「パリから日本人が消えた」の先にある絶望的な現実 —『炭鉱のカナリア』の声
境界に立つ者の責任として
これから綴る内容は、日本で暮らす読者の皆さんにとって、耳の痛い「苦言」、あるいは現状に適応できない者の「泣き言」のように響くかもしれません。
しかし、私は今、ドイツの社会学者ゲオルク・ジンメルが定義した「見知らぬ人(Der Fremde)」のような立ち位置にいると感じています。 それは、今日来て明日去る「放浪者」ではなく、今日来て明日も留まる者。特定の場所に属しながらも、外部の視点を持ち合わせる存在です。
日本とフランス、二つの世界の境界線で暮らす「見知らぬ人」だからこそ、見えてしまうものがあります。 その場所からしか見えない景色を、客観的な事実としてお伝えすることに、私は今、逃れられない責任を感じています。
観光客は「帰れる」が、私たちは「住んでいる」
前回の記事(11月22日)では、「なぜフランスから日本人観光客は姿を消したのか?」について、円安や心理的なハードル、そしてテクノロジーの視点から書きました。「スマホを持って外に出よう」と結んだそのメッセージに嘘はありません。
しかし、フランスに暮らす一人の大学院生として、今日はもっと深刻な話をしなければなりません。
旅行者であれば、ブランド品が高ければ「買わない」という選択ができます。ホテルが高すぎれば「行かない」こともできます。 しかし、ここで生活する留学生には「買わない」「住まない」という選択肢はありません。それは直ちに、生活の破綻を意味するからです。
コロナ流行前1ユーロが100円〜130円だった時代。 そして、185円(2025年12月時点)という異常事態にある現在。
この変化は、私たち留学生にとって「贅沢ができなくなった」というレベルの話ではありません。「生存権が脅かされている」というフェーズに突入しているのです。
ここから先は
¥ 100
執筆活動は皆様のご支援に支えられています。 いただいたサポートは、思考の質を維持し、より鋭い視座を提供し続けるための「活動資金(資料・取材費)」として大切に使わせていただきます。
