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中国は衰退へ、日本は再起へと向かうか

日中の経済を比較するとき、いまだに「中国は巨大で、日本は停滞している」という古い構図で語られることが多い。確かに規模だけを見れば、中国は依然として圧倒的である。IMFの2026年見通しでも、中国の実質成長率は日本を大きく上回る。

しかし、問題は成長率の数字そのものではない。重要なのは、その成長が持続可能な内需、雇用、民間投資、社会の安心感に支えられているかである。IMFは2026年の成長率を、中国4.4%、日本0.7%と見込むが、この数字だけで両国の基礎体力の変化は読み切れない。

作る力は強く、買う力が弱い中国経済

中国経済の最大の問題は、見かけの成長と実感の乖離である。中国国家統計局の発表では、2026年1〜4月の工業生産は前年同期比5.6%増、高技術製造業は12.6%増と好調である。

一方で、小売売上高は1.9%増にとどまり、固定資産投資は1.6%減、不動産開発投資は13.7%減、民間投資も5.2%減となっている。

しかも、4月単月の小売売上高は0.2%増とほぼ横ばいにとどまり、市場予想を下回った。つまり、中国は「作る力」はなお強いが、「買う力」と「投資する力」が弱っている。

この乖離は、企業収益との対比でも際立つ。1〜4月の工業企業利益は、前年同期比18.2%増と収益面はむしろ改善している。供給側は堅調なのに、需要側がそれに追いついていない。これが、いまの中国経済を貫く構図である。

ここに、習近平体制の政策上の限界が表れている。問題は、単純に「習近平が経済を理解していない」ということではない。経済運営の優先順位を、民間活力、消費、雇用の回復よりも、国家主導の産業育成、安全保障、自立自強に置きすぎたことが問題なのである。

AI、半導体、EV、ロボットなどへの集中投資は、国家戦略としては理解できる。しかし、それが過剰供給、価格競争、民間部門の萎縮、若年雇用の悪化を伴うなら、成長戦略は社会不安の温床にもなる。

若者の雇用に表れる構造矛盾

中国の若者雇用は、その矛盾を鮮明に映している。2026年の大学入試「高考」の出願者は、前年から45万人減り、1,290万人となった。ただし、これを、学齢人口の縮小と捉えるのは正確ではない。2026年に高考を迎える世代が生まれた2008年の出生数は約1,608万人であり、前後の年をむしろ上回っている。

減少の主因は、浪人(復読)を選ぶ若者の割合が下がったこと、職業教育への分流が進んだこと、留学が増えたことなどにある。とりわけ、大学を出ても良い仕事に就けないため、浪人してまで名門を狙う合理性が薄れたことは見逃せない。

中国の教育関係者の間では、高校学齢人口のピークは2029年ごろで、出生数が急増した2016年世代が高考を迎える2030年代半ばに、受験者数が再び増えるとの見方もある。足元の減少は、人口構造の転換ではなく、若者の進路選択の変化を映したものと見るべきだ。

その進路選択の背後にあるのが、深刻な就職難である。中国では16〜24歳の若年失業率が16%を超え、2026年には過去最多級の1,270万人の大学卒業者が労働市場に出ると報じられている。しかし、その多くが就職難に喘いでおり、寝そべり族といわれる若者も増えている。失業率は実際にはもっと悪いのではないかと、公表値そのものにも懐疑の声すらある。

AIが若者の入口を狭めるリスク

AIの加速は、この問題をさらに複雑にする。AIは本来、生産性を高め、単純作業を減らし、高付加価値分野を伸ばす技術である。しかし、中国のように若年層の就職難が深刻な国では、AIは「新しい雇用を生む技術」であると同時に、「若者が最初に経験を積む入口」を狭める技術にもなり得る。

事務、翻訳、営業補助、カスタマーサポート、基礎的なプログラミング、データ処理などは、まさに新卒・若手が担ってきた分野である。IMFは、AIが世界の雇用の約4割に影響し、先進国では約6割の雇用が影響を受ける可能性があると指摘している。

実際、中国では16〜24歳だけでなく、25〜29歳の失業率も2026年3月に7.7%へと上昇し、統計改定後で最も高い水準である。一部の市場関係者は、その背景に、労働市場の悪化に加えて、AIの普及があると指摘している。

日本の課題は、「仕事の不足」ではなく「人の不足」

一方、日本の課題は中国とは逆である。日本には仕事がないのではない。人が足りないのである。厚生労働省と文部科学省によれば、2026年春に卒業した大学生の就職率は、4月1日時点で98.0%に達し、調査開始以来2番目に高い水準となった。

卒業前の段階でも、内定率はすでに9割を超えている。リクルートワークス研究所の2026年卒の大卒求人倍率は1.66倍で、前年の1.75倍からは低下したものの依然として学生優位の市場が続く。とりわけ従業員300人未満の企業では8.98倍と、約9社で1人の学生を奪い合う極端な人手不足となっている。

この売り手市場は、若者にとっては好材料である。しかし、社会全体で見れば、深刻な供給制約でもある。建設、物流、介護、観光、外食、農業、地方製造業では、人手不足が成長の足枷になりつつある。

日本ではAIが雇用を奪うというより、むしろ人手不足を補うためにAIを使わざるを得ないことになっている。中国におけるAIは「過剰な若年労働力との競合」になりやすいが、日本におけるAIは「不足する労働力の補完」になりやすい。この違いは決定的である。

見え始めたデフレ脱却と成長戦略の課題

高市政権下で日本経済は、デフレ脱却に向けた政策の形が見え始めていると言って良いだろう。政府の2026年度経済見通しは、実質GDP成長率1.3%、名目GDP成長率3.4%、消費者物価上昇率2%程度を掲げ、民間消費と設備投資の増加を見込んでいる。

失業率が2.4%程度まで低下し、GDPデフレーターは2.0%上昇していることから、政府が、名目成長、賃上げ、投資拡大を軸に経済を動かそうとしていることは明らかである。

もちろん、高市政権の成長戦略が成功するかはまだ分からない。AI、半導体、造船、防衛、宇宙、量子、バイオ、コンテンツ、観光、地域産業クラスターといった重点分野は、方向性としては妥当だが、補助金を配るだけであれば産業が育つのは難しい。

規制改革、電力・エネルギー供給、人材育成、スタートアップ資金、地方大学との連携、公共調達の改革まで、一体で動かせるかが問われる。ロイターも、日本企業の設備投資は、地政学リスクで一時鈍化しているとする一方で、省力化・生産性向上投資への需要は残っており、政府は半導体や造船など戦略分野への投資促進を進めていると報じている。

株高をどう読むか

株高についての評価も考える必要がある。日経平均は2026年6月3日に史上初めて6万8千円台に乗せ、終値は6万8,402円となった。AI・半導体関連株が相場をけん引し、その2日前の6月1日には、ソフトバンクグループの時価総額がトヨタ自動車を抜き、国内首位となった。

ソフトバンクが、終値ベースでトヨタを上回るのはITバブル期の2000年以来であり、国内首位は1998年の上場以来初である。これは、ものづくりの象徴から、AI・投資主導の評価軸への交代を映す象徴的な出来事ともいえる。

ただし、この上昇は一部の値がさ株への極端な集中によるものでもある。2026年4〜5月の日経平均の上昇は4銘柄が主因で、TOPIXを12ポイント上回り、日経平均をTOPIXで割ったNT倍率は17倍前後と過去最高圏に達した。

5月半ば時点では、アドバンテストと東京エレクトロンの2銘柄だけで、年初来の上昇幅の約3割を説明できる状態であった。そのため、現在の株高は、日本経済全体への全面的な信任というより、AI・半導体・円安・財政期待に集中した結果という人もいる。

かつての日本株は、低成長、低インフレ、低賃金、企業の内部留保、資本効率の低さを反映したものであった。しかし、今ではその評価の軸が変わったと言って良い。少なくとも海外投資家は、現在の日本に再評価の余地があると見始めている。そのため、今後も株価の上昇は続く可能性が高い。

高市政権への市場の期待は、積極財政そのものではなく、デフレ心理を壊し、名目成長を取り戻す可能性に向けられている。一方で、円安、長期金利上昇、財政規律、エネルギー価格が同時に悪化すれば、株高は一転して急落するリスクもあると考えるのが、現時点での正しい見方であろう。

人口減少が持つ意味は日中で異なる

人口問題では、日中双方に重い課題がある。日本はすでに少子高齢化の先進国であり、2024年の出生数は68万6,173人、合計特殊出生率は1.15まで低下し、いずれも過去最低を更新した。これは社会保障、地方経済、防衛力、教育、住宅、消費市場のすべてを制約する。

中国も人口減少局面に入り、2024年時点で人口は3年連続で減少した。死亡数が出生数を上回り、労働力縮小と高齢者扶養負担の増大が避けられない。中国の人口減少は、この先日本以上に深刻な加速状態になる可能性があるとも言われている。

ともに人口減少社会に突入しているが、人口減少の意味は日中で異なる。日本はすでに高齢化社会に適応する制度、医療、介護、地方自治、企業経営の経験を蓄積している。中国は、所得水準が十分に高まる前に高齢化が進む未富先老のリスクを抱えている。

しかも、中国では若年失業、不動産不況、地方債務、社会保障不足が同時に進んでおり、人口減少は単なる労働力不足ではなく、国家統治の正統性にも関わる問題ともなっている。

国際情勢と外交が分ける立ち位置

国際情勢も、両国の評価を分ける。中東紛争の長期化は、エネルギー輸入依存度の高い日本にとって明確なリスクである。OECDは、中東情勢が長引けば世界成長を大きく押し下げ、インフレを再燃させる可能性があると警告している。

日本にとっては、原油・LNG価格、円安、企業収益、家計負担が同時に悪化する危険がある。一方、中国は、輸出力と資源外交で一定の耐性を持つが、外需依存が強まれば、米欧との摩擦、過剰生産批判、制裁リスクにさらされる。

外交面では、中国の存在感は依然として大きい。一帯一路、巨大市場、重要鉱物、製造業、安保理常任理事国というカードは強力である。中国は、一帯一路を再構築し、グローバルサウスにおける影響力を維持しようとする意欲を隠していない。

しかし、その影響力は同時に警戒感も生む。技術流出規制、投資規制、経済的威圧、台湾問題、南シナ海問題は、各国に「中国依存のリスク」を再認識させている。中国が巨大であることは事実だが、巨大であるほど、相手国は距離の取り方を考えるようになる。

日本の外交的存在感は、中国ほど圧倒的ではないが、高市政権になり徐々に存在感を示し始めている。自由で開かれたインド太平洋、経済安全保障、サプライチェーン再構築、ODA、インフラ支援、技術協力、日米同盟を通じた信頼を基盤にした影響力が出始めている。

インド太平洋諸国では、米国への不安と中国の台頭を背景に、防衛協力や経済安全保障上の連携を深める動きが強まっている。この環境は、日本にとって追い風である。

大きいが重くなった国と小さいが再起する国

結論として、中国は「大きいが、重くなりすぎた国」である。製造業、AI、輸出、国家資本の動員力はなお強い。しかし、不動産不況、内需不足、若年失業、民間投資の低迷、人口減少、対外不信が同時に進めば、成長率の数字とは別に、国の活力は徐々に鈍る。衰退は突然来るのではない。数字上は成長しているのに、人々が未来を信じなくなる形で進む。

一方、日本は「小さくなったが、再起の条件がそろい始めた国」である。人手不足、人口減少、財政赤字、エネルギー制約という問題は深刻である。しかし、裏を返せば、省力化投資、AI活用、賃上げ、地方産業再編、戦略産業育成が機能すれば、長く眠っていた生産性向上の余地が一気に表面化する可能性がある。

したがって、現時点での仮説はこうである。中国は、規模の大きさにあぐらをかき、国家主導の産業政策を優先しすぎた結果、若者、民間企業、消費者の活力を失いつつある。日本は、遅すぎたとはいえ、デフレ脱却、賃上げ、投資拡大、AI活用、経済安全保障を軸に、ようやく再起の入口に立った。

中国はなお強いが、下向きの流れが強くなっており、日本はなお弱いが、上向きに転じる条件が見え始めている。問題は、この差を政策の実行力に変えられるかである。高市政権の成長戦略が本物であるかどうかは、株価だけでなく、賃金、設備投資、地方産業、出生率、そして若者が未来を信じられるかによっても判断されるべきである。

巨大な隣国に怯えない国家へ

最後に確認すべきは、日本がいつまでも中国の巨大さに怯える必要はないということである。中国は確かに大国であり、軍事力、経済規模、製造力、資源外交の面で大きな影響力を持つ。しかし、その巨大さは同時に、不動産不況、若年失業、人口減少、民間活力の低下、対外不信という重荷を抱えた巨大さでもある。

日本がなすべきことは、中国の圧力に一喜一憂することではない。技術力、人材の質、自由で開かれた制度、信頼される外交、精密なものづくり、地域産業の底力といった日本自身の優位性を、したたかに磨き直すことである。

中国が経済的、外交的、軍事的な圧力をかけてきたとしても、それに屈しない国家の強靭性を築くことが、日本再起の前提となる。サプライチェーンを多元化し、重要技術を国内外の同志国と守り、AIや半導体、防衛、エネルギー、食料、医療といった基盤分野を強化する。

そのうえで、若者が将来に希望を持ち、企業が国内に投資し、地方が再び成長の現場となる経済をつくることが重要である。

中国を過小評価してはならない。しかし、過大評価して萎縮する必要もない。中国が本当に恐れているのは、日本が再び強靭な国家となり、経済的にも外交的にも、自分たちの圧力に屈しない国へと立ち直ることなのかもしれない。

さらに言えば、その日本の姿が中国国民の目に映り、「自由で、豊かで、強靭な隣国」という比較対象として意識されることを、共産党指導部は何より警戒しているようにも見える。

中国経済の失速や若年失業の深刻化に対して、国民生活の再建よりも統制と体制防衛を優先している現実は、その関心の所在を如実に物語っている。

これからの日本に求められるのは、巨大な隣国に怯える国家ではなく、自らの強みを冷静に見極め、それを磨き上げ、必要な場面では毅然と立ち向かう国家である。

日中経済の分岐点とは、中国の行方を眺めるだけの問題ではない。日本が自らの優位性を再発見し、圧力に屈しない強靭な国家へと進化できるかどうかが、問われる局面となっている。その意味で、日本外交は新たなフェーズに入ったと言って良いだろう。

高市政権になり、物事を相手にしっかり物事を伝える姿勢が明らかとなってきた。そのことを危惧する人もいるが、相手に気を使い伝えることも伝えることができなかったのが、今までの日本である。新たなステージを迎えようとしていることを、大いに歓迎したい。

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