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第1話 世界が、彼を知り始めた日

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空は、静かに割れていた。



音はなかった。



雷鳴も。
爆発も。
崩壊の叫びも。



ただ
青いはずの空の奥に
細い亀裂が走っている。



まるで
世界そのものが
疲れてしまったかのように。



その異変に
最初に気づいたのは
王都の占星台だった。



「……おかしい」



老いた観測官が
震える指で水晶盤に触れる。



星の軌道が
わずかにずれている。



あり得ない。



この世界の星は
神域の均衡によって
永遠に安定しているはずだった。



それが今。



ゆっくりと
崩れ始めている。



「記録を……
 全部持ってこい……」



だが
彼の声は
誰にも届かなかった。



すでに
異変は
世界中で始まっていたからだ。





辺境の森では
魔物たちが
理由もなく怯えていた。



山岳地帯では
大地が
夜ごと低く唸り続ける。



海では
潮の流れが狂い
船が帰らなくなった。



そして。



一番大きな変化は
人の心だった。



「最近……
 空が怖いんだ」



誰かがそう言い始める。



理由は分からない。



だが
確かに感じる。



“何かが来る”



という
説明できない予感。





その中心にいることを
まだカイは知らなかった。





彼は
街外れの丘に立っていた。



風が
黒い髪を揺らす。



視線の先には
広い空。



あの世界で
死を選んだ日と
同じような色の空だった。



「……変だな」



小さく呟く。



最近
妙な感覚が増えていた。



空気が
重くなる瞬間。



心臓が
理由もなく早くなる夜。



そして。



自分の存在が
少しずつ
この世界に溶け込んでいく感覚。



それは
安心ではなかった。



むしろ
逆だった。



まるで
世界の方が
自分を認識し始めているような。





「顔、暗いわね」



後ろから
軽い声がする。



振り向くと
真紅の翼の少女。



レイヴァが
退屈そうに腕を組んでいた。



「世界が壊れかけてる顔してる」



冗談のような言い方。



だが
その瞳は鋭い。



すでに
異変の本質に気づいている顔だった。



「……壊れるのか?」



カイは
素直に聞く。



レイヴァは
少しだけ笑う。



「壊れるわよ」



あっさりと。



「神域を壊したんだもの
 当然でしょ」



その言葉は
風のように軽かった。



だが
意味は
重かった。





その時だった。



遠くの空が
わずかに歪む。



次の瞬間。



見えない何かが
空間を切り裂いた。



衝撃は
遅れて届く。



大地が震える。



鳥が一斉に飛び立つ。



空気が
悲鳴を上げる。





「……来た」



レイヴァの声が
低く変わる。



翼が
わずかに開く。





丘の向こうから
歩いてくる影。



人の形をしている。



だが
人ではない。



存在の密度が
違う。



世界そのものが
警戒している。





「……あれは?」



カイの問いに
レイヴァは答える。



「神の使いよ」



そして
楽しそうに
微笑んだ。



「あなたを
 消しに来たの」





空が
さらに軋む。



世界は
静かに
次の段階へ進もうとしていた。



――第2話へ続く

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