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【私のこと⑤】家出してみた/夫婦再起動〈後編〉

前編はこちら


帰った我が家では旦那と子どもたちが出迎えてくれた

旦那の反応は「あっママ帰ってきた!おかえりー。寂しかったよー。」と泣き真似をしてハグしてくれた。

子どもたちの前でハグすることで仲直り出来た

安堵。幸せ。望んだことが現実になった。

その夜、あの言い方は嫌だったことを伝えた。「ごめんね。」と謝ってくれた。
私も素直に「いいよ。」と答えることができた。

肝心の自転車も新車を買ってくれるって。


一言が引き金になる

中古でいいんじゃない?」はトリガーにすぎなかった。

夫への不満がずっと溜まってたんだ。

・朝はギリギリまで寝てる
・飲みに行って朝帰りする。たまにね。
・不登校の相談や送迎は私だけ
・子どもたちへの当たりが強い
・運動会や七五三も他人事
・「誰が稼いでると思ってるんだ」と怒鳴ることもある

私のキャパオーバーの結果、日々の積み重ねが私の中の“怒りのスイッチ”が押されたのだ。
そして、自転車代もすっと出せない自分の不甲斐なさにもイラついていた。

 ケンカをしたあとにはお互いに落としどころって考えると思うんだけど、
もしあのとき、モヤモヤしたまま自宅に帰っていたら、私はまだ根に持っていたと思う。
一生グチグチ言っていたと思う。
家出したことで、自分が何を求めていたのか自分がどうありたいかを深く考えることができた。


家出の副産物

一番の収穫は「ママがいなくても全然平気だったよ」って言葉。

旦那はそう言うと確信してた。普段から言ってるから。

以前までは「子育ての大変さを思い知れ!!悲鳴をあげろ!!私の気持ちを分かれ!!」が強くて、「大変だった〜」って言葉を期待してた。

でも今回はママがいなくても生活ができる証明がほしかった。

だからこれからは心置きなくおまかせできる!!今後は計画的に旅行に行ける!

私が留守中は子どもたちも協力はしてくれて、特に問題なく過ごせたよう。
そして、全然ママを恋しがらなかったみたいー。それはそれでさみしいけども。
普段からママに甘えすぎな旦那、子供たちなので、たまには母不在でも生きていってほしいなと思う。



甘えられる自分に出会えた

そもそも、家出ができるってことは幸せなこと。旦那がとやかく文句を言わなかったことで今回の家出が遂行できた。

・旦那が私のわがままを見守ってくれたこと。(どうしたらよいか分からなかっただけかもだけど)それは大きな愛だよなと捉えた。

・41歳にもなって実家に帰る娘を笑って受け入れてくれたのも嬉しかった。母に心から甘えられることを体験できた。

・子どもたちも特におねぇちゃんには私の気持ちを全部ぶちまけて心配をかけてしまった部分はあるが、パパに仲直りするにはどうしたらいいかを投げかけてくれていた。おねぇちゃんが一番の理解者で応援してくれた。とても心強かった。

家出をさせてくれた夫、
笑って迎えてくれた母、
理解してくれた子どもたち、
みんなに甘えられた。

41歳の「全力のスネスネ期」だったけど、みんなが全力で受け止めてくれた。

まるで“4歳の私のやり直し”をさせてもらったような幸せな時間でした。


まとめ


怒りの奥には「どう生きたいか」が隠れているということを体感できた数日。

不満が1点見えてしまうと、視野が極端に狭くなる。
普段旦那がやってくれることさえも忘れてしまう。
だからもう一度。
夫の良いところにも意識的に目を向ける。
・頼んだ家事はやってくれる
・幼稚園の送迎はしてくれる
・コンロ周りがピカピカ
・激務の中でも仕事を嫌がらず出勤している

自分ができないことをやってくれている、
ほんとに尊敬すべき相手であると思えた。

旦那のおかげでこの生活ができている。
温かい部屋で眠れる。
お風呂に入れる。
ごはんが食べられる。

感謝に変わった。

そこの根底は忘れちゃいけないね。



家出って逃げじゃなくて自分を取り戻すための時間だった。

家出したいって気持ちになったら、
ぜひご連絡を。気持ち吐き出してね。
経験者のわたしが全力で応援します!!
後押しします!!
さぁレッツ家出!!!

おまけ

義実家にもバレた家出劇だった(笑)
義母は「そんな気持ちになることあるわよね」と笑ってくれて、
義父は「新しい自転車買ってやれ!」と論点ズレ気味で応援。それでも「家出は初めてだったんだろ?お母さんのいる家に帰りたかったんだなー」の言葉に救われた。

次、家出するときは茨城の義実家にいこうっと。笑

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