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恩師に会いたい・・

私には、20年以上に渡って、言葉に出来ないような、心の重荷になっている事柄があります。

大学時代、私はゼミの担当教授を心底から信頼し、慕っていました。

信頼度は‥大げさではなく、「150%」と言うレベルだったのではないでしょうか。

それが、卒業後数年してから、一瞬で崩れ去る出来事がありました。

簡略的に説明すると、私が新卒で入った仕事を短期間で辞めてしまって教授を失望させてしまい、その後、当時家族が住んでいた八王子で知的障害者福祉の仕事に関わりながら、正職員になることを目指して頑張っていましたが、ある人から「教授は、あいつは仕事を辞めてから努力していないみたいだから会いたくないと言っている」と言う話を聞いてしまったのです。

今から思えば私も「うぶ」だったのですが、「教授に顔向けできる自分になるために頑張っていた」部分がかなりあったので、この瞬間、私は奈落に突き落とされました。

それ以来、私は人を素直に「信じ切る」ことが出来なくなりました。

今、どんなにお世話になっている人に対しても、自分の中である程度は「壁は作らなければ」と思っています。

裏切りは、こっちがそうされた、と思えば成立だと、その時、悟ってしまったからです。

私は精神科に通うようになって、八王子での生活も継続不可となり、知り合いも当初はいなかった岩手県に行って、最初の数年間は‥本当に、思い出したくない数年間でした。

20代中盤から後半の、貴重な数年間。

多くの人が、仕事のキャリアを積んでいき、恋愛や、その他の人生経験を着々と積んでいくその年代、私の頭の中は、ずっと「教授への恨み言」で占められている感じでした。1年以上経って引きこもりから一歩前進して作業所へ行き始めましたが、教授への怒りはその頃、収まることがありませんでした。

教授に裏切られた。

教授に人生、狂わされた。

そこまで、思っていました。

しかし、私自身、その経験があった当初は「この先の人生は余生だ‥大人しくしていよう」とまで思いつめていましたが、命を絶つ「勇気」もなかったので、20代で余生とはいかず、必死にもがいて、もがいて生きてきました。

よく、私のことを少しだけ知っているような人から、活動的でいいね、とか、言われますが、実際には、心には20年以上、この教授のことで重い荷物を背負っていて、人の中で生きていかないと、あの引きこもりだった1年以上に渡るあの頃に、今でも朝に夜にふとしたことから教授への複雑な想いが出てくるけど、とにかく外でぼろぼろ涙を流して、通報されかけたあの頃に戻ってしまいます。それが嫌だから、必死でもがいて生きているのです。

そして、今の私。

あれから20年以上経ちました。

今年は、初めて自発的に海外へ行きました。

まさに今、いろんなことの変わり目です。

将来的にも都会で生きていくイメージも何となくできてきました。

この数年で、当時のゼミ仲間とも何人か交流が復活し、「教授も交えて集まろうか」と言う話も出ています。

今にして思えば、あの話は「又聞き」でした。

もしかしたら、捻じ曲げられた情報だった可能性はあります。

今、いろいろなことの変わり目です。

私も、「フツウに正社員になって、フツウに結婚して・・」と言う人生が送って来れなかった上に、ずっと「フツウの人生を送れなかった原因、その諸悪の根源が教授だと思って生きてきた」ということから、ややこしい対面になるリスクがありますが、20年以上に渡って背負ってきた「心の重荷」を、1度教授に会って、降ろせないものか、そろそろその時期が来たのではないか、と思っています。

数年以内に、1度教授と会ってみたいです。

私が前に進むためには、マストな課題だとも思っています。

また、この話は進展あったら、致します。

(追記)今でも、この様に辛い想いはあるけど、教授に向き合いたい気持ちが湧いてきた、そして今、人生の潮目が明らかに変わってきています。

その辺りのことも、今後話していきたいと考えています。

そして、「人生の潮目が変わるまで」に、散々遠回りしながらも、見てきたこと、感じてきたことをこれから発信していきたいとも思っています。

近いうちにメンバーシップ開設の予定ですが、1つはその辺りの「人生を通して感じてきた、内なる想い」を発信していけたらよいな、と思っています。

よろしくお願い致します。

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