なぜフランスで売られているカップ麺の容器は、発泡スロール製ではないのか?
はじめに
「ラーメンの社会学」第三話では、1971年の「カップヌードル」の登場が、「携帯性(ポータビリティ)」の革命であったと論じました。あさま山荘事件のエピソードに象徴されるように、あの発泡スチロール(ポリスチレン)製容器こそが、断熱性・調理器具・食器を兼ねる、日本の「工夫」の象徴でした。
日本では半世紀が過ぎた今も、あの白く軽い発泡スチロール容器は「カップ麺の当たり前」として存在し続けています。
ところが、ここフランスのスーパーマーケットでカップ麺(あるいはカップパスタ)の棚を眺めると、ある決定的な「違い」に気づかされます。
そう、発泡スチロール製の容器が、ほぼ皆無なのです。
ほとんどの製品が、コーティングされた「厚紙(紙製)」か、あるいは硬質の「プラスチック(ポリプロピレン等)」で作られています。
なぜフランスでは、あの「革命的」であったはずの発泡スチロール容器が採用されていないのでしょうか。
1. 「利便性」よりも「健康・環境」
その背景を読み解く鍵は、日本とフランス(そしてEU)における、社会的な優先順位の違いにあります。
日本では、発泡スチロール容器がもたらす「利便性(軽さ・断熱性・安価)」が、高度経済成長期以来、高く評価されてきました。
一方でフランス(EU)では、その利便性よりも、二つの「懸念」が社会的に強く意識されてきました。
健康への懸念(環境ホルモン): 発泡スチロール(ポリスチレン)製の容器に熱湯を注いだ際、スチレンやビスフェノールA(BPA)といった、いわゆる環境ホルモン(内分泌かく乱物質)が溶出するのではないか、という懸念が、消費者団体やメディアによって古くから指摘されてきました。
もちろん、現在の科学的な知見では、食品容器として適切に使用される限りにおいて、これらの物質が健康に重大な害を及ぼすという事実は確認されていません。日本や米国では、安全基準を満たした上で、現在も広く使用されています。
しかし、ここが重要な社会学的なポイントです。 フランス(EU)の消費者は、たとえ科学的に「安全(safe)」であるとされても、社会的に「安心(secure)」であるとは限らない、と考えます。 「害があるかもしれない」というわずかな疑念(リスク)が残る限り、特に代替品(紙や他のプラスチック)が存在するのであれば、あえて疑念のある素材を選ぶ必要はない。 これは、「予防原則(le principe de précaution)」と呼ばれる、EUの環境・健康政策を貫く基本思想とも合致しています。彼らは科学的な「事実」だけでなく、その先の「安心」を追求するのです。
環境への懸念(プラスチックごみ): 発泡スチロールは、その90%以上が空気であり、かさばる(輸送効率が悪い)上に、リサイクルが非常に困難な素材です。使用後に細かく砕け散り、マイクロプラスチックとして自然界に残留しやすいことも、大きな問題とされています。
2. 「懸念」を「規制」にする社会
なるほど、そうした懸念は日本にも存在するかもしれません。しかし、フランス(EU)が決定的に違うのは、その「懸念」を社会的な「規制(ルール)」へと昇華させるスピードと厳しさです。
EU(欧州連合)は、2019年に「特定プラスチック製品の環境負荷低減に関する指令(通称:使い捨てプラスチック規制)」を採択しました。
これにより、綿棒の軸やストローなどと共に、「発泡スチロール製の食品容器・飲料カップ」は、各国でその流通を禁止、あるいは大幅に削減する措置が取られることになりました。
これは、環境負荷の高い素材を市場から排除するという、EUの明確な社会的意思表示です。
企業(メーカー)側からすれば、消費者の意識が高いだけでなく、そもそも法規制によって発泡スチロールが「使えない(あるいは、使いにくい)」のです。
3. 「紙」こそがイノベーション
この結果、何が起きたか。 日清食品(Nissin)をはじめとするメーカーは、フランス(EU)市場で製品を売るために、「ローカライズ(現地化)」を余儀なくされます。
第三話で「日本のイノベーション」として紹介した発泡スチロール容器は、この地では「過去の負の遺産」とさえみなされかねません。
フランス市場における「イノベーション」とは、
環境ホルモンの懸念がなく、
リサイクルルートが確立されている「紙(厚紙)」製の容器を採用すること、
あるいは、リサイクルしやすい単一素材のプラスチック(PPなど)を採用すること
だったのです。
しかし、この「ローカライズ」には、利用者が直接感じる物理的な「代償」が伴いました。
発泡スチロールが優れた「断熱材」として機能し、熱湯を注いでも快適に持てたのに対し、紙や硬質プラスチックは熱をそのまま伝えてしまいます。熱湯を注ぐと容器が非常に熱くなり、やけどしそうになるのです。これは、日本の利用者が享受していた「機能的な快適性(断熱性)」が失われたことを意味します。
結論:容器は社会を映す鏡
日本で「当たり前」の、あの発泡スチロール製容器。 それがフランスに存在しないのは、単なるメーカーの選択の違いではありません。
それは、健康や環境問題に対する「懸念」を、具体的な「規制」として社会に実装した、フランス(EU)の社会的な成熟度を映し出す「鏡」なのです。
「ラーメンの社会学」でも触れる予定ですが、日本の「当たり前」は、一歩外に出れば「当たり前」ではない。 カップ麺の容器一つに、私たちはその国の「社会の優先順位」を、まざまざと見ることができるのです。
フランスの消費者は、「安心」と「環境」を(あるいは規制によって)選んだ代わりに、発泡スチロールが提供していた「熱くならず、持ちやすい」という「快適性(利便性)」を、ある意味で犠牲にした。その物理的な結果が、火傷しそうになる「熱い」カップなのです。
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