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100話チャレンジ 9話:王妃の首飾り

「信じてください!私は貴族なのです!」
 私は何度もそう叫んだ。

 私の家系はかつてフランスの栄華を究めたヴァロワ家だった。高貴なる血筋を持ち、行く行くは貴族となる運命だったはずが、ブルボン家が実権を握ったせいで我が高貴なる血が落ちぶれることになった。だが、それでも有力貴族の一つであることに変わりない。
 私の父は偉大なるアンリ2世の子供。父は私を貴族にするためにエリート教育を行ってくださった。
 「貴族として振る舞いなさい。私達はいずれ高貴な身分に迎え入れられるのだから。
 ジャンヌも婦人として恥をかかぬよう常に学びなさい。」
 父は私にこう言ってくださった。13年前、お亡くなりになったお父様とお母様のためにも、私は必ず貴族に返り咲く。この私がこんな待遇になっていていい訳がないわ。一族の誇りのためにも、私自身の幸福のためにも、私は貴族に迎えられなければならない。
 両親を亡くした私は修道女にさせられそうだったけど、そんなのまっぴらごめんだわ。なぜ私が祈らねばならないの?私は貴族となって豪華絢爛な暮らしをする運命なのよ。他人のために祈ってる暇なんてあるもんですか。
 22歳になった時、拾われた修道院を飛び出して街頭で暮らした。そして、私は遮二無二なって真実を叫び続けた。

「信じてください!私は貴族なのです!」

 運命は来たる。
 絶対に起こると分かっていたけど、実際に事が起きた時は、夢でも見ているかのような気分だった。私が街でいつものように叫んでいたら、ブーランヴィリエ夫人が私を見つけてくださった。
 栄華を究めたヴァロワ家の一族だと分かると、私はパリに迎えられ、ラ・モット伯爵と結婚することになった。

 ようやく掴んだ貴族への道かと思ったけれど、彼はつまらない男だった。伯爵なんて、大層な名前つけてるけど実際は金のない年金暮らしの軍人。
 このつまらない男のせいでパリの宮廷に近づいても足払いされるだけ。舞踏会に赴き、婦人会にも顔を出しては私は交流を深めた。ラ・モットなんていう貧乏貴族の一員になってるけど、本当は偉大なるヴァロワ家の血筋だと言っても軽くあしらわれた。
 
 ばかばかしい!
 大した血筋もない奴らがのうのうと私よりいい暮らしをしている!屈辱だわ。今に見てなさい。私がこの中の誰よりもいい暮らしをするの。お父様お母様も何度も仰っていた。私はフランスでも有数の類まれなる高貴な血を持って生まれたのだって。
 大体なによ。マリー・アントワネットとかいう小娘。あんなのが何で王妃なんてやってるのよ。ヴァロワ家もブルボン家も同じカペー家から出た家柄。あの小娘も私も同じ血筋なのに、こっちは貧乏貴族であっちは王妃なんて信じられるかしら?
 不公平。こんなの許されるはずがない。私はもっといい暮らしをするべきよ!

 私は財産家で女遊びの激しいロアン枢機卿に取り入った。彼も彼でだらしないが、ラ・モットよりは使い道がある。それは、彼には地位と野心があるということ。ロアン家という有数の家柄に生まれ、貴族として最上級の「プリンス」の称号も得ている。加えて、上昇志向があって更に地位を高めたいと思っている。彼の悩みは王妃のマリー・アントワネットといかがわしい関係になること。あの小娘に対するいやらしく、欲望に満ちた目を見れば一目で分かったわ。汚らしい。
 でも、使い道はある。

 「160万リーヴルのダイヤの首飾り」。美しく、見るものを魅了する輝きに満ちたあのダイヤ。むろん私も美しいと思う。でも、そんなものよりも金に変わるその価値が重要。これをロアン枢機卿に買わせてその財産を私のものにする。そうすれば私は一気に財産家になれるし、そうなれば私の地位も高くなる。いい暮らしができるし、あの小娘がしている贅沢三昧だって夢じゃない。私に金をよこしなさい!

 私はロアン枢機卿に首飾りを買わせるため、私がマリー・アントワネットの親友だと伝えた。一度たりとも話したことはないし、そんなのまっぴらごめんだけど、金を手に入れるためならそのくらいの嘘はつくわ。何を聞かれた所で、「マリー・アントワネットと親戚なの」と言えば大概のことは何とかなるでしょ。
 マリー・アントワネットがこの首飾りを欲しいと言っていて、これを渡せば恩を売れると知れば彼はこの首飾りを買うために必死になるでしょう。私が届けると言ってしまえば、あとは首飾りをどうしようかは私の勝手。そのまま売りに出せばバレるでしょうけど、バラバラに解体して真珠それぞれを売りに出せば何の問題もない。フランスから出てロンドンで売ればなお安全。
 まずは、ロアンに私とマリーが仲良いのだと信じ込ませる必要がある。私にはできるはずよ。今までだって諦めずにいたからこの地位までたどり着いた。もっともっと私は上に行く。

「ロアン!見て、マリー王妃から私宛に送られた直筆のお手紙よ。」
「なんと!本当に王妃はあの首飾りを望んでおられるのか。」
「ええ、そうよ。今は情勢も不安定でしょう、だから首飾りを自分で買うなんて贅沢をしたらまた国民から何を思われるか分からないわ。だから私が差し上げようかってお話をしたら大変喜んでおられたわ。
 この首飾りを差し上げたら、もちろん購入者の貴方も王妃の目に留まるでしょうね」

 薄汚い。
 抑えきれぬニヤケ顔を出しながらその手紙をロアンは読んでいた。いや、見惚れていた。まるで自分への愛の手紙を読んでいるようにうっとりと、また、欲望に満ちて今にもよだれを垂らしそうになりながらその手紙に食いついていた。
 愚かなものだわ。所詮嘘の手紙でしかないのに。プロの詐欺師に書かせたただの紙切れをこんなにも大事そうにしてるなんて。こんな茶番さっさと終わらせて金を出しなさいよ。

「王妃に何かを差し上げられるなんて望外の喜び。私もぜひ購入したいが、今一度お会いすることはできるかな?
 お会いしてそのお気持ちを確かめたくてな」
「その手紙を疑うって言うの?王妃がどんな思いで頼まれてらっしゃるのか分かって言ってる!?」
「いやいや!分かっている。確かに栄光あるフランス王妃が人に頼むなど、その心中察して余りある。私ももちろん差し上げたい気持ちで一杯だが、金額も金額でな。
 それに、そう、これから差し上げる者として私がどんな人となるかも一度お目通しされたほうがよいだろう?さすがに王妃もどんな人間が自分に贈り物を差し出すのか、ご興味あられるだろう。」

 馬鹿が!グダグダ言わずに買いなさいよ。足らない知恵を回してペチャクチャと。どうせ実際に会って自分を売り込みたいだけでしょうに。
 だったら会わせてやるわよ。この程度の出費、後に受け取る資産に比べれば大した事ないわ。

 数日後、王室の予定表を確認し、王妃が外に出られるであろうタイミングを見計らって、ロアンに王妃と会えると伝えた。夜深く、人目のつかないヴェルサイユの茂みで面会した。ろうそくで明かりをつけ、マリーの顔を見た瞬間にロアンは踊り出すほど気分を高揚させた。

「本当にお会いできるとは!光栄の至りでございます!首飾りにつきましては、現在ご用意しておりますのでご期待ください。」

 マリー王妃は何も言わず、ただ笑顔を差し向けた。そして1輪の薔薇をロアンに差し出した。
 ロアンは初恋の乙女かのように頬を赤らめさらに深く頭を下げ、片膝をついてその薔薇を受け取った。

 滑稽そのものね。ここにいるのはマリー・アントワネットでもなんでもない。ただの娼婦よ。馬鹿のロアンはまんまと騙されて首飾りを買い取った。

 首尾よくいったと思ってた。すべては私の思う通りに進んでいる。そのための準備も欠かさなかったし、ロアンという駒も悪くない。ようやく私も1人前の暮らしができる、そう思ってた。
 けれど、ロアンを高く買いすぎていた。この馬鹿で愚鈍な男は金だけならあると思ってたのに金さえもなかったというの。分割で支払うのにこいつは支払いを滞りやがった。しかも購入にマリー王妃の名前まで出して。
 宝石商は支払いが滞ったのを怪しみ、よりにもよってマリー王妃に直接手紙を出した。あのロアンも私のことを売りやがった!私は捕らえられ、バスティーユ牢獄に捕らわれた。
 面会に来た法定代理人や憲兵に無実だと伝えた。全てはロアンの企てで自分は関係ないとちゃんと伝えた。
 それなのに、あの売女!マリーの真似事をしたあの売女まで私を売りやがった!薄汚い下等な愚民が、この私を売ろうだなんて。しかも、ここにいる憲兵共も私の事を罪人だと決めつけやがった。なんでこうも愚かなの!?
 確かに私が嘘をついた所もあるわ。でも、そもそもがヴァロワ家の人間を冷遇したあんたたちが悪いのでしょ!!私は悪くない!なぜこんな簡単なことがわからないの!?

 愚かにもフランス法廷は私を罪人にし、鞭打ちと焼き印の刑に処した。独房から憲兵が私を連れ出した。
 許せない。そもそもが私を冷遇した奴らが悪いのに、それは裁かずちょっと私が悪いことをしたからってこんな仕打ちをするなんて。貴族として生まれた私に憲兵如きが軽々しく触れるなんて。汚らしい!こうなったら思う存分暴れてやるわ!
 掴まれる腕を遮二無二振り回し、全身全霊を尽くして右に左に動いた。大の男を押し倒し、隙ができれば即即座に走り出した。か弱い私によってたかって男どもが5人も乱暴してきた。
 痛い!何で私を縛るの!?女一人に最低よ!!

 監獄の中庭に連れて行かれた私は処刑台に登らされた。サンソンとかいういかにも下賤な人殺しが私に手を挙げてきた。上半身の服を破られて、腹ばいにもしてきた。その状態で鞭打ちが始まった。
 痛い痛い痛い!!外にいる奴らはなんで見てるだけなのよ!助けなさいよ!
 鞭打ちが終わったらVの焼き印を押してきた。

 ーー、、!!
 言葉にならない激痛に声の限り叫んだ。思考ができない。逃げないと。ここから逃げる、逃げる、逃げる、逃げる!
 助手らしい男が私を抑えつけようとしたから、手を噛みちぎってやった。それでもあの人殺しは私の胸に焼き印を押しやがった!

 激痛に意識が朦朧とする中、刑は終わった。
 復讐してやる。牢獄に再び戻されてからもこの焼き印に誓って屈辱を忘れなかった。

 10ヶ月後、私は脱獄した。私が正しいのに悪者に仕立て上げて焼き印まで押すなんて。許せない。私は思う存分にマリーとロアンをこきおろした本を書いた。首飾り事件をあの2人のせいにしてやった。多くの人に届かなくてもいい。ただ、この苦渋に満ちた後悔を誰かに知ってほしい。私は高貴なのにこんなにも足を引っ張る愚図共がいたんだって知ってほしい。分かってくれる人はいるはず。私は半ば願いながら本を書いた。

 数日後、私はとてつもない程の利益を受け取った。そう、本が売れに売れたの。現金を見て思わず笑みが溢れたわ。あの愚図共が。私が正しいってやっと証明されたわ。これからも書き続けてやる。皆マリーのことなんて嫌いだって。
 ヴァロワ家の地位を奪った王権なんて崩れてしまえ!

 お父様、お母様、私が絶対に復讐してあげるからね。

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☆プチ解説
・ジャンヌ・ド・ヴァロワという中世フランスの女性を題材にしました。
・元々はマリーアントワネットの前王妃が貰う予定だったのに退位しちゃったもんだから、買い手がいなくなって宝石商が困っていました。もう既に作ってしまったから、マリーアントワネットに買い取ってくれないか交渉したけど、あまりの高さにマリーも買い渋っていました。
・そこで目をつけたのがジャンヌです。彼女は膨れ上がる欲望のためにその首飾りを手に入れようとしますが、結局悪事はバレて刑罰を受けました。
・商魂たくましい彼女はその後マリーアントワネットをこきおろした本を書いて一儲けしたそうです。
・きっと彼女は両親が亡くなってからずーっと被害者意識で一杯だったのだと思います。欲望に忠実な彼女も、ご両親がいれば違った運命だったのかなと思います。

▽参考文献
『死刑執行人サンソン』安達正勝
「第18章 首飾り事件」西川秀和
https://note.com/filius/n/n0ecb814e17d1

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