大阪で、僕はただ見ていた
東京で働くサラリーマンが、2026年2月1日、大阪で一人、マスクをつけてレース会場を覗いていた。
Hyrox大阪に出場するはずだった。「はずだった」というのは、つまりそうならなかったということだ。
Hyroxを知らない人のために、少し説明させてほしい。2017年、ドイツで生まれた室内フィットネス競技だ。ルールはシンプルだ。1kmのランニングと、1種類のワークアウトを交互に8回繰り返す。合計8kmを走り、その間に8つの関門をこなす。
① SkiErg(1,000m)——クロスカントリースキーのポールを漕ぐような動作でロープを引き続ける。② Sled Push(50m)——男性なら152kgの台車を全力で押して進む。③ Sled Pull(50m)——今度はロープで引き寄せる。④ Burpee Broad Jump(80m)——床に伏せ、起き上がり、跳ぶ。それを延々と繰り返す。⑤ Rowing(1,000m)——ローイングマシンで1kmを漕ぐ。⑥ Farmers Carry(200m)——重いケトルベルを両手に提げ、姿勢を崩さず歩き続ける。⑦ Sandbag Lunges(100m)——砂袋を担いでランジ。⑧ Wall Balls(100回)——メディシンボールを持ちスクワットし、立ち上がりの勢いで壁の的へ投げ上げる。
これだけだ。コースは全て室内で行われ、天候に左右されない。タイムが計測され、世界共通のランキングに反映される。エリートアスリートも、週末ランナーも、同じフィールドで戦う。世界55万人以上が、この競技に熱狂している。一言で言えば、人間の「続ける力」を、徹底的に試す場だ。
その大阪大会に、直前に体調が崩れた。体の奥底から何かが抜けていくような感覚があって、レースどころではなかった。
一晩、考えた。正確に言えば、考えたというより、天井を見つめながら時間をやり過ごした。
翌朝、エントリーをキャンセルした。
それでも僕はすでに大阪にいた。会場もすぐそこ。だから僕はマスクをつけて、会場へ向かった。見るだけのために。
会場の空気は、独特だった。
上半身裸の男たちが、颯爽と走っていた。汗と熱気と、何か剥き出しの意志のようなものが、フロアに満ちていた。人々は叫び、笑い、苦しみ、それでも足を止めなかった。僕はその端っこに立って、ただ見ていた。まるで映画館で、自分が出演するはずだった映画を、客席から眺めているような気分だった。
しばらくして、Instagramを開いた。
知り合いの写真や動画が次々と上がってきた。フィニッシュラインを越える瞬間。満面の笑み。メダルを首にかけた姿。僕はスクロールしながら、声に出さずに呟いた。
——カッコいいな。いいな。
本当はそこに、僕もいるはずだった。
何年ぶりだろう、こんなに悔しいと思ったのは。悔しさというのは不思議なもので、怒りとは違う。静かで、重くて、なかなか消えない。一週間ほど、その感触が体の底に沈んでいた。歩くたびに、思った。這ってでも完走すべきだったと。それは合理的な判断ではないとわかっていても、そう思わずにいられなかった。
ある日、ジムの仲間から聞いた。次の日本開催は8月らしい、と。
半年。あと半年も待たなければいけない。
モチベーションを維持できるだろうか。この悔しさを、半年間抱えていられるだろうか。いや、そもそも一度も完走していない自分が、このまま次を待ち続けることに、何か大切なものを失ってしまうような気がした。
僕はFind Your Raceを開いた。
5月、香港。
10秒ほど考えた。よし、とポチった。
5月9日、香港。
目標は、完走。それだけだ。タイムでも順位でもない。ただ、フィニッシュラインを越えること。それが今の僕にとって、すべてだ。
気がつけば、あと2週間もない。時間というのは、待っているときは果てしなく長く、動き始めると驚くほど速い。
これから少しずつ、僕とHyroxのことを書いていこうと思う。次回は、そもそもなぜ僕がHyroxに惹かれたのか、どんな準備をしてきたのかを書く。うまく走れるかどうかはわからない。でも、書くことはできる。
それで十分だ、今は。
