タンゴ顔ってどんな顔
「彼はいつも眉をあげて踊ってるね。皆それぞれにタンゴ顔があるねえ」
タンゴ顔。いわれてみれば確かに、アルゼンチンタンゴを踊っている時の顔つきは普段のそれと少し違うかも……。
(タイトルイメージ by Thé Tjong-Khing from Waar gaan we eigenlijk heen)
眉間にクールなシワの入る人、瞑想中のように半眼の人、幸せそうに眼を閉じているフォローしてる人も。一方、イェーイ、など掛け声付きで踊っている人はミロンガではまずいないし、パートナーとお喋りしながら踊っている人もあまり見かけません。そのせいか、傍目にはタンゲーロスはえらくシリアスにみえるようで、ホントに楽しんで踊ってるの? と聞かれたことも。確かに、他のペアダンスを踊っている人たちの輝く笑顔をみると思っちゃいますよね、なんでこう、内向きっていうか「タンゴ顔」なのワタシたち? って。
健全な社交
「まじめくさっているわけじゃないよ。でもね、不良に見えるようなことはしなかったのよ」
というのは大々先輩タンゲーラ。
「娘時代ミロンガに一人で行ったことなんてないわ。いつも母と一緒にだったわ」
時は1950年代、なので母親は自分も踊るためミロンガに行くのではなくて、娘の付き添いです。当然、母娘がいくようなミロンガは「きちんと」したものでなくてはなりませんでした。きちんとしたミロンガとは、
「照明は明るく、音楽は会話を邪魔しない程度で」来ている人は
「ちゃんとした服装で、ちゃんとした靴を履いて」いて
「踊るだけでなく、周りの人と話もして」いるような所。
もちろん、どんなに上品そうな雰囲気でも、高級売春宿の階下などで客寄せとして開かれていミロンガなんかは論外。これら「紳士たちの社交場」でのミロンガは「きちんとした」ミロンガと厳しく差別化されていました。従って、「きちんとした」女性の服装は、スリット入りドレスにピンヒールなどではありえませんした。
「高価なものじゃないけど、普段着じゃない、ちゃんとしたのを着てね。もちろん、おめかしはしていいのよ。母は私の髪を綺麗に編んでまとめてくれて。ちゃんとお化粧もしたわ」
一方、男性は
「きちんと散髪して髭もあたってね。ちゃんとした革靴でね。うちの父親はいつもいってたわ『まともな靴はいたことない奴は、気取った服着てても歩き方ですぐわかる』って」
あー、ガウチョは、ミロンガに来る前に貸衣裳屋で着替えてくるけれど、借り物の靴が足に合ってないっていう……。
「そんなヤクザ者はうちの近所では見かけなかったけどね!」
なるほど😅
「(女性は)冬は爪先が覆われた靴を履くの。サンダルは夏だけ」
確かに今は通年オープントゥのタンゲーラが多いですね。当時のミロンガでは、そういう季節感のあるキチンとした格好でテーブル席に腰かけている母娘のところに、髪も短くポマードで整え、これまたキチンとした服装の男性が礼儀正しくダンスを申し込みにやってくる(もちろんその前にカベセオずみなんでしょうけど)……すごい健全な社交ですねぇ。
「だから、踊る時もぺちゃくちゃしゃべったりしないのよ。話さなくても相手を感じられるでしょ」
なんでも当時は、曲と曲の合間もダンスフロアで男女はしゃべってはいけない、とか、それではあまりに不自然だから曲頭の30秒だけはいい、とか、ミロンガごとにいろいろな決まりがあったようです(現在のミロンガではそんなことはないです。念のため)。
昔のミロンガでのマナーや規則にはしかし、時代というだけでないシリアスな側面もあったようです。特にアルゼンチンでは軍事政権期、タンゴの自由な雰囲気を嫌った政権が風紀取り締まりという名目でミロンガやコンサートに様々な圧力を加えたので、不健全な集まり、と付け込まれないよう主催者の方もいろいろな手を打たざるを得なかったからです。
どうやら「タンゴ顔」の一端はこういう、健全と不健全、自由と不自由の間で続いてきた歴史にもあるようですね。タンゴを長く支えてきた「近所」のミロンガは健全志向だったおかげか、今でもほとんどのミロンガではお酒か何かでベロベロ、なんて人は見かけません。でもですよ、じゃあ、セクシードレスにピンヒール、薄暗い中で踊る、なんていうのは邪道なんですかね?
「ああいう、あしを上げて踊るのは、わたしのタンゴじゃないね」
……わたしのタンゴじゃない。さすが大々先輩、含蓄ありますね。長い間にいろんな人が、いろんな踊り方をしてきたわけですしね。それをみんな見てこられたわけですしね。……でも、先輩、今どきのタンゴもやっぱりタンゴですよ~。だって「話さなくても相手を感じられる」わけだから。感じることに集中して、みんな「タンゴ顔」になっちゃってるわけだから……。ともかくも、今宵は先輩方に敬礼、クラッシックな黒のクローズ・トゥの靴にグロリア・アーキンバウばりのシリアスフェースで踊ってみようかしらん。
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