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忘却ララバイ


よもぎさんに捧ぐ

または、あいつにララバイバイ


別に中原中也に会いたくもないし
言いたいことは何もない。



朝、パンパカパーンというファンファーレが聴こえたのは気のせいか。


で世界はいつの間にかは始まった。

始まっていた。



というより、始まってしまっていた。


地団駄踏んで悔しがったところで


私一人の力ではもうどうにもならない。


私はその音を聞くたびに、昨日までの記憶を失う。


いやそんなつもりもなかったのかもしれない。


でも後悔先にたたずだし


立ってるものは親をも使えともいうし。


名前も、理由も、後悔も、愛した人の顔も、すべて。


今となっては水戸納豆、


原因不明、治療不可能と医者は言う。


「そもそもかどこから手をつけていいのかがわからない」。



だから私は毎日が白紙だ。

毎朝が白紙から始まる。


博士号を取得した論文、くしゃみでツバだらけの白紙白書を見つめながら。


鼻づまりの声で音読を始める。



ラリがラリった。


ラリったラリがゴリで足りでラッタッターでタッタッター。


もちろん意味不明。昨日未明。行方不明。


もはや何を考えているのか、考えようとしているのかさえもわからない。


だが、意味がないことだけは確かだ。


五反田二郎は治療中(だという)。

井の頭五郎ではなくて。


じれったい男で、健気にもプリペアでプリキュアな過程だけは信じていた。


「結果なんて、あとから勝手についてくる」と彼は言った。


「ただしやることさえしっかりやっていれば、だけど」


言っていた気がする。


いやもしかしたら気のせいだったのかもしれないが。


なぜその言葉だけが、毎朝、私の中に残るのか。


昼夜違わず中原中也。


汚れちまった悲しみに、ゆあゆよん、と鼻歌をつけてみる。

(ぶらんこか、子ども2人も亡くした)


戦争もあった(らしい)。

大隈重信も(いたらしい)。


(何もかもなくしてばかりの人生だった)


そうすべては、忘れるために存在している歴史だったのかもしれない。


長谷川泰子も、あっちのやす子じゃなくてね。


無邪気に小林秀雄と取り合ったな、と思い出しては、また記憶の彼方に忘れる。


ランボォにも憧れた(柄にもなく)、と続け、江戸川乱歩もなと思い、江戸川コナンが頭をよぎり、


「そっちじゃな〜い」と誰もいない部屋でツッコんだ。


ロッキーのテーマが流れ。


グロッキーになるまで妄想合戦が繰り返される。


勝つためではなく、倒れるために立ち上がる人生なんてな。


抱かれなくない芸人連続ナンバーワンのクロちゃんが今やイケオジとして推されている理由も、

やす子がどっちのやす子なのかも、

もうどうでもいい。


だが、ひとつだけ確かなことがある。


私は毎朝、すべてを失う代わりに、

もう一度、世界にだまされる権利を与えられているのだ。


パンパカパーン。パンパンパン、パンパカパーン。

ファンファーレがファンファーレが。


鳴る、鳴る、なるリンガル。


また忘れる。

また始まる。


また忘れ始まる。


これは結末のない物語。


なぜなら、立ち上がった瞬間に、

倒れた理由も忘れてしまうからだ。


そしてあなたが今、読み終えたその瞬間に、

この物語はもう、忘却の彼方に忘れ去られてしまう。


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