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さらば、ブエノスアイレス!

働けど働けど先の見通しは立たない。日々の糧にさえ事欠き、このままではここで野垂れ死ぬのを待つだけ……。そんなふうに追い詰められた何百万人もの人たちが、19世紀末から20世紀初頭、好景気に沸くアルゼンチンに移住しました。「大移民時代」に流れ込んだ移民たちの音楽とダンスが、それ以前に流れ込んでいたアフリカ系や原住民の音楽・ダンスと混交してアルゼンチンタンゴはできあがり、高まる経済力にのって時をおかずに北米、ヨーロッパ、そして全世界へと広がっていきました。その始まりからして、アルゼンチンタンゴと経済は切っても切り離せない関係にあるといっていいでしょう。
(タイトルイメージ:映画『Adiós Buenos Aires』より)

 時代は下って1980年代、フォークランド紛争で英国に敗れたアルゼンチンの軍事独裁政権がついに瓦解し、民主制が戻ってタンゴへの抑圧も解けたものの、積年の経済問題は一向に解決されず、ついに2001年、アルゼンチンは債務不履行(デフォールト)に陥ります。そのため、外貨の引き出しを制限するための預金封鎖措置などがとられ国民生活は甚大な影響を受けました。German Kral 監督の映画『Adiós Buenos Aires 』は、怒るべきか、泣くべきか、それとも笑うしかないのか、という当時の空気をよく表しています。


 主人公フリオはブエノスアイレスで親から継いだ靴屋を続けながら、セミプロのタンゴバンドで演奏するバンドネオ二スト。アルゼンチンでの生活に希望を見いだせない彼は、心機一転ドイツに移住しようと考えますが、ティーンエージャーの娘は別れた妻になつき、気になる男の子もいるしで彼の提案に耳を貸しません。なぜわざわざドイツなのかというと、フリオはドイツからの移民の息子なので親からドイツ国籍を受け継いでいるからです。

 移民の国アルゼンチンでは多重国籍の保持が認められており、父母だけでなく祖父母などから「血の権利(ius sanguinis)」として受け継いだ、複数の国籍をもつ人は稀ではありません。国境をまたいで移動する・せざるを得ない人たちの視点からみると、国籍というのはある意味夢のような資格です。これを持っていると、厄介な就労ビザの取得をせずとも、移り住んだ日からその国で働き、社会の一員として生活することができるわけですから。

 2001年のデフォールトの後、アルゼンチンタンゴのダンサーや教師たちの中にも、移住という形で外国に拠点を移した人が少なくありませんでした。移住先としては、ブラジル、アメリカなどのほかにも、スペイン、イタリアなどが血統による国籍を持っている人が多く、言葉の面でも負担が少ないので人気がありました。また、EU加盟国の国籍を持っている人は、他の加盟国での就労・留学などが比較的容易にできるので、芸術大学・大学院への留学などもふくめて、EUの第3国への移住を選んだ人もいました。

 軍事政権を嫌ってヨーロッパに亡命した一世代前の人たちと違い、デフォールトの後に移住した彼らはいわば経済移民なのですが、面白いことに、統計上の数字にはそれと表れません。なにしろ移住先の国のパスポートを持っているわけですから、「国民」が帰ってきただけで、外国からの「移民」とみなされないからです。

 彼らの「帰還」は2000年代のヨーロッパでアルゼンチンタンゴ人気を加速しました。素敵な先生、見本にしたいダンサーが身近にいる、というのはやはり大きく、人気タンゴショーや Strictly Come Dancing などのTV番組よりデフォールトのほうがタンゴ盛り上げ効果が大きかった、という意見もあるぐらいです。以後四半世紀にわたってアルゼンチンで経済危機が繰り返されるなか、ダンサーだけでなく、ミュージシャンなどタンゴ・アーティストの「避難」は繰り返され、結果、ヨーロッパ各国とアルゼンチンのタンゴシーンは同期を強めてきました。

 移住イコール永住ではなく、アルゼンチンの景気が上向くと帰国したりと柔軟な対応をしているタンゴ・アーティストたちですが、その歩みは決して容易ではなかったようです。タンゴ関係のキャリアをあきらめた人も多く、また、移住先で生まれ育った子供たちとの文化ギャップやアルゼンチンで老いていく親の世話といった現実的な問題にも直面してきました。

 世界景気とタンゴ需要にのって絶え間なく行ったり来たりする人の流れのなかで、個々のアーティストの人生だけでなく、タンゴも変化し、ある意味消費されていく側面がでてくるのは避けられないことかもしれません。何が正統なタンゴなのか? どういう変化が進化で、どういう変化が退化なのか? このあたりの考え方はみんな微妙に違っていて、議論が難しいところですが、消費とリニューアルがポップカルチャーのダイナミクスなのだとすれば、タンゴの「生きている」部分が変化するのは当然であり、その最前線にいる移住者たちにとって、伝統と現在性のバランスの模索は、ただの議論ではなく、自分たちの生存をかけた行為なのかもしれません。

 また話がそれてしまいましたが、さて、フリオ、アルゼンチンからの脱出を試みるも、難題が次から次へと降りかかる! 果たして彼は無事ドイツで人生の再出発を果たせるのか? 続きはぜひ映画をご覧ください🌹
2025©Rico Unno, CC BY-ND


▶️移民のタンゴ

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