ホスピタリティ・マネジメント
■はじめに
◇ホテルにおけるホスピタリティとは・・・
「心のこもった温かい誠意」をスタッフが提供し、提供されたゲストが満足感を感じる。満足感を感じたゲストはリピートし、売上も伸びる。理想的なサイクルである。
ことばにすると簡単であるが、これが中々どうして簡単なことでは無い。
では、どうすればスタッフがホスピタリティ・マインドにあふれた「考動」が取れるようになるか考えてみたい。
いかに綿密なマニュアルを作って教育しても、本当の意味のホスピタリティを提供することは出来ないと思われる。
そう、そこにはスタッフ個人々の「度量」が極めて重要なような気がしてならない。
「奉仕」という言葉が適当かどうか少々疑問でもあるが、決して目立つことの無い地道な努力と、毎日の研鑽とで培った「ノウハウ」を、本人が「ここだ!」という時にタイミングよくゲストに提供することを「無上の喜び」と感じることが出来る人間でないとまず不可能である。
いわゆるそういった「感性」を有してない限り、努力しても無駄であり、本質から外れた方向に進んでしまうのである。
しかし、いくら素晴らしい感性を有していても、その「度量」を培うためには、自分自身で何度も痛い目にあったり、又感動したりという経験をしない限り、これもまた不可能であろう。
一流と言われるホテルは、その辺りが特に違うのである。英語がうまいとか、そういうことは別次元の問題で、物事を対処する際、何を基準に対処しているかという事である。基本的には一流というのは外れが無いのである。あくまでも基本的にはではあるが・・・・
■ホスピタリティの概念
お客様の求めているもの、期待していることを先取りして、それを提供することがマーケティングであり、そして、これは取りも直さず、ホスピタリティの精神と一致する。
更に言えば、ホスピタリティとは、これを「提供する側」と「提供される側」が、それぞれ味わう豊かな気分や充足感を醸成するものである。
誰しもそうであるように、相手の非常に些細な「ことば」や「表情」や「態度」で、うれしく感じたり、反対にガッカリしたり、或いは怒りを感じたりするものである。
そう、「人」というのは最終的には「人」の対応で心が変化するものなのである。
◇顧客の期待
ホテルにおいては、建物や家具・調度品などを総称して「ハードウェア」といい、そこで行われる運営のシステムを「ソフトウェア」という。そこにプラスして一番重要というべき「ヒューマンウェア」が存在するわけである。
ホテルという業種は、ホスピタリティ産業の中でも高い位置にあり、そこを利用する人(顧客)の期待度も自然と、或いは必然と高まる。そして、その「期待度」は、100人いれば100人とも違っているので問題は複雑なのである。
その理由は多岐に渡ると思われる。
例えば、そのホテルを初めて利用する顧客と、2回目の顧客では明らかに違ったものを求めているし、更に5回目の顧客と毎週のように利用している顧客でも違ってくるだろう。男性と女性によっても違うし、年齢によっても違う。
ホテルの利用目的によっても違ってくるし、その方の育った環境(国によっても)も、都市部で生活している人か地方で生活している人かも、性格も、・・・・詳しく分析していけばきりが無いくらいに色んな理由が考えられ、それだけで1ページではとても足りなくなってしまうと思われる。
■一期一会
◇ イタリア軒からフェヤーモントへ
私がホテルの世界に足を踏み入れたのは今から25年以上前のことである。
私は、洋食のコックになりたくてこの道に入った。
私が最初に入社したのは、新潟の「イタリア軒」という歴史のあるホテルである。
最初は宴会サービスという部署で1年間宴会のウエイターを経験した。
当時はすぐにコックになるというわけにはいかず、1年間サービスの仕事をして、ようやく厨房へ配置してもらえるのであった。
晴れて洋食のコックになった私は、「私の進むべき道は、料理を作る側では無く、サービスする側だ!料理を作るのは趣味の方に廻そう!」と、ある時に決意したのであった。
決意を新たにした私は東京に出た。千代田区皇居のお堀にある「フェヤーモントホテル」に入社し、本格的な修行を開始したのである。
◇ 難しい朝食サービス
このホテルは、規模はさほど大きく無かったが、長期滞在のお客様がほとんどのホテルだった。
長期滞在の外国人が全体の4割くらいを占めていた。
その長期滞在の外国人のゲストは、朝食のメニューを持っていくと
「セームプリーズ!」と言うパターンが多く、
日本語に訳すと「昨日と一緒のもので…」という事になり、
毎日全く同じメニューをずっと食べつづける方がほとんどであり、
なおかつその注文は、内容が極めて厳しいのであった。
トマトジュースには、必ず「タバスコ」と「リーペリンのウスターソース(LPソースと呼ぶ)」、
1/4 に切ったレモンが必要な方、
オートミールにシュガーでは無く蜂蜜を要求する方、
トーストの焼き方やベーコンの焼き方も異常にこだわりを持っており「ベリークリスピー!(カリカリに焼くこと)」、
フレイドエッグ(目玉焼き)を一つとっても、
ワンエッグだ、ツーエッグだ、サニーサイドアップだ、ターンオーバーだと非常に細かい。
更に、ソフトし仕上げろだの、ハードに仕上げろだの、
順番がどうだ、こうだの、複雑の極みであった。
ボイルドエッグなどは、2分30秒だとか、3分30秒だとか秒単位の注文であった。
そして、気に入らなければ容赦無く『やり直し』を命ずるのだ。
そう、彼らはこだわりを持って、毎日自分の「お気に入り」の卵料理などを食べ続けているので、料理の出来には異常にこだわるのであった。
そして、そんなこだわりを持っている自分のメニューを、「セームプリーズ」で片づけてしまうのであった。こちらはもう、真剣勝負である。
ゲストは毎日微妙に入れ替わっているし、新規ゲストの特徴をメモする余裕など無いほど忙しい、
全部自分の頭にインプットするしか方法は無いのである。
初めて見るゲストが来た時は、どういうものを注文するんだろうか?明日このゲストが「セーム」と言われたら対応しなくてはいけない・・自分がオーダーを取ったゲストでなくても、明日のことを考えれば、そちらも気にしなくてはいけない、そんな展開であった。
今思い出しても、本当に激しい日々であり、毎日が戦いであった。
この非常に繊細で微妙な「顧客の好み」を把握し、
更にそこにもう一歩踏み込んだサービスをする必要があるのである。
例えば、何よりも先にコーヒーを要求するゲストには、
座った瞬間にコーヒーをサービスする、
バターを沢山リクエストするゲストには、彼も驚くくらいのバターを座ったらすぐに持っていく、
そう、何よりもスピードとタイミングが勝負である。そしてスマイルである。
※ こういう行為がとても大事であり、こういう事に情熱を傾けることが出来るかどうか・・・こういう行為に「喜び」を感じえる事が出来ない人間は、結局ホテルという業種では、何をやらせても中途半端なことしか出来ない・・そういう存在なのである。そして、ゲストを更にもっとよく知る為には、フロントのスタッフからの情報や、ハウスキーピングのスタッフからの情報など他セクションからの情報もとても重要なのである。常に、アンテナを高く立て、セクションの垣根を越えた情報収集を怠らず、初めて顧客を満足させることが出来るのである。
◇ ある出会い
ある時、こんなことがあった。
私は当時メインダイニングルームのウエイターをしていたのだが、
ディナータイムに一人の男性客が現れた。
私はメニューを持っていき、彼に自然に話し掛けた。
「いらっしゃいませ。たしか半年ぶり位ではございませんか?」
「よく覚えているね。そうなんだ、半年ぶりに今日ニューヨークからさっきついたところなんだ。最近日本に来る時は、このホテルを使わせてもらっているんだけど、僕の顔を覚えていて声を掛けてくれたのは君が初めてだよ!」そういう風に彼は言ったと記憶している。
この方は、マイケル本城さんといって、若い時にアメリカに渡り、アメリカの国籍を取得、ニューヨークの住友商事に勤務しているとの事。
日本には仕事で年に2~3回来て、1週間位滞在しているとの事をその時に聞いた。
その当時で50前位だったのではないだろうか。
彼はフェヤーモントに滞在中、朝食と夕食は必ずレストランを利用いただき、
私がいる時は必ず私が対応し、シフトで私がいない場合には彼の好みを他のスタッフに伝えて対応してもらっていた。
朝食の時のコーヒーポットの大きさとか、トーストの焼き方、バターの量、卵料理の好み等々・・、伝えなければならない点はそんなに多くも無いが、その内容がとても重要だった。
マイケル本城氏は、レストランでの私の対応に大変喜んでくれて、
そしてアメリカに帰っていかれた。
彼が、次に登場したのは、半年後位で何の前ぶりも無く夕食に現れた。
私は彼との再会がとてもうれしかった。
「本城さん、いらっしゃいませ。イヤーうれしいです。今日は再会出来た記念に本城さんの好きなドライの白ワインを私からサービスしますよ!」と言って食事をサービスしながら、色々な話題で盛り上がった。
彼の滞在中に、彼から有名なイタリアンレストラン(ラ・コロンバ)に連れていってもらったり、バーに飲みに連れていってもらったり・・・
お客様におごってもらっていいのかなぁ・・?と、少しだけ考えたりしたが・・・
「まっ、いっか!」ということで、特に深くは考えなった。
そんなある時、彼が私にこう言った。
「笹川君は、本当にホテルの商売が好きみたいだね!良かったらニューヨークに遊びにお出でよ!ニューヨークで評判のレストランに毎日連れていってあげるよ。凄い勉強になると思うよ。ウチに泊まってもいいし嫌だったらホテル手配してあげるよ。飛行機のチケットだけ自分で用意すれば後はお金かからないから!」
「まあ、ゆっくり考えてから返事は手紙でもちょうだい。」と言って彼はアメリカに帰ってしまった。
夢みたいな話しだ・・と思った。
しかし好意に甘えていいものなのか?それからズーとその事ばかり考えていた。
ある休みの日に家でテレビを見ていると「ある愛のうた」の映画をやっていた。
劇場で既に見た映画であったが、なんとなく見ているうちに段々引き込まれた。
舞台はニューヨーク・・・セントラルパーク、摩天楼、全てが刺激的に見えたのだった。
その時に腹が決まった。「ニューヨーク」へ行こうと!
◇ ニューヨークへの旅立ち
そして私は本城さんに「桜の忙しさが終わる4月15日にニューヨークへ行きます。」と手紙を書いたのだ。
それからパスポートを取り、ビザを取り(その当時はアメリカ旅行にもビザが必要だった)チケットを手配した。
当時ニューヨークへの直行便はパンナムしか飛んでなかった。
パンナムのチケットは、30万円位だったと思う。
今であれば、ホテルもついて他の都市、ロスやサンフランシスコも一緒に廻っても15万円位のツアーがごろごろしているので、当時はかなり高かったのだ。
一通りのアメリカ行きの準備は出来たのですっかり安心した私は、それからガイドブックを研究したり、英会話の勉強をしたり、出国入国の手続きの勉強をしたりという事を一切しなかった。
日ごろから外国人を相手に仕事をしているんだから、なんとかなるだろうとしか思っていなかったのだ。
それと出発前は、桜の季節で鬼のように忙しく、4月になって花が咲いてから休みが取れないどころか、ホテルに泊まり込みで朝から晩まで働きぱなしであった。
出発の前の日、オーナーがフラリと現れ、100ドル紙幣を「餞別だ!」と言ってくれたのは、驚きであった(思い起こせば、随分オーナーにも可愛がられていた)。
出発の日は、フェヤーモントから成田行きのリムジンバスに乗り、初めて成田空港に行った。
出国の手続きは非常に複雑であったが、それでもなんとか中に入る事が出来、免税品をかったりした。平常心だったのはここまでで、出発のゲートに来た時にはビビった。
日本人がいないのだ。そこは既にアメリカであった。
そのうち機内への案内が始まり並んでいると、
後ろの外国人が「この列はジョンFケネディ空港行きの列ですか?」と私に聞いてきた。
なんで私になんか聞くんだろう?こっちが聞きたいくらいだ!と思った。
「実は私は初めて海外旅行でして、非常に不安を感じながら並んでいたところなのですが・・・そんなわけで、私にはこの列がそうである!と、自信を持ってお応え出来る立場では無いのです!」
と、本当はそのように言いたいところであったが、
そんな難しい英語は当時しゃべれなかったので「Yes.Yes.」と反射的に答えていた。
機内でも隣に座ったビジネスマン風の方(アメリカ人)が、やたらと話し掛けてきて、対応しきれず苦慮した。
食事がサービスされるとそのおじさんは、「飛行機の機内食は監獄の食事みたいで嫌いだ!」と言って全然手をつけなかった。
私は機内食など初めての経験であり、「こんなに美味しいのにもったいないなぁ~!」と、心の底から思った。
ニューヨーク迄の約13時間位は、私にとって以上に長く、この先の不安でいっぱいであった。
◇ ニューヨークでは
ジョンFケネディ空港にようやく着いた時は、もうすでにボロボロの状態であった。
そんな私に通関のおじさんは、止めを刺すかのように色々な事を聞いてきた。
途中までは何を聞いているのか何とか理解できたものの、
最後に難しい事を聞かれ「質問の英語が分からない」と答えると、
そのおじさんは後ろに並んでいる人に向かって「誰か日本語が分かる人はいませんか?」と通訳してくれる方を捜したのであった。
しかし、いくら日本から飛んできた便とはいえ、
通訳できるほど日本語が達者な方はいなかったようで、
おじさんは両手を上にあげ「まいった・・・」という表情して、
ポンとスタンプを押してくれ「OK!」と言って通してくれた。
私の英語など、その程度のものだったのだ・・・
ようやく外に出られた私を本城さんは迎えてくれた。
「どうした元気ないぞ!」なんて言われながらも、それから10日間は、もっともっとカルチャーショックの連続であった。
10日間の間に本城さんが、案内してくれた店は、イタリアンレストラン、スパニッシュレストラン、中華レストラン、ステーキレストラン、寿司屋、ピアノバー、等々・・・
滞在中のことは紙面の都合で割愛するが、自分の英語は通用しない、そして自分の胃袋と精神力の弱さをたっぷり自覚出来た旅行であった。
しかし、その後のホテルマンの人生を構築していく上で、非常に大きな意味ある旅行となったのは言うまでもない。
どうして私が、今から25年以上前にアメリカに行くことになったかを長々書き連ねたが、
そこには「出会い」があり、それをとても大切にしたことがこの旅行につながったと思っている。「ホスピタリティー」とは、そういうものではないだろうか。
◇ 素晴らしい上司
フェヤーモントでは、素晴らしい上司との出会いもあった。
毎日タイプライターでメニューをカタカタ打つのは私の仕事であった。
グランドメニューに差し込む「日替わりランチ」や「日替わりディナー」のメニューを打つのである。
仏語のメニューをタイプライターで打って、訳は手書きで、自分で調べて書き、
ここからが面白いのであるが、シェフにチェックしてもらうのでは無く、取締役の料飲部長に見てもらうのだ。
その方は、本当に面白い方で、決して偉そうな態度は取らず、いつも『仕事をしているふり』の極意や、外国人のご婦人に対して『いかに大袈裟に、どこをどのように褒めちぎるか』など、ジェスチャー付きで教えてくれた。私はそういう話を聞くのが大好きで、また本人もとても楽しそうであった。
その方は英語も仏語も完璧だった。当時は、海外とのやりとりはテレックスが主だったので、必要に迫られてというのもあると思うが、会話も完璧にネイティブであった。彼との出会いも、私の人生観を変えた大きな出会いであった。
彼は私に対して、色んな話をしたりジャスチャーをして、私の感性を刺激してくれていたのである。
彼の実際にゲスト(外国人の)に対しての対応も本当にユニークで、最初は真面目な顔をして普通に挨拶して会話をちょこっとするのであるが、このちょこっとした会話が「謎の会話」なのである。必ずゲストは大笑いするか、大喜びするか、そのどちらかなのである。そして、彼も一緒になって大笑いするか、大喜びするのである。
これぞまさしく「ホスピタリティ」、私はそのコツをつかんでやろうと、いつもその事ばかり考えて仕事をしていた。
■ファミリーレストランは・・
下記は村上春樹の新作(2004年9月第一刷発行)「アフターダーク」の前半に出てくる会話である。
「デニーズ」で注文をして、そして料理が出てきたシーン。
~~~~
ウエイトレスが水を持ってくると、彼はチキンサラダと、カリカリに焼いたトースト
を注文する。「すごくカリカリにね」と強調する。「黒こげになる寸前くらいに」。
それに食後のコーヒーをつける。ウエイトレスは手にした機械に注文をインプット
し、読み上げて確認する。
・・・・・・・・・・・・略・・・・・・・・・・・・・
ウエイトレスがチキンサラダとトーストをテーブルに運んでくる。マリのコーヒーカップに
新しいコーヒーを注ぐ。そして注文されたものがすべて運ばれてきたかどうかを確認
する。彼はフォークとナイフを手にとって、慣れた手つきでチキンサラダを食べ始める。
それからトーストを手にとってしげしげ眺める。眉をひそめる。
「どれだけカリカリにって念を押しても、トーストが注文通りに焼かれてきたためしが
ないんだ。よく分からないよな。日本人の勤勉さと、ハイテク文化と、デニーズ・チェーン
の追求する市場原理をもってすれば、トーストをカリカリ焼くくらいそんなにむずかしい
ことじゃないはずだ。そうだよね? なのになぜそれができないんだろう? トースト
ひとつ注文通りに焼けない文明にどんな価値があるんだろう?」
~~~~~~~~~~~~~
これは、小説の中の会話であるが、非常にポイントをついた会話だと思える。
私が思うに「ファミリーレストラン」というところは全てがマニュアルで処理されて
いて、そこに「ホスピタリティ」というのは存在しないのである。
つまり「心」の無い、機械的な対応を貫いているのだと・・
小説の中に出てくる「日本人の勤勉さ」という表現は、柔軟性の方に向かず、
マニュアルを貫くことに「勤勉」に徹底するようである。
「ファミリーレストラン」で気がきいた対応というのには先ず出会わない。
「コーヒーのおかわりはいかがですか?」
「あっ、ありがとう、入れて!」
ちょうどもうちょっと飲みたいと思っていた・・・・ということはあっても、
更に何度も
「コーヒーのおかわりはいかがですか?」と、聞かれると
「うるさいな!さっきもういらないって断っただろ~、そんな3杯も4杯も飲めるか!」
と、怒りを覚えることも・・
2人とか3人で行って、オーダーがバラバラのとき、その料理をタイミングよく
一緒に持ってくるという「基本中の基本のセオリー」など、ファミレスでは関係
無い世界で、出来た料理からバラバラに持ってきて、最後の料理を持って
来たときに最初の人は食べ終わっているなんてことも珍しくない世界。
そして、そういう場面展開になったとしても、彼女たちは罪悪感のカケラも
感じないのである。
時間のかかる料理と、早く出来る料理の把握と説明、時間がかかる料理の場合、
サラダやスープを薦めるなどという気のきいたコーディネートなど
ファミレスでは先ずやらない(出来ない?)。
上記(小説)のようなイレギャラーに対して、どういうマニュアルがあるのかは、
分からないが
「ハンディ」で入力したオーダーは、そのままキッチンに瞬時に流れるので、
ウエイトレスはキッチンに対して、何のリクエストも上げなかったと推測出来る。
或いは、リクエストは上げたものの、作る側がいつも均一の時間や焼き色で慣れきって
いる為、対応出来なかったのかも知れない。
ウエイトレスは出来た料理に対して、それをテーブル運ぶことはするが、
自分が受けたオーダーとして、責任を持って確認(リクエストをクリアしているか)
など、一連の流れの中に入っていないと思われる。
極論を言えば、こういう対応はロボットが対応しても出来る対応であり、
ロボットでは味気ないので、そのロボットの代わりを人間がやっているだけ
なのだ。
そうなると、食にこだわりを持っている人は、絶対にファミレスなどというところでは
食事をしないということになるんだと思う。
■エンパワーメントとは
ホテルで毎日仕事をしていると、色々とやっかいな問題に出くわす。
オーナー自身が運営しているような小さな組織のお店であれば、どんな問題があってもオーナーが判断すればいいことであるので、問題が出てきても即解決する。しかし、ホテルの場合はそうはいかないのである。
そこには複雑な組織があり、他部署に関連する問題が発生した場合、自分の部署の責任者から、関連する部署の責任者へ話をしてもらい、という流れにならざるを得ない。
では、時間が無い、今すぐに対応しなくてはならないという場合はどうするか・・・
たいていの場合、この「組織間調整」の壁を乗り越えることが出来ず、なんらかの理由をつけて「大変申し訳ありませんが・・・・お役に立てず・・・」ということになるのである。これが現実なのである。
これぞまさしく「慇懃無礼」であり、「形式主義」であり、「柔軟性を欠く対応」なのであるが、実際はそうなのである。
もちろんゲストは落胆する。「なんでこんな簡単なことが出来ないんだ!」激怒する人もいる。しかし、スタッフは「申し訳ありません。」とひたすら頭を下げ続けて終りなのである。
非常にネガティブな対応である。
更にひどくなると、考えることもせず「申し訳ありません。致しかねます・・・」これでは、誰でも怒ってしまう。なんと発展性の無い対応であろうか。
■海外のホテルは
私は、海外で何度か驚くような対応を経験したことがある。
そのうちに一つにこういうことがあった。
ハワイのワイキキのホテルでの話である。
私は、仕事でオーストラリア・シドニーに行くのにカンタスの直行便が取れなかったので、それならばとハワイ経由のチケットを手配したのである。時間的には大幅にロスをするがコスト的にはかえって安いのである。
それにハワイには早朝に到着し、トランジットの出発はその日の深夜の為、1日ゆっくりハワイでのんびり出来るのである。
私は、「ハイアット・リージェンシー・ワイキキ」にアーリーチェックインのリクエストと、リージェンシー・クラブ・フロアのリクエストをした。
通常、ハワイのホテルのチェックインは午後3時になっている為、もっと早くルームを使わせてもらう為には、この「アーリーチェックイン」を事前にお願いしておく必要があるのだ。
リージェンシー・クラブ・フロアとは、上層階3フロアくらいにあり、通常のルームよりも値段が高いが、色んな特典がある。例えばクラブ・ラウンジの利用であったり、サンデッキの利用であったり、リムジンの利用であったり、色んなサービスが無料で受けられるのである。
私は以前にそのクラブ・フロアを利用し、そのサービス内容がとても気に入っていたのでリクエストしたわけである。
日本からハワイに飛んでいる便は、たいてい8時前(現地時間)くらいの早い時間にホノルル空港に到着する。
路線バスでワイキキに行く方法もあるが、バゲッジなどの大型の荷物を持っていると別料金を取られたりして面倒なので(或いは断られる可能性もある)、ワイキキのホテル行きのカーサービスを利用した。たしか10人程度しか乗れない車であるが、タクシーを使うよりは数段安い。そしてお客は私の他に一組いただけだった。
ハイアットにチェックインして、ルームに行き、先ず私はサンデッキに出掛けて行き、そこで少し体を焼いた。ここは、一般客は入れないので、いつもとても静かである。また、アイスクーラーにはコーラやセブンアップなど色んな飲物がタップリ氷を入れて冷やしてあり、いくら飲んでも無料である。
ここで汗をかいて、ルームに戻りシャワーを浴びて少し寝ることにした。
その時に感じた。「このルームは随分長く使用していないのでは・・」と、
洗面のベーシンの横に積んであるハンドタオルに飾られている「デンファーレ」が完全に枯れてデンファーレの死骸になっていた。
ヘヤドライヤーの空気を吸い込むところに綿ゴミがイッパイたまっていた。
間接照明の電球の玉が、4つか5つ切れていた。
家具全般にうっすらと埃がたまっていた。
これでは何の為にリージェンシー・クラブ・フロアをリクエストしたのか、その意味すら無くなってしまうと思った。
私はその日の夜、チェックアウトする前に、ルームに備え付けてあるレターヘッドに、上記の問題を英語で書き連ねた。
『このホテルの「リージェンシー・クラブ・フロア」は、何度か利用していて大変気に入っていたので、今回もリクエストしたがガッカリした!なぜならば・・・・・』
という風に書いた。
チェックアウトの時に、この手紙を今すぐに責任者に見せて欲しい!と言って渡した。
奥から責任者が出てきた。責任者といっても夜遅い時間であるし、本当の責任者では無く、その時間帯のシフトの責任者である。ホテルでは「インチャージ」という言い方をする。
彼は私に握手を求め、そしてこう言った(勿論、英語で・・)。
「Mr.ササガワ、当ホテルをご利用いただきありがとうございます。そして、あなたが当ホテルを気に入ってくれているという文面をみてとてもうれしく思います。しかし、今回はあなたを不愉快にすることが沢山あったこと、大変に申し訳なく思います。私は、あなたに又気持ち良く当ホテルを利用いただきたいと心から思っています。そこで、今回の宿泊費について、50%値引きしたいと思います。あなたの心からのご意見を感謝いたします。そして次回のご利用を心からお待ち致します。」
※ NYに行った時代とは違って、かなり努力して私の英語の能力も幾分アップしていた。
私は、正直かなり驚いた。
まさか、そういう展開になるとは思わなかったからだ。
勿論、悪い気はしなかったし、いやむしろ彼の対応に感動し、怒りの感情は消え、また利用してみようと思ったのだ。
◇ なぜ日本のホテルは出来ないのか
この場面を日本のホテルに置き換えて考えると分かりやすい。
先ずこういう展開にはならない。
それは何故か?
権限委譲(エンパワーメント)が、日本のホテルでは全くなされていないのである。
これはホテルに限ったことでは無く、色んな業種・業態に当てはまる。
経営トップからの明確なビジョンと、しかるべきスタンダードが必要なことは言うまでも無いが、そうした指針や基準に沿いつつ、スタッフが自分たちで考え、自分たちで責任をもって動く、それぞれが経営的発想を持ちながら自らの仕事に責任と権限を持って臨むことは極めて重要なのである。
■最後に
ホスピタリティー産業において、売上不振、入客減などの現象が現れると、多くの経営者は、ハードの見直しや、新たな企画イベントの実施、広告宣伝・・等々を考える。
短期的には収益が上がっても、長続きしない・・。
その収益も、掛けた経費と比較すればマイナスだったりする・・。
そうなると、今度はコスト削減を考え、人員削減、広告費削減、値下げ・・。
そして、衰退への道をたどるのである。
ここで見落とされているのが、スタッフと顧客の関係がうまくいっているかどうかということだ。
また、スタッフのモチベーションやロイヤリティーはどうかということだ。
スタッフの定着率が悪く、人の入れ替わりの激しいところで、高い顧客満足度を誇り、高い収益を上げているという話しは聞いたことがない。
顧客とスタッフの『相互の友好的な信頼関係』無くして、顧客満足度を高めることは不可能である。
顧客は一人だけでは無く、不特定多数であり、また、それぞれが違った特性や、こだわりを持っていると理解すべきである。
それら複数の顧客といかにして信頼関係を築いていくか…。
『人』が『人』をもてなすのが、ホスピタリティー産業なのである。
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