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戸棚の奥で見つけた「戦時国債」の記憶。国家はいかにして国民の富を奪うのか(前編)

私の子供の頃の家は、今では珍しくなった大家族でした。いや、当時としても珍しかったと思います。小学校の同級生の家のほとんどは、核家族でした。私は、父や母だけでなく、父の両親、そして父の兄弟たちも一つ屋根の下で一緒に暮らしていました。人が多く、いつも何かしら騒がしい家でした。

そんな実家の戸棚の奥で、ある日、古い紙切れを見つけました。祖父に訊ねると、 それが「戦時国債」であることを教えてくれました。

詳しい額面までははっきりと覚えていませんが、たしか数十円だったと思います。今の感覚からすれば子供のお小遣いにもならず、パン1個すら買えない金額ですが、戦時の物価水準からすれば、まとまった大きな額だったはずです。祖父母が、懸命に働き、国のためにと拠出した決して小さくないお金の証でした。

しかし、その国債はただの古い紙切れとして戸棚に放置されていました。 子供の私には、それが何を意味するのかよく理解していませんでした。「昔の古いお金」くらいにしか思っていなかったのだと思います。

しかし大人になり、その背景にある歴史の真実を知った時、私は恐ろしい事実を知りました。あの数十円がただの紙切れになったのは、決して偶然の経済現象などではありませんでした。

戦時中、政府は膨大な戦費をまかなうため、国民に半ば強制的にこの戦時国債を買わせました。しかし敗戦後、その莫大な借金で首が回らなくなった政府が行ったのは、国民に買わせた借金を踏み倒し、国民の財産を没収するという強行手段でした。

国は日本銀行に大量の紙幣を刷らせることで猛烈なインフレ(物価高騰)を引き起こし、国民に買わせた国債の実質的な価値を暴落させました。それだけではありません。1946年(昭和21年)には「預金封鎖」と「新円切替」を断行。国民が自分の銀行口座からお金を引き出せないように封じ込めた上で、極めて税率の高い「財産税」をかけ、個人の資産を強制的に没収し、国の借金返済に充てたのです。

「国家というものは、いざとなればこうやって合法的に、一般国民から富を奪い取ることができる」のだと。

そして今、この幼い頃の記憶が、現代の日本の姿と不気味なほどに重なって見えて仕方ありません。

高市内閣は現在、日本銀行に国債を買わせて積極財政を行おうとしています。中央銀行がお金を作り出し、政府の借金を買い支える。これは、形を変えた「財政ファイナンス」に他なりませんかつて戦時に膨大な借金をして、戦後に猛烈なインフレを引き起こしたのと同じ構造です。

百歩譲って、その借金が日本の未来を劇的に変えるような、真の意味での「投資」に使われるのであればまだ救いはあるかもしれません。しかし、現実に掲げられている「骨太の方針」を見ると、暗澹たる気持ちになります

そこに並んでいるのは、各省庁や業界団体の要望をただ寄せ集めただけの、優先順位も見えない「総花的」な計画ばかりです。具体的な戦略も、失敗したときの撤退基準(出口戦略)もありません

かつて鳴り物入りで始まった「クールジャパン」機構がどうなったか。先日、大赤字を抱えて見直し(あるいは廃止)が必要な状態になっていることが報道されました。官主導の甘い見通しによる投資は市場のニーズから乖離し、結果として「お金をどぶに捨てる」ような事態を招いたのです。

具体性のない総花的な計画のために、日銀をスポンサーにして巨額の借金を重ねていく。 もしこのまま、成果の乏しい事業や一時的なバラマキにお金が消えていけばどうなるでしょうか。経済の実力(供給能力)は上がらないまま、市中にあふれたお金のせいで悪性のインフレや円安が進むだけです。

それはまさに、戸棚の中で無価値になった「戦時国債」と同じ現象です。現代の私たちは、預金封鎖こそされずとも、知らないうちに「インフレ」という見えない税金を課せられ、長年積み上げてきた預金や資産の価値を奪われることになります。

国の無謀な財政運営のツケを最終的に払わされるのは、いつの時代も、真面目に働き、貯蓄をしてきた一般の国民です。

戸棚の奥で見つけた、あの数十円の戦時国債。 今になってみれば、あれは過去の遺物などではなく、現代を生きる私たちに向けた、強烈な警告だったのだと思います。私たちの資産を現代の「戦時国債」にしないためにも、国の財政と、耳障りの良い言葉だけが並ぶ政策に対して、厳しい目を向けていかなければなりません。

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