100話チャレンジ 8話:ラリー=トランダル将軍
私が彼を処刑しなければならない。
そう決意した私は自らが老体である事を忘れ、息子シャルルの手にある剣を奪い取った。渾身の力で振り下ろした剣は、空気を切り裂き目の前にある首を一刀両断した。
頭が身体から外れたのを確認した後、全てのエネルギーを使い果たした私は、剣を取り落とし、シャルルの腕の中に崩れ落ちた。
後悔に満ちたこの処刑を最後に、私の処刑人人生は最後を迎えた。
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話は28年前の夜、私が結婚式を挙げた日に遡る。
私の住んでいた家はパリの郊外にあり、周りは木々に囲まれ近所と呼べる家はなかった。誰に配慮する必要もない私達は、酒を酌み交わし楽器を奏で、音楽に合わせて踊っていた。賑やかなパーティーに夢中になっていた中、家の門を叩く音が聞こえた。
隣人だろうかと出てみると、そこには見知らぬ軍属と思しき若い男が3人立っていた。この日は雨が降り、暗闇の中、泥濘に足を取られて転んだと見え、服が汚れているものもいた。
「どうしました?」
「夜分に失礼。ここいらの道に詳しくなく、道に迷ってしまいましてね。遠くからこの家の明かりが見えたので近づいてみると、ずいぶんと愉快な音が聞こえたものですから。思わず訪ねてしまったのです。」
「左様ですか。実は、私達は結婚式のパーティーをしておりましてね。
ここからどこへお戻りになるんです?」
「そうですねーーもちろん道も教えて欲しいのですが、ぜひあなた方の仲間に私たちも加えてくださりませんか?ここでお会いしたのも神のお導きでしょう。ぜひお祝いをさせていただきたいものです。
ま、ご覧の通り何の手土産もございませんがね」
にやりと笑いながら青年は親しげにこう言った。気持ちのいい青年で、少し酔っていた私はぜひ彼らに温かい食べ物や年代物のワインを振る舞ってやりたいと思いました。
「それは有難い申し出なのですが、あなた方にとって私達はあまりいい仲間とはならないでしょう。
今日はお帰りになったほうが良いと、私は思いますよ。」
「何をおっしゃいますか。ご馳走と愉快な音楽に、当然上質なワインもあるでしょう場所が、私たちの良い仲間でないはずがありません。
ご無理を承知で、お邪魔させてもらいますよ。それとも、我々のような身なりのものに出すお酒がないと?」
「いや、そういうわけでは、、」
「では、喜んで振る舞われましょう!お返しは後日、楽しみにしていてください。」
半ば強引に押し入った彼ら3人を私達は全力で迎え入れた。気のいい彼らもそれに応え、歌って踊り、お酒を片手に夜通し語り合った。
いつ眠りについたのかも分からないが、朝になり目を覚ました。このまま帰らせたほうがいいとも思ったが、隠したまま後で知らされる方が気の毒だろうと思い直し、私は私の生業を伝えることにした。
リビングで朝食を一緒に取っていた彼らに私は話しかけた。
「あなた方が世話になった人の職業を知るのも、面白いと思いませんか?」
「それは面白そうです!ぜひ伺いたい」
「私の職業は、死刑執行人です。」
一瞬、空気が固まった。
3人のうち2人の顔は硬直し、表情は消え失せた。
「パーティーに参加していた者たちのほとんどが、私と同じ職業ですよ。」
折角の楽しい夜を台無しにしてしまったと少し後悔したが、青年はこう言った。
「ハハハ!ちょうどいい!処刑人の友人が欲しいと思っていた所です。」
快活に笑い飛ばし、張り詰めた空気を一瞬にして解きほぐした。少し歓談したあと、彼は私に一つ要求した。
「ぜひ、仕事道具を見せてくださいませんか?」
「いいですとも。こちらです」
私は処刑する際に使っている剣を持ち出した。鞘から抜き出し、彼の手に置いてやった。
「素晴らしい。物もいいですし、よく手入れされてらっしゃる」
「お目が高い。剣にはお詳しいので?」
「ええ、私も家系が軍属なものですから。多少は目が利くのです。
ですが、随分重いですね。こんなものを振り切れるものなのですか?」
「もちろんでごさいます。」
青年が私に剣を返したので、私はいつも通り精神を集中させ、ゆったりと振り上げた剣を素早く振り下ろした。
一連の動作にいたく感動した彼は目を輝かせていた。
「素晴らしい一振りです!全てが淀みなく連鎖し、無用な力を取り払った美しい一振りでした。」
あまりの褒め言葉に浮かれた私はこう返した。
「もし、貴方が処刑されることになったら、私が処刑人を務めましょう。」
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この言葉がまさか現実のものになるとは露とも思っていなかった。
この青年こそが、冒頭で私が処刑したラリー=トランダル将軍である。彼はその後武勇を発揮し功績を立て、東インド植民地で総督の地位に就いた。明朗快活で気前のいい彼は、一方で認めないものを排除する傾向があるらしく、軍人として周りとの軋轢を生んだ。フランス軍人として母国に誇りを持っている彼は、他民族を蔑み時には略奪することもあった。無用な行軍を続け、東インドのポンディシェリで包囲されイギリス軍に捕らえられた。捕虜となってイギリス本国に送られることとなる。
敵の多いラリー将軍は、フランス本国でこの失態に対する非難の矛先を向けられる。そして公金を横領した反逆者だという憎たらしい噂も立ち上った。
あらぬ噂に立ち向かうため、イギリス政府に恩赦を要求し、金で自由を買ったラリー将軍はフランスに戻りこの噂に対する裁判に受けて立った。
19ヶ月もの長い間裁判が続き、一つ一つの論点に烈火の如く反論した。怒声を浴びせ、周囲を威圧し、戦争と同じように制圧しようとした。
だが、当然だが法廷は戦場ではなかった。裁判官の印象を悪くしたラリー将軍に死刑判決が下った。
ラリー将軍の名を聞いて私は嫌な予感がした。経歴を調べ、ラリー将軍が結婚式の夜に出会った青年だと理解した瞬間、私がこの手で処刑したいと思った。しかし、28年もの時が過ぎ、既に老体となった私では処刑を失敗するかもしれない。そうなれば、私が敬意を持ち好感を抱いている人物に苦しみを与えてしまうかもしれない。
まだ息子のシャルルは20歳と若手ではあるが、私より何倍も力がある息子に任せたほうが良いだろうと考えた。
当日、ラリー将軍は大いに取り乱していた。無実の罪を着せられ、よりにもよって死刑にもなった。軍人として戦場で命を落とすのであれば構わない。だが、無能な者たちの嫉妬のためにこの命を捧げねばならないなど、屈辱以外の何物でもない。怒りに打ち震えた彼は死刑執行人に対しても敵意を向けた。本来は首切断のために障害となる髪の毛は切っていなければならないが、それは叶わなかった。
「ラリー将軍、あの時の約束を覚えていますかな?もはや老体となった私より、このシャルルが貴方の名誉のために責務を全うしましょう。どうか、ご安心くだされ。」
取り乱していたラリー将軍も私の言葉に一つ安心したようだった。跪き、首を差し出す。
シャルルが剣を上段に構えたが、その動きに迷いが見えた。些か不安を覚えたが、こうなっては止めることができない。シャルルは剣を振り下ろしたが、その剣は首を切ることはできずラリー将軍の顎を傷付けた。
悶えた将軍がキッとシャルルを睨みつける。完全に主導権を失ったシャルルは立ち尽くすしかできなくなった。
私が彼を処刑しなければならない。
この時になってそう決意し、私はシャルルから剣を奪ってラリー将軍の首をはねた。
「申し訳ございません。」
シャルルは私に頭を下げた。
「もう良い。これも神の与え給うた運命だろう」
これ以後、私は剣を振るうことはなくなった。
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☆プチ解説
・ジャン・バチスト・サンソンという方をベースにしました。
・彼はルイ15世治世下の処刑執行人です。
・ラリー=トランダル将軍もルイ15世治世下の軍人で、かなり気性が荒い人だったみたいです。
・功績を挙げ、敵を作り続けた彼の最後は無実の罪による死刑でした。
・せめて処刑する瞬間だけは名誉を保って遂行したいと考えていたジャンですが、息子シャルルに任せたのでそれはできませんでした。
・仕事人として職務を全うできなかったジャンは、後悔しただろうなぁと思います。
▽参考文献
『死刑執行人サンソン』安達正勝著
「第12章 ラリー=トランダル」西川秀和著
https://note.com/filius/n/nd43abdb477c7
