【文明論について考える#番外編】日本は「2050年」を生きているのか?
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第1章 きっかけ:「日本は2050年を生きている?」という違和感
最近、SNSで、
「Japan is really living in 2050
(日本は本当に2050年を生きている)」
というフレーズを
見かけることがあります。
その現象について語っている人の一人が、
アメリカ出身のライター・翻訳家
マット・アルト(Matt Alt)氏です。
彼は、
『新ジャポニズム産業史
1945-2020 世界を変えた日本のモノづくり』
で、こう主張しました。
戦後の日本で生まれた玩具・家電・ゲーム・
マンガ・アニメといった「発明」が、
実は世界のライフスタイルや価値観を
大きく作り変えてきたのだ。
ウォークマン、ファミコン、ガンプラ、
カラオケ、ポケモン……
そうした「日本発のモノ」が、
どうやって世界の日常と文化を
塗り替えたのかを追いかけた一冊です。
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さらに彼は自身のニュースレターに掲載した
エッセイ「世界の真ん中でガラパゴスとして
咲き誇る日本」
などを通じて、
“Japan is really living in 2050”
というミームが海外SNSで広がっている
という話題を取り上げます。
日本人である私からすると、
最初の反応はこれでした。
「いやいや、日本が2050年て。
どこがやねん?」
バブル経済の頃、
日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」
と呼ばれました。
でもそのあと――
バブル崩壊で経済は長期停滞
パソコンの時代に入ると、
OSはマイクロソフト
CPUはインテル
いわゆる「Wintel連合」の陰に
隠れがちで、主役にはなれなかった
家電でも、かつて世界を席巻した
日本メーカーは、韓国・中国勢に
押されて存在感が薄くなっていった
私たちは「失われた30年」という言葉と
ともに生きてきました。
賃金はなかなか上がらず、
将来不安は増すばかり。
どちらかと言えば、
未来に取り残された側という
感覚の方が強いかもしれません。
だからこそ、
「日本は2050年を生きている」
というコピーには、
最初ものすごい違和感がありました。
――ところが、
マット・アルト氏の文章を読んでいるうちに、
ふと、こうも思ったのです。
もしかして、「未来」という言葉の意味を
ハイテク競争の勝ち負けとは違った視点で
見てみたら、このコピーは案外
ほんとかもしれない、と。
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