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心の狭い私と心の広い女子

電車に乗っていたら、隣の4名掛けシートから中年の女性の大きな話し声が聞こえた。
どうやら、電車を乗り間違え、先方に電話でその旨を説明しているようだが、少し、わけのわからないことを繰り返し叫ぶように話している。
その声がキンキンと響き、思わず、耳障りと思ってしまった。
周りの乗客も苦笑いをしたり、眉をひそめている。
そのとき、その女性の向かいに座っていた二十代前半くらいのモデルのような顔立ちの女の子が、「どちらまで行かれますか?」と、優しく女性に声を掛けた。
女性は、「天王寺」とだけ答えて、いったん、スマホを切って女の子の顔を見ていた。
女の子は、「それなら久宝寺で乗り換えたら大丈夫ですよ」と、やんわり説明をしたが、女性は、混乱したように「久宝寺?ここは、なんの駅?天王寺行かれへんの?」などと、また大きな声で繰り返し言った。
女の子は、嫌な顔ひとつせず、「大丈夫てすよ、私も久宝寺で降りますので、そこから乗り換える所まで案内しますよ、一緒に久宝寺まで行きませんか?」と、親切に言った。

それでも女性は、納得せず、先方に電話かけ直し、また大声で「乗り間違えたぁ」を繰り返すばかりで、女の子にお礼も言わずに騒ぐのを止めなかった。
益々、冷ややかな視線が集まっていたが、女性は、おかまいなしだった。

女の子は、何度も女性に「大丈夫です、天王寺には行けますから」と諭していて、やっと女性は、落ち着いて電話も切り、静かになった。
私なら向かいで、あのように大声で電話をされたり、しつこく騒がれたりしたら、席を変わりたくなっただろう。

けれど、女の子は、女性が落ち着くまで、優しく接していた。
私は、彼女達より先に下車したが、きっと、女の子は乗り換えのホームまで案内しただろう。
しばらくは、キンキンした、あの声が耳に残ったが、イラッとした自分を恥じた。

長く生きてきても、些細なことでイラッとした私、
若くても、冷静で親切な女の子、年齢は、関係ないようだ。
その人の器の大きさなのかもしれない。
私もまだまだ修行が必要なようだ。