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しかし本当は、「記憶とは何か」「子ども時代の孤独はどう大人の中に残るのか」を描いた作品です。

『無彩色の火薬』知りたがり向けへの深掘り解説

この作品は表面だけ読むと、

「年越しの日、疲れた青年がカップ蕎麦を食べる話」

です。

しかし本当は、

「記憶とは何か」「子ども時代の孤独はどう大人の中に残るのか」

を描いた作品です。

そして作者は、その重いテーマを、

たった一袋の『かやく』

から掘り起こしています。



① なぜ「かやく」が重要なのか

この作品の中心にあるのは、

カップ蕎麦についている

「かやく」

です。

普通の大人なら、

具材のことだと知っています。

しかし子どもの頃の主人公は違いました。

彼は

「火薬(かやく)」

だと思っていた。

だから必死になって隠した。

階段を駆け上がり、

部屋の引き出しにしまい、

誰にも見つからないようにする。

今考えると笑える話です。

しかし作者は単なる思い出話として書いていません。


実はこの勘違いこそ、

子ども時代そのものを象徴しています。

子どもは知らないことだらけです。

だから世界は不思議で満ちています。

大人にはただの袋でも、

子どもには秘密兵器に見える。

大人には具材でも、

子どもには火薬に見える。

つまり、

「かやく」

とは、

子どもの想像力の象徴なのです。


② なぜ家の色が全部灰色なのか

作品には何度も色の描写が出ます。

灰色の壁

灰色のカーペット

灰色のソファ

灰色のクッション

そしてタイトルも

「無彩色」

です。

無彩色とは、

白・黒・灰色など色味のない色です。


普通なら子どもの思い出は

  • 黄色

など鮮やかに描かれそうです。

しかし作者はわざと灰色ばかり並べています。

なぜでしょうか。

それは、

主人公の記憶が

「楽しかった思い出」

ではなく

「孤独だった思い出」

だからです。


家は広い。

でも誰もいない。

静か。

冷たい。

寒い。

その感覚が

灰色として記憶されている。

だからこの作品では、

色そのものが感情になっています。


③ なぜ突然、家が崩壊するのか

作品の中盤で奇妙な場面があります。

主人公が階段で転ぶと、

突然、

  • 天井が消える

  • 鉄骨が曲がる

  • 壁が崩れる

  • 夜空が見える

という大災害のような描写になります。

もちろん現実ではありません。

これは子どもの空想です。


ここで面白いのは、

子どもの空想が

「ヒーローごっこ」

ではないことです。

むしろ

「世界の終わりごっこ」

です。


なぜそんな想像をするのか。

理由は簡単です。

孤独だからです。


人は孤独なとき、

頭の中で物語を作ります。

空想の世界を作ります。

そうしなければ退屈と寂しさに耐えられないからです。

主人公は

巨大な家にひとりいる。

だから想像の中で世界を壊し、

自分を主人公にしていたのです。


④ 「僕は笑っていた」の意味

ここは非常に重要です。

涙が流れている。

傷だらけ。

埃まみれ。

それなのに

主人公は笑っています。


普通なら矛盾しています。

悲しいなら泣くはずです。

楽しいなら笑うはずです。


しかし人間はそんなに単純ではありません。

特に子どもは、

寂しい時ほど

空想で楽しもうとします。


だから主人公は

泣いているけれど笑っている。

笑っているけれど寂しい。

この複雑な感情が、

子ども時代のリアルな心なのです。


⑤ なぜ三分間が長く感じるのか

大人になった主人公は、

再びカップ蕎麦を作ります。

そして思い出に浸ります。

ところが、

三分経ったと思ったら

タイマーが押されていません。


この場面はギャグです。

でもそれだけではありません。


子どもの頃の三分。

大人になった今の三分。

その間には何十年もの時間があります。

しかし記憶の中では、

その距離が消えてしまう。


だから主人公は、

一瞬だけ子ども時代に戻っている。

その結果、

時間感覚まで曖昧になるのです。


⑥ 白菜は何を表しているのか

白菜は作品の最初と最後に登場します。

ずっと玄関に置かれています。

異様です。


普通なら

「邪魔だからどけろ」

で終わります。

しかし作者は何度も白菜を描きます。


白菜は、

この作品における

「どうしようもない現実」

です。


主人公は過去を思い出す。

空想する。

感傷に浸る。

年越しを迎える。

しかし現実には、

玄関の真ん中に白菜が置いてある。


人生とはそんなものです。

どれだけ哲学的なことを考えても、

帰れば白菜が転がっている。

作者はその滑稽さを描いています。


タイトル『無彩色の火薬』の本当の意味

火薬は本来、

爆発するものです。

色鮮やかな花火にもなる。

強烈なエネルギーの象徴です。


しかし主人公の火薬は、

実は「かやく」でした。

爆発しません。

花火にもなりません。

ただの具材です。


けれど、

その小さな勘違いが

何十年も経った今、

記憶を爆発させています。


つまりタイトルの火薬とは、

本物の火薬ではなく、

子ども時代の想像力そのもの

なのです。

そして無彩色とは、

孤独な記憶の色です。


知りたがり向けに一言でまとめると

この作品は、

「『かやく』を『火薬』だと思っていた子どもの空想が、大人になった今でも心の奥で燃え続けていることを描いた物語」

です。

年越しの話に見えて、

実際には

"過去の自分との再会"

を描いた、とても静かで文学的な作品なのです。

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