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はじめてのnoteは、なぜ人を嫉妬させるのか?


はじめに、なぜnote3本目にしてはじめてのnote(矛盾しているが)の執筆に至ったのか。簡潔に述べよう。

嫉妬である。

なぜこんなことになったのか?

嫉妬で狂いそうだ!

noteは、現時点で2本ほど書いている。
100以上のビューを集め、スキも10近くもらうことができた。大変ありがたいことである。

しかし、常に周囲と比べるのが、人の業というもの。

同じ時期に始めたくらいのnoteを覗いてみた。
私は元々文章力に自信があるのだ。
自分より見られてるわけがないだろう。
そんなことを考えていた。

すると…

スキが50!!!!???

こんなのただの自己紹介だろ!?

何の捻りもない、英語の教科書の例文みたいな記事が!?

50!!!!???

どういうことだ……

正直言って、これまでの記事はだいぶ時間をかけた。

でもきっと、私の読んだnoteたちは、それくらいの熱量をかけているのだ。

じゃあなんで、こんなにも差が出る?

そして私は見つけた。

はじめてのnoteという、悪魔のハッシュタグを…

承認欲求モンスターへのレクイエム

インターネットの中には、承認欲求にとりつかれたものもいる。

奇をてらった行動をとり、迷惑をかけるもの。

噛みつきにいき、場を荒らして満足するもの。

逆張りをして、みんなとは違うと誇示するもの

私にとってそれらは、ただのモンスターとしか思えなかった。

対話不可能なモンスター。

ゴジラやキングコング、Tレックスのような無辜の市民を傷つける、害でしかない存在。

だけど、嫉妬に狂わされた今ならわかる。

彼らはフランケンシュタインなのだ。

ネットというマッドサイエンティストによって狂わされた、哀れな被害者達である。

彼らはどこにでもいる。

あなたや私の心にも。

好きは、アルゴリズムには許されない。

話を戻そう。
私が見つけた悪魔のハッシュタグ
はじめてのnoteに。

この記事で検索をかけると、明らかに見られている。

スキが2桁台は当たり前。
出して数時間で速攻スキゲット。
3桁台もざらにある。

こんなもの見せたらメンタル壊れるだろ!!

なんだこの最強ハッシュタグ!?

しかし、私は面白いことに気づいた。

みんな、はじめてのnoteが一番伸びているのだ

たくさん見られたあとに書く、渾身の記事。
自分の思想、内面、体験をふんだんにつかった、最高傑作を。

それが、過去の自分に打ち破られる。

これは何たる皮肉であろうか。

好きなことで生きていくとは、まやかしである。

好きはアルゴリズムには許されないのだ。


鳴らない言葉をもう一度描いて。

では、我々はこのままアルゴリズムに支配されるのか。

システムに勧められたものをみる、決まった出会いしかできないディストピアなのか。

これを解決する糸口がある。

あなたは、ハサウェイ・ノアという人物を知っているだろうか。

彼は『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』に登場する人物だ。

彼はガンダムにおける世界の仕組みである地球連邦と戦いを挑み続けている。

そう、彼が戦っているのは、仕組みなのだ

これは我々と同じだ。

仕組みに抗っても、簡単には抜けられない。
自分の好きを捨て、アルゴリズムに奉仕する。

そんな現実を、受け入れたくはない!

このまま好きを捨てられるか!

しかし、ハサウェイは現実と理想の狭間で苦悩している。 

彼を今悩ませるものは、世俗と肉欲の2つ。
世俗は彼を取り巻く社会。
肉欲は彼自身にある根源的な欲求。

私もそうだ。

好きという純粋な気持ちを承認欲求という『肉欲』が破壊し、『世俗』という流行が、原型を壊す。

ハサウェイも私も、この構造から抜けられない。

しかし、ひとつだけ言えることがある。

つながりはシステムを超える。

ハサウェイには、ギギ・アンダルシアや組織とのつながりがある。
我々には、読者というつながりがある。

例えシステムに迫害されても、つながりがあればきっと、その輪は広がっていく。

アルゴリズムは出てくるだけ。
つながりは確かな記憶を、思いを作る。

コツコツと、積み上げるのだ。
システムを超えた、自分を見てくれる友を。


この記事が見られるのかは分からない。

システムは、私を許すのか。
それとも切り捨てるのか。

それも分からない。
ただ一つ言えるのは、私は文を書く。
例え、孤独になっても。

最後に彼の言葉をなぞり、終わりにしよう。


乗り越えてみせる。大衆もシステムも。


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