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モンゴル 大草原に恋をした

タイトルの通りである。
大草原に恋をした。それも、わりとガチ恋で。

私は毎年夏に海外旅行をしている。
いつも同じメンバーで、基本は現地集合、現地解散。経由地もバラバラな自由な旅。
最初はロンドン、次はドイツとフィンランド、去年がイタリアで今年は中国とモンゴルだった。

中国での楽しかった色々もあるのだが、それは一度割愛しよう。とにかくモンゴルである。

私が恋した草原というのは、モンゴルの草原のこと。
始まりはただ、ヨーロッパへの国際線が世界情勢の関係で高いし飛ぶかもわからないからアジアに、というところからだった。
小学生のときに友人がモンゴル出身で、その縁からなんとなく近しいイメージだった国。
でも、航空券の安さが決め手になったくらいには、私の中でその他大勢の国と違いはなかった。

週に1日家にいる日があれば上出来というような予定の詰め込み方をしていた私は、ゲルへの4日間のホームステイという贅沢なプランを選んだ。
とにかく、現地に行ったらもう何も考えたくなかった。現地支払いの1人9万2千円に戦々恐々としつつ、バックパックに真夏から冬まで対応できるような衣服を詰め込み、ゲルホームステイについてのブログを念入りに読んで荷造りを進めた。

中国で4日間、1日平均3万歩ほど歩いた後、深夜着の飛行機でチンギスハン空港に到着。
人生初の空港泊は疲れすぎて爆睡できたものの、強烈な朝日で起こされた。モンゴルの紫外線は強い。

モンゴルの首都、ウランバートルの街は社会主義体制の色が濃く残る四角い建物と、工事中の建物で溢れていた。ホームステイ先へ向かう送迎車は市内を抜けていく。

パッと、目の前が開けた。草原があった。

空港からすぐのところ、街からすぐのところに、草原がある。牛が道路のすぐそばを歩いている。半分眠りかけていた目が一気に開き、窓に齧り付いた。
「草原だ」
思わず呟いた。

この時から、恋は始まっていたのかもしれない。
しばらく走り、最後の小さな街を抜けると、その先には文字通り一面の草原が広がっていた。
ずっと向こうに、羊かヤギと思しき群れがあり、ゲルが点々と立っている。
道は草原の中にまっすぐ、時に方向を変えながら続いていく。
少し走ったところで、私たちは降ろされた。
草原のまっただなかに立つ、4棟のゲル。ここが私たちのホームステイ先らしかった。

いちばん手前のゲルに入るよう促される。中には中学生くらいに見える女の子が3人、小学生くらいの男の子が1人。それぞれ手分けしてお茶を勧め、お昼ご飯を出してくれた。両親は仕事に出ているようだった。
微妙な時間が流れる。幸い、出してもらった食事は美味しく「美味しい!」というようなジェスチャーをした。簡単な日本語は通じるらしく、「なまえは?」と聞かれ、お互いに名乗り合う。年齢を聞くと、女の子たちは中2.3で男の子は小5だった。

そうこうしているうちに両親が帰ってきて、日本からのお土産を渡した。
カントリーマーム、グミ、キャラメル、そして目玉はシャボン玉。事前に色々とブログを読んでリサーチした結果の品々。

努力の甲斐あって子どもたちに大ウケで、いつのまにかやってきていた親戚の子らしき子まで含めてグミやキャラメルを分け合い、シャボン玉はあっという間に吹き尽くされてなくなった。
草原に飛ぶシャボン玉の綺麗なこと!!
気をゆるされたのかバレーボールに誘われ、みんなで遊ぶ。
これがまた難しくて、なにせバレーボールコートはゲルの前の草原全部で、一度ボールが転がれば何かにぶつかるということもなくどこまでも転がっていく。電波の届かない時間を長く過ごす子どもたちは慣れたもので、何度も私たちの暴投を走って拾いに行っては上手く投げ返してくれた。

こんなわけで、初めて私たちが覚えたモンゴル語は「ググレ」。モンゴル語で「走れ」。
自分で暴投して「走れ!」という外国人、なかなかひどいが、子どもたちは懲りずに何度も遊んでくれた。

走り回って疲れ果て、自分たちの泊まるゲルに入って一息つく。
そしてふとゲルの外を見ると、そこには一面の草原があった。
明るい日差しが斜めから差し込み、その向こうには草原をかぶせたようななだらかな山の稜線が見えた。

まぶしいわけでもないのに、自然と目を細め、じっとゲルの外を見る。ひとつ呼吸をする。
ゲルの入り口、長方形のかたちに切り取られ、絵画のように立ちあがる景色。
その先には本物の草原がある。

ふらりと立ち上がり、一歩入り口の外に出てみる。
日差しの熱さが肌を打ち、少し遅れて冷たく心地よい風がやってくる。
今度こそ目を細めてあたりをぐるりと見渡すと、私は草っぱらの真ん中に、ゲルを背にして立っていた。

細めていた目が、わぁっと開く。
胸が持ち上がり、走り出したいような、踊り出したいような気分になる。

私は、モンゴルにいる。
モンゴルの草原の、そのただなかに立っている。

そのことだけがもうただひたすらに嬉しくて、あれは今から思えば恋のようなものだった。

滞在中、何度も、何度も、私はさまざまな草原に恋をした。
朝いちばんの草原は日差しがやわらかで風が心地よく、少し厚着をして歩くともう他には何もいらないという気分になれる。
昼間の草原は日差しが強くて散歩には疲れるけれど、ゲルの中でうたたねをしながら眺めるには最高で、私はその景色を見たいがために毎日昼寝をした。
夕方の草原には朝の草原と同じような心地よさがあり、それに加えて草原と同じく広い空に広がる夕陽の刻一刻と変わる様子を眺めることができる。
夜の草原は光に遮られない満点の星空で、少し目が慣れてくると天の川まで綺麗に見えた。ゲルの前で星空を見ているとなんだか夢の中にいるようで、この時間は永遠に続くように思えた。
どのときも、どんなときも、草原は美しく、慣れない寝具で嫌な夢を見た朝だって、草原を数分歩けばすぐに忘れられた。

草原での生活は本当に楽しかった。
子どもたちは可愛く、ゲルでお昼寝をしようとしている私たちに何度も「あそぼう!」と声をかけてきたし、お父さんとは乗馬をし、お母さんにはモンゴル料理を教わった。
草原の風を切って、荒い息を吐きながら馬と一体になって走る爽快感。
何度やってもルールがわからないと思ったらイカサマだらけと判明して追いかけっこになったカードゲーム。
お母さんに誘われて参加した近所のゲルの集まりで飲み干したウォッカの味。
相変わらずモンゴル語は覚えられないし、英語は通じないけれど、なぜかジェスチャーと表情は上手くなって、なんとなくみんなと会話ができるようになっていた。

正直、着いた初日にはもう帰りたくなかった。
毎日帰りたくなくて、ずっとずっと、帰りたくなかった。この日々がずっと続いて欲しかった。
それでも、ツアー会社に指定した最終日はやってきた。
私は朝起きて、半分寝ぼけたまま、布団の中で声を上げて泣いた。
時計を見て、朝のいちばん良い時間を寝過ごしたことに気づいたからだった。
8時だった。6時の、あの空気はもう2度と味わえない。半分パニックになったまま草原をズンズンとひたすらにまっすぐ歩いた。
1分もしないうちに草原の景色に心がなだめられて、トイレに行って帰ってきて、今度はきちんと着替えてから散歩に出かけた。

最後の朝ごはんを食べて、荷物を詰めていると、「バスが来た!」と子どもたちが呼びに来た。
まだ準備が整っていないから、とスタッフに伝えると、他を回って15分後にまた来る、と言われた。
迎えの時間は知らされておらず、思っていたより1時間以上早かった。

子どもたちは手に手に何かを持ってやってきた。お別れのプレゼント、ということらしかった。
嬉しくて嬉しくて、何度もお礼を言ってから、私たちも何か渡せるものがないかとごそごそやった。
仕事に出かけていたお父さんも帰ってきて、みんなで写真を撮って握手やハグをした。

そして、帰りのバスがやってきた。
私たちは荷物を背負い、バスに乗り込んだ。
窓から子どもたちの姿が見えた。子どもたちは手を振ってくれていた。
バスが出発しても、遮るもののない草原ではいつまでも子どもたちの姿が見えていた。
子どもたちはいつまでもそこにいて、こちらに手を振っていた。
私たちはバスから身を乗り出して手を振りかえし、その姿が見えなくなった頃、私は人目をはばからず、はばかることもできず、また泣いた。

日本に帰ってきてから、あの草原のことを思い出すたびに泣きたくなる。
恋しくて、恋しくて、どうして私はこんな街の中にいるのかと、ほんの少し思い出すたびに締め付けられるような苦しさに襲われる。

ヨーグルトを見ればあのゲルで食べた食事を思い出して過呼吸を起こしかけ、ゲルでの思い出を振り返っては泣き、子どもたちと交換したインスタで草原の動画を見るとその勢いでモンゴル留学の費用とワーケーション先を調べ始めた。

これが恋でなければ何なのか。
今私が怖いのは、私の恋が成就してしまうことで、それはつまり日本での色々を放り出してしまうかもしれないという可能性で、でもそうなってもいいかもしれないと、無鉄砲になれる、それもきっと恋で。
私はこの夏、大草原に恋をした。

ゲルのすぐそば


2026/7/24 帰国4日目、深夜1時。

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