「ちゃんとしなきゃ」で走ってきた私の自己紹介 — 繊細さと不器用さを抱えながら、今の生き方・働き方にたどり着くまで
このnoteは
「ちゃんとしなきゃ」
「期待に応えなきゃ」
「迷惑をかけちゃいけない」
そんなふうに、自分でも気づかないうちにアクセルを踏み続けてきた私の自己紹介です。
このページでは、
私がどんな人間で、
どんな道を歩いてきたのかをお話しします。
もしどこか一部分でも、
あなたと重なるものがあれば嬉しいです。
「ちゃんとしているね」と言われてきた私
私は、転勤族の家庭に長女として生まれ、
国内外を転々としながら育ちました。

会社員の父、専業主婦の母、
5つ下の弟の4人家族。
小さい頃の家は、
(私の記憶の中では)
決して穏やかとは言えませんでした。
父と母の口喧嘩が多く、
空気がピリつくこともよくあって、
両親の喧嘩が始まると
私は自分の部屋で布団をかぶり
口論の声が聞こえなくなるまで
震えながらひたすら時間が経つのを
待っていたことをよく覚えています。
父はとても繊細な人で、
仕事が原因でうつ病になり、
休職することもありました。
子どもながらに、
家にいる父がほとんど何も話さず
ほぼ寝たきり状態であることに
大きな違和感を覚えていたことを
よく覚えています。
(これが、のちに私が今の仕事をする
きっかけとなった原体験でもあります。)
父を心配する自分。
でも母との喧嘩が勃発すると
あまりの恐怖に近寄れない自分。
家では、無意識のうちに
両親の顔色をうかがい
緊張していることが多かったと思います。
誤解なきよう付け加えると
父も母も
彼らなりの形で
たくさん愛情を注いでくれました。
それは間違いないです。
ただ、
2人の関係性のピリつきを感じると
不安でいてもたってもいられなくなる。
なるべく父と母に負担をかけないように
(無意識レベルで)
自然と“いい子”でいようと
していたように思います。
勉強も、習い事も、
できるだけちゃんとやる。
家でも学校でも、
「しっかりしているね」と言われる自分でいる。
それが、
自分の役割のように感じていたと思います。

はじめての「外れる」経験
小学校6年生のある出来事は、
今でも強く残っています。
学級委員をやっていた私は、
先生からの期待を一身に背負い
思うように動いてくれない
クラスメイトに向かって
つい強い言葉を使ってしまい、
そこから、
仲間外れのような状況になりました。
この経験は今でも鮮明に覚えていて
「自分の本音をそのまま出すと
周りの人は私から離れていく」
「私の感情はあまりにも強烈で
人を傷つけてしまうほどの
恐ろしいパワーがある」
という思い込みが
明確にこの時に作られたように思います。
あんなに「ちゃんとやってきた」のに。
あんなに「いい子」でいようとしてきたのに。
たった一瞬の一言で
全てが崩れてしまった。
家でも、クラスでも
心から安心できる場所がない。
このことが残した爪痕は
あまりにも大きすぎて
人の顔色をうかがい
本当の自分の姿がばれないように
びくびくしながら生きることが
自分を守るサバイバル術になっていきました。
「普通でいたい」と願っていた
中学生の頃、父の転勤でドイツへ。
私は海外に住んでみたいなどと
イチミリも思ったことはありませんでした。
ついていくしか選択肢がなく
泣く泣くついていきました。
インターナショナルスクールでの生活は、
私にとって簡単なものではありませんでした。
英語が思うように話せない。
人と自然に関われない。
自分に自信がない。
もちろん
そこでしかできない経験を
たくさんさせてもらい
楽しい思い出もたくさんあります。
この経験があったからこそ
今の私がいると思っていて
親にはとても感謝しています。
でも、3年間いたにも関わらず、
「自分が胸を張って納得できる」ような
海外生活は送れませんでした。
本当はもっと英語が話せるようになりたかった。
もっと日本人以外の友人をたくさん作りたかった。
正直、そんな悔いが今でも残っています。

日本に戻ってからも
帰国子女が多い高校に入学したことで
英語を流暢に話す周囲と比べて
「帰国子女らしくない」自分にひけめを感じ
かと言って、
いわゆる「日本の女子高生」らしくもない
そんな中途半端な自分に
どこかで劣等感がありました。
でも、そんなことをなるべく感じないように
部活に打ち込み
クラスメイトとの高校生活を
私なりに謳歌はしていたと思います。

とにかく
「普通の日本人でいたい」
そう思って、
大学では
「普通の日本の大学生らしい生活を送りたい」
と切に願い
テニスサークルに入り
学業もそこそに頑張りつつ
アルバイトをして、恋愛をして、
“みんなと同じ”をなぞることで、
安心しようとしていました。
実際に、大学生活は
いわゆる「大学生らしい経験」を
いっぱいすることができて
とっても楽しかったのです。
お酒を飲んで酔っ払って
醜態をさらしても
それでも離れずに一緒にいられる
一生の仲間ができたのもこの時。
私にとっては
「ありのままの私でも
ちゃんと居場所がある」
と心から思えた
大切な時期です。

どんなに頑張っても仕事で自信が持てなかった
充実していた大学生活から一変。
社会人になってから、
バランスが崩れ始めます。
仕事についていけない。
成果がなかなか出ない。
自分の理想に全く自分が追いつかない。
周りは認めてくれているのに
どれだけ頑張っても、
「できている感覚」が持てない。
要領も良くないので
「いつも残業している人」
の常連メンバーでした。
「自分は仕事ができない」
という自己概念がこびりついていたので
「たくさん仕事をしている」
「努力の姿勢を見せ続ける」
ということでしか
自分の存在意義を示せない。
そんな強迫観念もあって
仕事は一生懸命やりました。
周囲の人間関係にはとても恵まれて
たくさんサポートしてもらいました。
「あの人がいなかったら
今の私はいないな・・・」
そう思う恩人がたくさんいます。
なのに
彼らの心からのサポートを
ちゃんと受け取れず
過剰な責任感と罪悪感と完璧主義から
必要以上に自分を追い込んでいたと思います。
やっては燃え尽き
やっては燃え尽きを
繰り返していました。
一時は終電で帰って、
そのまま気絶するように寝る日々。
不規則な睡眠と食事
そしてストレスで
一時は顔中ニキビだらけになりながら、
それでも「頑張る以外の選択肢はない」
と思っていました。
「安心できる居場所」がほしかった
そんな中で、私が強く求めていたのは、
安心できる居場所でした。
早く結婚して、
自分の居場所をつくりたい。
でも、
いざ人と深く関わろうとすると、
不安が強くなりすぎてしまう。
距離が近づきすぎて、
関係がうまくいかなくなる。
そして32歳のとき、
ようやく婚約した相手との関係が破綻しました。
当時は婚約を機に
仕事も退職していました。
仕事もない。
パートナーもいない。
すべてがリセットされたような感覚でした。
あんなに頑張ってきたのに。
ちゃんとやってきたつもりだったのに。
「どうして、うまくいかないんだろう」
その問いが、
ずっと頭の中に残り続けていました。
はじめて「自分」に矢印が向いた
このとき初めて、
「もしかして、原因は外じゃなくて、
自分の中にあるのかもしれない」
そう思いました。
だって、頑張る人が幸せになる人生なら
私はきっと幸せになれているはずだから。
仕事にも
恋愛にも
真面目に向き合っていたはずなのに。
(私なりに)精一杯頑張ってきたのに。
成果が出るどころか
どんどんうまくいかない方に向かっている。
蟻地獄に足をつっこんでいるような
感覚がありました。
この仕事が悪い
あの人が悪い
この環境が悪い
自分以外のせいにすることで
なんとか自分を保ってきた私でしたが
もう言い訳はできない
そう直感しました。
ここから、
私の「自分を理解する旅」が始まります。
もともと私は、
人の話を聞くことが好きでした。
「この人は何を感じているんだろう」
「何を大切にしているんだろう」
人への好奇心が常にありました。
10年間営業職を続けられたのも
様々な人と関わることで
自分の好奇心が満たされていたからかも
しれません。
そして、
父が仕事で苦しんでいた姿を見てきたこともあり、
どこかでずっと、
「人が自分らしく働けるようにサポートしたい」
という思いがありました。
その思いから、
働く人をサポートする職業である
「産業カウンセラー」の養成講座に通い始めます。
それが、
今の仕事の原点です。
私の中にあった“扱いの難しさ”(HSS型HSP)
振り返ると私は、
人の気持ちや期待に敏感で、
自然と他者を優先してしまうタイプでした。
外では気を張って頑張れるのに、
安心できる親密な関係(特に恋愛)の中では
感情が溢れてしまう。
そして、
心と身体のコンディションの波が大きい。
頑張れる時は走り続けられるのに、
ある日突然、動けなくなる。
仕事を休んでは、
罪悪感で自分を責め続ける。
さらに、
新しいことへの好奇心も強い一方で、
刺激に疲れてしまったり、
急にエネルギーが切れてしまう。
今ならわかります。
これは、
HSS型HSP(刺激追及型HSP)という
気質の影響も大きかったのだと思います。
繊細だけど、刺激も求めたい。
だからこそ、バランスが難しい。
何度かうつ状態や
適応障害による休職も
経験してきました。
アクセルを踏みながら
ブレーキも踏み続けているような
消耗の激しい燃費の悪い車のような私。
自分でも客観的に見て
「私って面倒くさいやつだな」
と思っていました。
それが周囲にはバレないように
器用に振舞う術も身に着けていたので
どんどん自分でも自分が
わからなくなっていました。
それでも、自分をあきらめなかった
それでも私は、
この自分のままで生きていく方法を
あきらめたくありませんでした。
どうすれば自分を守れるのか
どうすれば無理なく力を発揮できるのか
どうすれば、本音で生きられるのか
学び、試し、失敗し、また試す。
幼少期の家庭環境や
学校環境で経験した強烈な痛みや恐れに
何度も向き合い
少しずつ自分を癒していきました。
同時に、
「人への興味がつきない」
「学ぶことが好き」
という自分の個性を生かして
心理学
産業カウンセリング
キャリア支援
コーチング
NLP
ヒプノセラピー
コンパッション・マインド・トレーニング
etc・・・
などなど、さまざまな分野の
学びを深めていきました。
そのプロセスを繰り返す中で、
少しずつ、
自分との関係が変わっていきました。
長年の問題だった
パートナーシップも
過去の痛みが癒され
自己受容が進んだことで
私の意識が少しずつ変わり
その結果
今の夫との結婚に至り、
念願だった子供にも恵まれました。

数年かけて
本来の自分を取り戻していったことで
「安心できる居場所がほしい」
という願いを
ようやく自分自身に
叶えてあげることができました。
さらに
様々な学びと内省を経て
自己理解が進むことで
自分に向いている仕事内容や
仕事の仕方が明確になり
会社員を卒業して
フリーランスとして
やりがいを持ちながら
今の仕事を続けることができています。

完璧じゃない”ありのままの私”
今の私は、
決して完璧な人間ではありません。
あれほど完璧であろうとして
身を粉にして働いて
がんばってきたのに(笑)
辿り着いた場所は
「完璧じゃない私で生きていく」
でした。
今でも
自信がない時もありますし
人と比べて落ち込むこともあります。
夫と大喧嘩をして
情緒不安定になり
「家出」をしそうになることもあります。
息子にイライラをぶつけて
罪悪感にさいなまれることもあります。
でもそれもまた
「自分の一部」であると
認めた上で
「自分の全てではない」
ということも知っています。
私の中には
愛情深く
慈悲深く
真面目で
誠実で
人が大好きで
人に喜んでもらうために
力を尽くそうとする
そんな私もいます。
そして、40歳を過ぎた今でも
自分のこれからの可能性を
あきらめていません。
「まだまだこれからやったるで」
と思っています(笑)
繊細さも、情熱も、可能性も
全部大切にしながら、
自分のこれまでの
経験
学び
スキル
才能強み
気質
性格
などなど
ありとあらゆる「私」を使って
目の前の人が
「ありのままの自分を受容して
自分の力を発揮して生きていける」ように
自分の命を使っていきたいと思っています。
もう少し知りたい方へ
ここまで読んでくださって、
本当にありがとうございます。
私の人生の物語があるように
これを読んでくださったあなたにも
きっとあなただけの人生の物語があると思います。
もし、お話する機会があれば
ぜひあなたの人生の物語も聞かせてください。
これからこのnoteでは、
HSP気質のある方や、
つい頑張りすぎてしまう方が、
心身をすり減らさずに自分を活かして働くためのヒントを
綴っていきます。
「今の働き方、このままでいいのかな」
「ちゃんとしなきゃ、で走り続けてきたけれど、少し疲れてきた」
「自分の繊細さや不器用さを、責めるのではなく味方につけていきたい」
そんな方に向けて、
私自身の経験や、
これまでの支援の中で見えてきたことを、
キャリアとメンタルの両面からお届けしていきます。
もし少しでも重なるものがあれば、
ぜひフォローして、これからの投稿も
読んでいただけたら嬉しいです^^
一人ひとりが
本来の自分を取り戻して
自分の全てを統合して
自分らしく生きていけるように
それを願いとともに
この自己紹介noteを閉じていきたいと思います。
読んでくださって
本当にありがとうございます!
*******
◆中村梨恵プロフィール
1978年千葉県生まれ。
上智大学文学部新聞学科卒業後、メーカーおよび広告代理店での営業職を経て学校法人に転職。大学キャリアセンターにて約8年間、学生のキャリア支援に携わり、2019年に独立。
心理とキャリアの両面から「自己理解」「自己受容」「自己実現」を支える1対1の支援を軸に、14年以上にわたり、のべ4,000名以上の相談・伴走に携わっている。
感情や思考の扱い、自己批判の強さ、人間関係の難しさなど、表に見えにくい内面の課題に丁寧に向き合いながら、一人ひとりが自分らしい在り方で選び、行動していくプロセスを支援している。
自身も感受性の高い気質を持つことから、HSP(Highly Sensitive Person)傾向のある方へのキャリア・ライフ支援や、コンパッションを育む実践にも注力。
「自分をミカタにする」をコンセプトにしたセルフコーチング手帳『らしく手帳』の開発や、ワークショップの企画・運営など、個人と組織の双方に向けた活動を行っている。
◆保有資格
・産業カウンセラー
・国家資格キャリアコンサルタント
・米国CTI認定CPCC(Certified Professional Co-Active Coach)
・国際コーチング連盟認定PCC(Professional Certified Coach)
・エレイン・アーロン博士認定・HSP専門キャリアコーチ・キャリアコンサルタント
・JBCH認定ヒプノセラピスト
・コンパッション・マインド・トレーナー(合同会社コンパッション・リーダーズ認定)
◆実績
・コーチング実績1000時間以上
・キャリアコンサルティング・カウンセリング実績 2300時間以上
・ヒプノセラピー実績 170時間以上
◆プライベート・趣味
・小学校4年生の息子と7つ年上の夫と都内で3人暮らし
・人間探求・自己探求が大好き。時間があれば、人の心や意識について、学んだり、自分自身を内省したりしているオタクです(笑)
・旅、温泉、自然、カフェに癒されてます。
・音楽(鑑賞、演奏、歌唱、LIVE参戦)大好き!
・最近はBMSGという音楽事務所を推しています(基本ビル推しですが、特にSKY-HI / BE:FIRST / MAZZEL / STARGLOW熱く推しています🎶)
*******
ここまで読んでくださって、
ありがとうございます。
もし今、
「このままの働き方でいいのかな」
「もっと自分を活かしたいけれど、
何から考えたらいいかわからない」
そんなふうに立ち止まっている方へ。
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