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AIと賢く付き合う

何年も前は論文やレポートなど一本書くのに膨大な時間がかかっていた私。資料を集め、分析し、文章としてまとめるのは至難の業だったし、文章もすらすら書けるほど力があるわけではない。書いたあとも何度も何度も推敲し、校正・校閲を繰り返すという気の遠くなるような作業を続けた。AIなどなかった時代だ。でも、そうして大変な思いをして書いた文章は何年経っても記憶に残っているし、何度も何度も書き直した文章は今も暗唱できるほど脳に刻まれている。何より強く思うのは、自分が苦労して書いた文章には愛着を感じるということだ。

今はAIを頼れば多くの作業が楽にできる。「コスパ」はかつての比ではない。でも、AIを使って書いた文章は記憶にあまり残らない。自分が書いたものでもすぐに忘れてしまう。寂しいのは、文章に対する愛着がわかないことだ。しかし、今はAIをまったく使わないわけにはいかない。私もAIを全否定するつもりはない。活用できるところは大いに活用したいと思っている。だが、AIの使用は必要最低限にとどめたいと思う。

朝日新聞の「天声人語」(2026年7月12日)に、2025年にアメリカで行われた研究のことが載っていた。54名が3つのグループに分かれて作文を書くのだが、それぞれは生成AIを使う、検索エンジンを使う、何も使わないの3つだ。

結果は、生成AIを使ったグループの8割は、直後であっても自分の文章を思い出すことができず、文章の主張や視点も画一的だったそうだ。書いても「自分のもの」になっていないため内容が頭に入っていないという。

研究内容を確かめたかったのだが、出典が書かれていなかったので新聞社に問い合わせた。大手メディアの記事であっても自分で確認することは大事だ。教えられた論文を確かめてみると、記事で言及されていた「AIを使った作文執筆」というのは、文章作成やプログラミング、データ分析などの作業をAIが人間の指示に従ってサポートするLLM (大規模言語モデル:Large Language Model) という機能を活用して作文することだということがわかった。膨大な文字データをディープラーニングしたAIが、人間のものであるかのような文章を作り出す機能だ。

研究は、LLM支援によるエッセイの執筆が、神経および行動面に与える影響を調査したものだった。参加者は「LLM使用」「検索エンジン使用」「自分の頭のみ使用」に分けられ、各グループで3回のセッションを行う。さらに、LLMユーザーを頭脳のみ使用へ、頭のみのユーザーをLLM使用へと入れ替える第4セッションが行われる。セッション1〜3には計54名が参加し、そのうち18名がセッション4を完了している。

脳波を用いて執筆中の認知負荷の測定を行った結果、「頭脳のみ」の参加者は認知活動が最も強力で広範囲なネットワークを示し、「検索エンジン」ユーザーは中程度の関与を示したのに対し、LLMユーザーの接続は最も弱いものだった。認知活動は、外部ツールの使用に比例して低下することが明らかになった。

エッセイに対する自己所有感(ownership)はLLMグループが最も低く、頭脳のみのグループが最も高い結果となっている。また、LLMユーザーは自分の書いた内容を正確に引用することにも苦労していた。

研究結果から、LLM依存が教育に与える長期的影響への懸念を提起しており、学習におけるAIの役割についてより深い探求が必要であることが示されている。自分の頭で考えることは負荷は大きいが、学習成果も大きいということだろう。大変な思いをして書いた自分の文章は記憶にとどまり、愛着を感じるが、AIを使って書いた文章は記憶に残る割合が少なく、愛着がわかないという私自身の体感もこの研究によって裏付けられているような気がする。

やはり大切にすべきは自分自身だ。AIに支配されることなく、AIとは上手に付き合っていきたいと思う。


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