記事タイトル 昭和 平成
色々と整理したい という感想を 持った
ガーンと 鬱病がきて もう 飛び降りか首吊りか で おえてしまおうかな・・・ と おもってしまうわけだが
ウクライナ ロシアの事とか コロナの事などが引っかかってこんがらがっている社会だ はっきりと言えば オールドメディアだ
ガーン!と来て もう しんじゃいたい気もちにかられる 対極主義も行き過ぎたらキツイ ぼく は むかしの財産で生きているようなものだ
もう働く事も 仕事も奪われたから じぶん で つくるしかない
ぼく に とっては 叫ぶ詩人の会 は ふつう だった
社会や待遇については 叫ぶ続けなければならなかった

櫻井さんのような立場になれば 嘘 は 効かない
毎日が当たり前ではない と 更生してしまうものだ
人間たるもの カムバックに 嘘 なく美しさがあって だから 失敗をしていいのであって
事務所所属前提で かいくぐってない芸人 には魅力を感じないし ここを切り抜けての令和ロマン なのだろうし ( だから試練が来るわけ ) 一つの・・・ 松ちゃん的に言えば 女は女を出すから つまらなくなってしまう
ぼくらの昭和 平成には かいくぐらなければならない という 不文律 したたかに自然にある という感覚があったし それが弱くなっている今の人間には ただ母性と偽って守る などしかないわけだ
原発事故 があっても したたかに滅びてない すごい事で また 政治か・・・ と 嫌な事も思い出してしまうが
”こみこみ”で しんでいないつよさは 昭和 平成にはあったし 今 は ない 大全人間 システム人間 に書いた それは・・・ 生きのびたしたたかさ の延長を生きていない ぼくは 人間、こうも まぬけ なのか・・・ と 自殺願望に囚われてしまう でも、なかなか しなない そんなぼくは なかなか しなない タフさ前提だったからだ たたかわなければ 殺されていた前提の 昭和 平成 だったからだ いじめ は いじめっ子に対して ぶつかって行かないと止む事はない そんな事はジョーシキだ 今はでも 大全に書かれていないから・・・ となる
むかし は ぶつかっていくタフな人が沢山いた チーム だった
ぼく は 月乃光司さんや坂口恭平さん 松本哉さんのように やりなおせるだろうか??
