知りたがり向け深掘り解説「大通りは水の中」が本当に意味しているもの
この作品は、一見すると「デートでファミレスに入って食事をするだけ」の話です。
ですが、作者が本当に描きたかったのは「記憶」と「時間」と「人とのつながり」です。
① 「水」は心の状態を表している
タイトルは『大通りは水の中』。
もちろん道路が水没しているわけではありません。
車の音が大きすぎて言葉が届かないことを、
「まるで水の中にいるみたいだ」
と表現しています。
しかし、この「水」は騒音だけではありません。
この作品では、水は何度も姿を変えて現れます。
車の音で満たされた道路
水泳の授業
コップの水
カップラーメンのお湯
湖のようなコップ
月が浮かぶ夜空
これらは全部、
主人公が記憶の中を泳いでいることを表しています。
現在の出来事から、昔の思い出へ自然に潜っていく。
まるで水に潜ったり浮かんだりするように、時間が行き来しているのです。
② 「味」は忘れるのに、「思い出」は忘れない
物語には何度も「味」が出てきます。
チョコチップクッキー
お子さまセット
シーフードヌードル
パスタ
パフェ
ところが瑞樹は、
「味を覚えていない」
と何度も言います。
それなのに、
小さな旗のことは細かく覚えています。
なぜでしょうか。
作者は、
人は味ではなく、その時の気持ちを覚えている
と言いたいのです。
料理は忘れても、
誰と食べたか。
どんな気持ちだったか。
その記憶だけは残り続けます。
③ 小さな旗は「子ども時代」の象徴
お子さまセットについていたイギリスの旗。
これはただのおまけではありません。
瑞樹はその旗を宝物にしました。
そして、
どんな食べ物にも旗を立てて遊びます。
つまり、
旗は
「子どもだった頃の楽しさ」
そのものなのです。
④ 旗がぐちゃぐちゃになる場面
物語の中でもっとも大切なのはここです。
旗は、
シンクの三角コーナーで
濡れ、
煙草の下敷きになっています。
これは単なるゴミではありません。
子どもの頃の宝物が、
いつの間にか大人の日常の中へ埋もれてしまった。
そんな寂しさを表しています。
だから瑞樹は、
それ以来その料理を食べなくなります。
食べ物ではなく、
思い出そのものから距離を置いたのです。
⑤ ゆうかは現在へ引き戻してくれる存在
瑞樹は思い出に沈み続けます。
一方で彼女は、
お腹空いた!
パスタにする!
パフェ頼んじゃった!
と、とても自由です。
彼女は過去ではなく、
今を生きています。
だから瑞樹も、
少しずつ現在へ戻ってきます。
⑥ 最後の「笑い」が一番大切
最後、
彼女がお腹を叩くと
「ポン」
という音がします。
それだけで二人は大笑いします。
考えてみると、
物語の最初では、
声すら聞こえませんでした。
でも最後は、
言葉なんてなくても笑えています。
つまり、
二人の心の距離が近づいたということです。
⑦ 月の意味
最後に月が出てきます。
日本の文学では、
月はよく
時間
永遠
見守る存在
を意味します。
つまり、
二人は笑いながら、
また騒がしい現実の世界へ歩いていきます。
でも空には変わらず月があります。
人生は騒がしくても、
どこかで静かに見守ってくれるものがある。
そんな安心感を最後に残しています。
この作品の本当のテーマ
この作品は、
「人は過去を忘れて生きているのではない。思い出を抱えたまま、今を生きている。」
という物語です。
瑞樹は味を忘れます。
料理も忘れます。
けれど、
子どもの頃の旗や、 誰かと笑った時間だけは忘れません。
そして最後には、その思い出に縛られるのではなく、今、目の前にいる彼女と一緒に笑うことができるようになります。
だからこの物語は「昔は良かった」という話ではありません。
過去を抱えたままでも、人は今の幸せをちゃんと見つけられる。
それが、『大通りは水の中』という作品が読者に静かに伝えている、一番大切なメッセージなのです。
