おやつ日和 15 出町ふたばの豆餅
おやつとは、江戸時代の「八つ時(やつどき)」に由来する。それは単に空腹を満たすだけではない。江戸庶民にとって、ささやかながらも大切なひとときであったという。
本日のおやつは出町ふたばの豆餅
京阪本線の出町柳駅からほど近く、出町橋を渡ったところに「出町ふたば」という、明治から続く老舗の和菓子店がある。
京都に行く機会はそれほど多くはないが、数少ない来京の中でも、見る限りは常に行列が出来ているお店で、和菓子好きの私はずっと気になっていた。
こちらの豆餅が名物で、大変な人気だという。買って帰りたいが、なかなか機会が訪れることなく月日だけが過ぎて行った。
先週末、自宅で最後のお花見気分を味わおうと、某百貨店にお弁当を買いに行った。色とりどりでバリエーション豊かなお弁当を眺めながら、どれにしようか?と物色していると、銘菓コーナーから、なにやら長い列が延びている。
何の列なのか気になって覗いてみると、「出町ふたばの豆餅 午後2時より限定販売」と書いてあった。
なんということでしょう!よもやこのようなところで憧れの豆餅に出会うとは。延びている列は、豆餅を求める人たちのものだったのだ。
実店舗だけでなく、百貨店の出張販売でも行列を作るふたばさんの豆餅恐るべし!と思うと同時に、それほど人気の豆餅をゲットできるチャンスがいよいよ私にもやってきたのだと思い、列の最後尾を探して並ぶことにした。
長い長い列の最後尾は、隣の食料品売り場まで延びていた。意気揚々と最後尾に並ぶ。顔が自然に緩んでくる。
しかし並んだその瞬間、「お客様、豆餅をお求めですか?」と、店員さんに声を掛けられた。
「そうです。」と答えた私に、店員さんは告げた。
(前の方を指しながら)「こちらの方で100個の整理券配布が終わりました。大変申し訳ありませんが、本日はこちらで終了となります。」
こちらで終了となります、こちらで終了となります、こちらで終了となります…….
店員さんの言葉はしっかり脳に届いていたが、天国から一瞬にして地獄に落とされた私は、しばらくフリーズしてしまった。
そうか、私は101個目の人間なのか。まるで私のこれまでの人生を反映しているようではないか、などと、豆餅ひとつで、あまり冴えない自分の人生を走馬灯のように振り返る私がいた。
しかしどうあがいても、101個目なのだから仕方がない。
店員さんにわかりました、残念です、ありがとうと伝え、列を離れようとしたその時に、女神が降臨した。
私の前に並んでいた女性、すなわち100個目の女性が、「実はあまり時間が無くて、どうしようかな?と思っていたところだったのよ。この整理券をお譲りしますね。」と言ってくださったのだ。
女神は笑顔で私に整理券を手渡し、本当に急いでいたようで、その場から流星のごとく消え去ってしまった。
私は「整理番号100」と書かれた白い紙を両手で握りしめながら、去り行く女神の光輝く背中に向かって、何度も何度もお辞儀をした。
101個目の人間だったのに、幸運にも100個目の人間に昇格し、人生このようなこともあるのだなとしみじみしながら、最後のひとパックとなった豆餅を受け取り帰宅した。
ちなみにお弁当はひっぱりだこ飯で有名な淡路屋さんの「春のかさね箱」にした。春の京都をイメージした二段重だそうだ。
帰宅したらちょうど昼八つだったので、思いがけず買うことができた豆餅の包みを開けた。
透明のパックに豆餅たちが5個、ぎゅうぎゅうに詰められていた。パックの蓋には「本日中にお召し上がりください」とある。ほうじ茶を入れて、丁寧にお皿に移す。

なんと可愛らしいまんまるのフォルム。大きな赤えんどう豆が、滋賀県の羽二重もち米を使用したお餅から、今にも顔を出しそうだ。
ひと口頬張ると、十勝産の小豆で作られた甘さ控えめの滑らかなこし餡が沁みてくる。そこに赤えんどう豆の歯ごたえと塩気が重なり、いくつでも食べられてしまいそうな味わいだ。
なんといっても、きめ細やかで、もちもちしたお餅の食感が良い。そうか、だから豆大福ではなく、豆餅なのだ。
なんでも石川県加賀小松出身である初代の黒本三次郎さんが、故郷の餡なし豆餅をアレンジしたものが、出町ふたばの「名代 豆餅」で、代々、伝統の味を守り続けているとのことだ。
お餅が美味しいのは、餡の入っていないお餅がもとになっているからなのだと納得する。
そんなことを考えながらいただいていたら、いつの間にかパックの中の豆餅が2つになっていた。
長い間、食べてみたいと思っていた出町ふたばさんの豆餅は、想像以上の美味しさで、その味と共に女神さまの思い出が追記され、幸運の和菓子として私の心に刻まれるだろう。
まだまだ人生は何が起こるかわからない。
本日もまた、よいおやつ日和でした。
ごちそうさまでした。
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