小説2028年のビーンズショップ 『夢の後先』 後編 ㉟立石の店舗についての会話

山下さんは駅の踏切の所まで戻り、踏切を渡った。それから右へ曲がるとスーパーの前を通り越し、次の小さな踏切の所の飲食店の前で止まった。看板には中華料理店<湖州>と書かれている。ドアを開けて中に入ると従業員の人が傍に来て、『お二人様ですか。』と聞いた。
山下さんが『入れる。』と聞くと、『はい。大丈夫です。』と答え席に案内してくれた。『良かった。いつも混んでいて、なかなか入れないんだよ。』と言った。桜田が時間をみると午後四時を少し過ぎたところだった。山下さんが『半端な時間だから入れたんだね。』と言った。
街中華とは違うし、所謂、中華飯店の作りとも違う素敵な内装だった。
山下さんが『いつも混んでいて予約なしでは、なかなかは入れないんだ。さあ何を食べよう。焼き餃子は無いよ。点心になってしまうんだ。』と言いながら、メニューを観ていた。係りのスタッフが注文を取りに来ると桜田に向かい『最初は任せてくれるかな。飲み物はビールでいい。』と言い、
スタッフに『生ビールを二つ。それから点心の盛り合わせを二人前。それから、マーボ豆腐と、卵と青菜の炒めを下さい。』
『はい。承知しました。』とスタッフは言った。
生ビールは直に届いた。二人とも喉が渇いていたので、待つていたかの様にそれを飲んだ。美味しかった。夏の喉の乾いている時に飲むビールはとても美味しい。と桜田は思った。
山下さんが言った。『店舗はどうだった。』
『まだ良く分かりません。初めての場所ですし。何もかも。』
『そうだよね。東京の都心部に住んでいる人は、この辺りは殆ど知らない人が多い。この辺りは下町と呼ばれているけれど、下町と言うのは実は、神田・浅草・両国の辺り、精々、本所位までなんだと私は思う。私はさっき電車が通ってきた八広で生まれたんだ。
昔は吾妻町と言ったんだけどね。この辺りも吾妻町も行き所の無くなった、都市下層民の集積所だと私はずっと思っている。戦後の混乱期に田舎から出て来て住む場所の無かった人や、都心で上手く行かなかった人が逃げ込むように住んでいた場所だと思っているんだ。
<泥の河>っていう映画観た事ある。小栗浩平監督の名作だけど。あの映画は、舞台は大阪なんだけど、吾妻町辺りと、雰囲気はとても良く似ている。
主人公の少学生二人の友情の物語りなんだけど、年齢も丁度私位で世の中の雰囲気もとても良く似ているんだ。初めて観た時泣きそうになったけどね。
村上春樹さんと私は同じ位の年齢なんだけど、村上さんは芦屋の生まれで、私は吾妻町の生まれだからね。人生は随分違う物になるのは当たり前だ。』と言って、山下さんは嬉しそうに笑った。
『それでも、立石はこの辺りでは一番大きな商店街で人も多く賑やかなんだ。コーヒーを家で淹れて飲む人だって一杯いる。だけど、自家焙煎の豆屋は本当に少ないし、どの位美味しい物を売っているのかも分からない。
だから、ここは自家焙煎店にとっては、これからの場所なんだよ。ただ店舗はなかなか無いので、あの店舗を見つけた時、やったと思ったんだよ。世田谷・松陰神社前と比べて羨ましがる人は殆ど居ないかもしれないけどね。』と言って山下さんは笑った。
そこへ点心が運ばれて来た。何種類かの点心が大きなお皿に盛られていた。『頂きます。』と言いながら、山下さんは食べ始めた。私も『頂きます。』と言って、箸を出した。点心はとても美味しかった。
食べながら山下さんが言った。『この間、松陰神社前の店舗について5年後に毎月50万から60万ぐらいしか売れないよ。と言ったのを覚えている、もしここで、桜田さんが本気で豆屋をやったら、ここなら毎月200万から300万売れると私は思っている。やり方次第だけどね。』と言った。
『そんなに。』
『うちだって300万は売れるんだよ。家賃は10万だ。だからあそこだったらやり方によっては5年後にはもっと売れるかも知れない。』
そこへ今度はマーボ豆腐と、卵と青菜の炒めが届いた。
『あと生ビールを二つ追加して。』と山下さんが言った。
ビールのお代わりが届き、料理はたちまち無くなってしまった。
『最後に〆の物を食べようよ。』と山下さんが言い、山下さんはチャーハンを頼み、私は天津麺をたのんだ。
帰りに山下さんが言った。
『無理ではないからね。でも借りるならある程度早く連絡しないと流れちゃうよ。』
家へ着き、すぐりに話をすると、『面白い場所ね。私も見てみたいわ。』と言った。
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