百福百壽 菓匠叶匠壽庵 滋賀県大津市 和菓子なスクチャイ286 2026.04.10
和菓子なスクチャイ286 滋賀県 > 大津市
※くまの身長は7.5cm。大きさの参考に。
百福百壽 菓匠叶匠壽庵 滋賀県大津市









1.地方の銘菓を東京で買うのは野暮
東京の百貨店で地方の銘菓を買うのは野暮中の野暮と思っているのだが、その日の吾輩は時間調整と屋外の悪天候しのぎのために伊勢丹新宿店の地下の和菓子専門店エリアを覗いていた。
さっと見るだけですぐに出てこようと思っていたのだが、まんまとその美味しそうで特徴的な姿に魅せられて2種の和菓子を買ってしまった。
吾輩も意思が弱いものだと思うが、それでも和菓子との出会いは一期一会のことも多く、出会った時に買っておかないと次になかなか会えないかまたは二度と会えないこともあるので、懐具合に応じて手に入れておいた方がいいという考えもあるのだ。
他にも興味を惹く和菓子はいくつかあったが、荷物の関係で箱を縦にして持ち歩けるもなかと羊羹系のお菓子2種に絞って買い求めた。
今回はそのうちの1個目である「百福百壽」というもなかを紹介する。
なお「百福百壽」は税込1,080円だった。
2.伊勢丹新宿店で購入
和菓子は基本的に製造元店舗に出向いて、そこで可能なら店主や店舗関係者たちにそのお菓子のお話などを伺いながら購入したいものだ。
完璧なまでに百貨店教育を受けた卒のない接客を受けつつ東京で上等の和菓子を買うというのは如何なものだろう。
気持ち良く買えるだけに、製造元の地域の雰囲気を味わえない。
そこには「モノ」があるだけだ。
どうしても手に入れて食べたい場合は便利だが、製造元現地の空気を吸いつつ旅情に浸れるでもなし、ましてやこの記事を書くネタのためか?
もしそうなら、ズボラの極致のような気がする。
しかも相手は売り上げを気にして常に売る気満々の人間たちだ。
よほど意思の強い人でなければ相手のペースに巻き込まれてしまう。
・・・ということで今回相手のペースにハマった吾輩がここにおるのだ。
ま、ごちゃごちゃ言わずに今回だけ、たまにはいいだろうということにしておく。
3.食べる前に「旨い!」



さっそく食べたわけだが、「百福百壽」の中身の封を切った瞬間にとても香ばしい香りが漂った。
香りの元は、もなかの「皮」だった。
これまで何種類ものもなかを食べてきたが、ここまで強烈な香りだけで「旨い!」と唸ったもなかは初めてだった。
只者ではない予感がした。
だいたいあんこと皮が最初からくっついているのだ。
通常なら、そういうもなかは食べやすい反面、皮があんこの水分を吸っているので芳しい香りとサクッとした歯触りはすでに低下しているはずなのだ。
しかしこの「百福百壽」はどうだろう。
芳香を漂わす皮はパリッパリッで、大きな正方形を筋に沿って4つに分けるためにナイフを入れたのだが、どうしても一部がパリッと砕けてしまうほど皮は乾燥しきっていた。
4.食べた



伊勢丹新宿店の和菓子カウンターでこれを手渡してくれた小さくて可愛いおねえさんのことは忘れ・・・
吾輩はつとめてお菓子の生まれ故郷である滋賀県の県庁所在地大津に思いを馳せつつ食べることにした。
齧ると皮の芳香が鼻腔をくすぐり中から濃くて甘いあんこがねっとりと極上の存在感を表した。
さらに追い打ちをかけるようにあんこの中からしっとり柔らかい求肥が出てきた。
香ばしいパリパリの皮に包まれた味の濃いしっかりしたあんこだけでも狂気的に感激しているのに、さらにその中からネットリ優しくたおやかで白い和菓子の精か魂と呼びたくなる物質が入っていたのだ。
ここ、これは! ななな、なんという!
旨味は脳天を突き抜け、吾輩の脳の味覚中枢が歓喜して踊り出した。
もはや舌で感じる美味しさを通り越して脳が喜んでいた。
脳で味わう「もなか」なのだった。
吾輩の体は身震いして感動していた。
もなかは幼少時から数限りなく食べてきたが、その数百数千かもしれないもなか体験回数の中で、明らかに最高のもなか体験が今ここにあり、吾輩はそれを食べているのだ。
禁断の果実に手をつけたアダムとイブの心境はこうだったかもしれないなどと思った。
今これを食べたことで、今後の吾輩の人生でこれから現れるもなかの立場がなくなってしまうはずだと危惧した。
いや、もうもなかは食べなくてもいいのかもしれない。
もなかはこれで卒業だ。
一生分のもなかの旨さを今ここで堪能してしまい、吾輩は安らかな境地に入り、美味しいもなかを食べたいという欲はもはや消え失せてしまったのだ。
もしかしてこれを悟りと言うのか?
いやいや悟りなどという言葉を軽々しく使うものではない。それは承知だが、吾輩はこの「百福百壽」でもなか界の極楽浄土に到達した気分なのだった。
しかし、これを悟りと言わずに何と言うか?
5.叶匠壽庵の「百福百壽」
叶 匠壽庵(かのう しょうじゅあん)の「百福百壽(ひゃくふくひゃくじゅ)」は、叶 匠壽庵の哲学が凝縮された逸品だ。
中に入っていた説明書によると「最中」を「もなか」ではなく「さいちゅう」と呼んでいる。
その深い理由とともに、このメーカーの物語を紐解こう。
6.菓匠 叶 匠壽庵の歴史
叶 匠壽庵は1958年(昭和33年)に滋賀県大津市で創業した。
和菓子界では比較的新しい部類に入るが、その志は非常に高いものだった。
1985年に大津市大石の広大な山里に拠点を移し、そこを「寿長生の郷(すないのさと)」と名付けた。
「菓子作りは、まず原料から」という信念のもと、寿長生の郷に自ら梅や柚子を植え、農作業と菓子作りを一体化させた理想郷を築いた。
そこで丹波大納言小豆を贅沢に使ったお菓子を開発して一躍その名を轟かせ、今や日本を代表する高級和菓子ブランドとなった。
7.「百福百壽」の最高の美味しさ
吾輩が感じた「香ばしい皮」と「濃いあんこ」には、叶 匠壽庵ならではの理由がある。
多くの最中は皮と餡を合わせた状態で売られているが、上等の最中は食べる直前まで皮の湿気を防ぐよう厳重に管理し、多くはあんこと皮を別々にして販売する。
しかし「百福百壽」はどうだろう。
すでに皮はあんこを包んでいたのだ。
そのままでパックされていた。
にもかかわらず、皮はあんこの湿気を吸うことなく、出来たての香ばしい皮だったのだ。
きっとそこには簡単ではない工夫と技術があるに違いない。
開封した瞬間の香りは、不思議なことにまさに「焼きたての命」が吹き込まれた瞬間そのものだった。
叶 匠壽庵の代名詞とも言えるのが、あんこの中にはいっている羽二重餅のような柔らかい餅だ。
あんこの中にとろけるような求肥を入れることで、皮のパリパリ、餡のねっとり、餅のモチモチという「食感の三重奏」を完成させているのだ。
8.なぜ「さいちゅう」と読ませるか
一般的なお菓子として「最中」は「もなか」だが、この商品に敢えて「さいちゅう」とふりがなを振っているのには、言葉の本来の意味と、お菓子に込めた願いが関係している。
「最中(さいちゅう)」という言葉には、「物事の真っ盛り」「今まさに、その時」という意味がある。
叶 匠壽庵はお菓子を単なる食べ物ではなく「一期一会の瞬間の喜び」と考えている。
「いま、この喜びの最中(さいちゅう)にいる」という、人生の充実した時間を表現するために、あえてこの読み方を採用しているのだ。
そして「百福百壽」という名前は、たくさんの幸福と長寿を願う言葉だ。
その重厚な正方形の最中が「縁起の良い升(ます)」を思わせるため、婚礼の引き出物や長寿のお祝いとしても長年絶大な信頼を得ているのだ。
(おわり)
