⑲誰にも救われなかった僕が、異世界では“上限なし”
分断は、静かに始まる
変化は、音を立てなかった。
人が集まり始めた次の日も、
その次の日も、
表面上は、何も変わらない。
井戸の水は、まだ濁っている。
畑の土は、相変わらず不安定だ。
でも。
(……視線が、ずれてきてる)
昨日まで、
同じ方向を向いていた人たちの目が、
少しずつ、違う場所を見るようになった。
「……あいつら、
最近、集まりすぎじゃないか」
小さな声。
「良いことのはずなのに……
なんか、落ち着かない」
別の声。
(……始まった)
レイヴァの言葉が、
胸の奥で重なる。
――世界は、
――集団を嫌う。
昼前。
畑仕事を終えた帰り道、
若い男に呼び止められた。
「……なあ」
言いづらそうな顔。
「正直に、聞いていいか」
「いいよ」
「お前らが来てから、
村が落ち着かない」
「それは……」
言葉を探していると、
彼は続けた。
「悪いことが起きたわけじゃない」
「でも、
起きそうな気がするんだ」
……分かる。
理由のない不安。
説明できない違和感。
それを、
“誰か”のせいにしたくなる。
「……不安なんだな」
そう言うと、
彼は、少し驚いた顔をした。
「……ああ」
「それだけだ」
夕方。
集まっていた人たちの数が、
減った。
誰も、
「来るな」とは言っていない。
でも。
(……来づらくなってる)
空気が、
そう言っている。
焚き火の前で、
ミレアが小さく言った。
「……私、
何かしたかな」
「してない」
即答した。
「……でも」
「人が集まると、
不安になる人もいる」
「それだけ」
彼女は、
少し安心したように息を吐いた。
夜。
レイヴァと、
家の中で向き合う。
「……世界か」
「そうだ」
迷いのない声。
「世界は、
“集団の芽”を潰す」
「排除すれば、
反発が生まれる」
「受け入れれば、
管理できなくなる」
「だから」
「割る」
分断。
「意見を、
不安を、
疑念を」
「少しずつ、
増幅させる」
「誰かが悪い、
という話に
すり替える」
拳を、
静かに握る。
(……前の世界と、
同じだ)
「……止められる?」
「力では、
止まらん」
「言葉でも、
難しい」
「だが」
レイヴァの目が、
こちらを捉える。
「無視するな」
「分断は、
放置すると
勝手に育つ」
翌日。
村の集会所で、
小さな言い争いが起きた。
「協力しすぎだ」
「外から来た連中に、
頼りすぎてる」
「でも、
何もせずに
悪くなってるじゃないか!」
声が、
少しずつ荒くなる。
(……ここだ)
一歩、
前に出る。
「……待って」
声は、
大きくない。
でも、
場が静まる。
「不安なのは、
分かる」
「僕が来てから、
良くなったって
言い切れない」
「でも」
一人ひとりを見る。
「分かれたままなら、
もっと悪くなる」
沈黙。
「僕は、
答えを持ってない」
「でも」
「話すことを、
やめないでほしい」
「不安を、
誰かのせいに
しないでほしい」
誰かが、
目を伏せる。
誰かが、
息を吐く。
完全な解決じゃない。
でも。
(……止まった)
夜。
焚き火の前で、
レイヴァが言う。
「今日は、
よくやった」
「……でも、
完全には防げないんだろ」
「防げん」
即答。
「だが」
「早く気づけば、
裂け目は小さい」
焚き火が、
ぱちりと鳴る。
人の影が、
揺れる。
世界は、
まだ諦めていない。
でも。
人も、
簡単には割れない。
それを、
今日、少しだけ確かめた。
読者のみなさまへ
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この章では
世界が“分断”という方法で介入してくる瞬間を描きました。
派手さはありませんが、
最も現実的で、最も怖いやり方です。
もし
「この分断がどう広がるのか気になる」
「人は乗り越えられるのか見届けたい」
と感じていただけたら、
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