5個のせいか、別添の蕎麦粉が付かなかった。
「そば餅」を食べる寸前に添付の蕎麦粉をかけるとさらにそばの風味が増して美味しいと説明を受けたばかりだったので、おばちゃんは単純に入れるのを忘れただけなのかもしれない。
4.善光寺大勧進前庭のベンチで食べる


そば粉をつけてくれなかったのでちょっと損した気分で、吾輩は善光寺大勧進の前庭のベンチで包みを開けて、さっそくいただくことにした。
しかしそば粉は最初からある程度餅にまとわりついているのでそばの香りはする。
しかし白く見えるそば粉のおかげで色と形がまるで干し柿だ。
「そば餅」は作りたてが命だ。
買ってきた直後だが、すぐに食べよう。
しかしその「そば餅」は冷えていた。
凍ってはいなかったが、もしかすると毎朝冷凍ものを解凍して売っているのかもしれない。
作りたてというより、解凍したての「そば餅」なのだろう。
餅といっても非常に柔らかく、口の中でとろけるような繊細な食感があった。
かじる度にそばの香りが漂うのだった。
確かにこれほどそばの香りが漂う餅菓子は経験がないし、美味い。
「追いそば粉」があればもっとそばの香りがあるのかもしれず、今回はそこがちょっと残念だった。
5.「そば餅」の原材料



かつて塩瀬の「そば餅」が愛された最大の理由がその独特の食感と素朴な風味だったようだ。
原材料は白玉粉、わらび粉、小豆餡、そしてそば粉で、白玉粉とわらび粉を絶妙なバランスで練り上げたことにより、一般の餅とは一線を画す非常に柔らかで口の中でとろけるような繊細な食感を生んでいる。
この餅生地でこし餡を包み、表面にそば粉をまぶし、そばの香ばしさが一層餡の甘さを引き締め上品な味わいを醸し出し出すのだった。
後継者がいなくて技術も途絶え時代と共に消えていく和菓子店も多い中、7年後にこうして復活する和菓子もあるのだという貴重で感激するお話だ。
6.また買いに来て食べたい「そば餅」
先に書いたように土産物屋では「そば餅」の文字すら出さずましてや商品を店舗内に陳列することもなく、文字通りひっそりと販売しているのだった。
その独特の販売により、知る人ぞ知る貴重な名物を手に入れた、ちょっと得意げな気分になった。
吾輩はこれからも参拝のたびにこの「そば餅」を買い求めて食べようと決めたのだった。
(おわり)
