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50代|これからの人生|見えない絆|親の気持ち|あの日の思い出|【雪の日に渡された1000円】― 母が最後に握らせてくれたもの。あの日の1000円は、いまも私の財布にいるお守りになった1000円

私の財布には、

ずっと畳まれた1000円札が入っている。


使うことのない一枚。


それでも、なぜか手放せない一枚。


その理由を、

いまなら静かに置ける気がしている。



私が5歳の冬。

雪が舞い、田んぼも敷地も真っ白だった日。

母は限界の中にいた。

幼い私は何も理解できないまま、

ただ目の前の出来事を受け止めるしかなかった。


そのとき、母は

私の小さな手に1000円札を握らせてくれた。


意味は分からなかった。

けれど、“大切なものを渡された”

その感覚だけは、ずっと残っている。



長い年月が流れた。


前の職場で、

年末年始に出勤したときのこと。

当時の上司が、

「お年玉」と言って1000円を手渡してくれた。


その人は、

ただの上司という言葉では足りない人だった。


最初からどこか懐かしくて、

誕生日が同じだと知ったときも、

驚きよりも安心のほうが先にきた。


10年以上前から知ってはいたけれど、

同じ場所で働くようになってからは、

昔からそばにいたような感覚だった。


その人の前では、


無理をしなくていい。

強くならなくていい。

私は初めて、

「自分らしくいても大丈夫なんだ」と思えた。



何気なく財布に入れたその1000円を、

私はしばらく忘れていた。


ある日ふと目に入った瞬間、

雪の日の記憶が

静かに胸の奥から立ち上がった。


ああ、つながっている。


母が渡してくれた1000円。

そして、いま私が受け取った1000円。

胸に広がったのは、

痛みではなく、あたたかさだった。


あの日、


雪の中で私に1000円を握らせてくれた母へ。

あの時の私は何も分からなかったけれど、

ちゃんと生きてここまで来たよ。

あなたが渡してくれたものは、

悲しみではなく、

生きる力だったのかもしれないね。


そして、


あの1000円を“いま”に結んでくれた人へ。

あなたと出会って、

私は初めて

「自分らしくいていい」と思えた。


あの日の小さな私と、

いまの私が、

静かにつながった瞬間だった。


この1000円は、

悲しみの象徴じゃない。


私はひとりじゃないという、

あたたかな証。


だから今日も、

この一枚を財布にしまっている…

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