300年前も“推し活”してた?江戸時代とVtuber文化の共通点」
最近、Vtuber文化をぼんやり観察してて、
ふと思ったんです。
これ…江戸時代の人形浄瑠璃と、
めちゃくちゃ似てない?
✅ 「キャラに声をあてる文化」、実は300年前からあった
人形浄瑠璃って、ざっくり言うと
こういうやつです。
舞台の上には、操られる人形。
後ろには黒子姿の人形遣いがいて、
ひたすら動きをつける。横で義太夫さんが、声をあてて、
セリフもナレーションも全部担当する。三味線でBGMまでつける。

つまり、
「キャラに対して、声も動きも、全部“外側”からあててる」
ってこと。
演者が見えてても、観客はちゃんと
「人形そのもの」に感情移入するんです。
これ、
「Live2Dで動くキャラに、配信者が声をのせて、
視聴者がそのキャラに沼る」 あの感じと、
根っこの部分めっちゃ似てない?
✅ 「中の人」は見えない方が感情移入しやすい説
むしろ現代のVtuberの方が、
「演者(中の人)」を完全に隠してる分、
江戸時代より“演出としての没入感”は
進化してるとも言える。
でも、面白いのは、 江戸時代の観客も、
「これは演者が動かしてる人形だ」って
頭では分かってたのに、
ちゃんと泣いてたし、怒ってたし、推してた。
人って、やっぱり
“わかってても錯覚にのっかる生き物”
なんですね。
✅ 「推し文化」「スパチャ文化」の源流はどこか?
もっと言えば、 「贔屓筋」っていう、
当時のガチ恋勢みたいな存在もいたし、
「口上」という、いわば
“ファンサ”的なものもあった。
時代は違えど、 「応援したい」
「感情乗せたい」「見えないけど感じたい」
このへんの欲求って、ほんと人類共通。
Vtuber文化を「最近の若い人の流行」
で片付けるのは、
たぶんめちゃくちゃもったいない。
✅ 江戸時代の人がVtuberを見たら、どうなる?
ふと妄想するんですけど、
もし江戸時代の町人が現代に
タイムスリップして、Vtuber配信を
目の前で見たら、どんな反応するんでしょうね。
最初はたぶん、
「なんやこの絵…動いとる…?妖怪か…?」
って、ちょっとビビる。
でも、声がついて、セリフがあって、
キャラが泣いたり笑ったりして、
視聴者がコメントで盛り上がってるのを
見た瞬間、 きっと5秒でこう思う。
「あ、これ浄瑠璃やん」
で、次の瞬間、
スマホ握ってスパチャ投げてそう。
いや、むしろ
「“この推しのために
豆腐売って稼いでくるわ”」
とか言って、
翌日からバイト三昧してそう。
結局、
人ってそういう生き物なんですよね。
✅ ちなみに、こういう本読むともっと面白い
最近読んでるのがこれ👇
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タイトルは硬いけど、
「社会学的に、哲学的に、なんで人は
Vtuberにハマるのか?」って視点で
書かれてます。
文化論とかメディア論が
好きな人にはおすすめ。
✅ おわりに:たぶん、300年後も同じことしてる
メディアが変わっても、 技術が進化しても、
人は「姿の見えない存在に、感情を投影して楽しむ」
ことを、 きっとまた違う形でやってるはず。
…次はAIキャラかな?
それとも、AR劇場で推し活とか?
あなたは、
どの時代の“推し文化”が好きですか?
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