斉藤ななこ 2026 04 03 物語
DRIFT断片ログ #01
「入れなかった夜」
そのドアは、何も言わない。
音もないし、光もない。
ただそこにあるだけなのに、
近づくと少しだけ、街のノイズが薄くなる。
「ここだよ」
うさぎはそう言って、隣の彼氏の腕を引いた。
「ほんとに?なんもなくね?」
彼は笑っていた。
軽くて、どこにでも入れるタイプの笑い方。
同じウサギ族。
ノリも、呼吸も、だいたい同じ。
「まぁいいや、行こ」
ドアの前に立つ。
誰も並んでいない。
でも、誰かはいる。
見ていないふりをしている人たちが、
確実にこちらを“見ていない”。
「ID」
短い声。
紙のIDを出す。
少しだけ緊張しているのが、自分でもわかる。
スタッフはそれを受け取らない。
代わりに、うさぎを見る。
目。
呼吸。
立ち方。
ほんの一拍。
「OK」
「え?」
うさぎの声が少しだけ上がる。
ルールは守ってる。
IDもある。
現金もある。
スタッフは何も言わない。
ただ、次を見る。
「じゃあ、俺は?」
隣の彼氏が、軽く聞く。
視線が移る。
一瞬。
「……今日は無理」
「は?」
彼は少し笑う。
「いや、なんで?初見とか関係ある?」
答えはない。
少しだけ、空気が重くなる。
うさぎは一歩引いた。
彼も、それ以上は言わなかった。
少し離れた場所で、うさぎは笑った。
「何で?」
「まぁ、そんな日もあるっしょ」
彼は軽く言う。
でも。
“そんな日”って、なんだろう。
同じウサギ族なのに。
その日は彼氏は、そのまま帰った。
帰り道、何度か振り返った。
ドアは、何も変わらなかった。
断片
ルールはあるらしい。
でも、説明はされない。
入れる人と、入れない人がいる。
同じでも、違う。
理由は、たぶんある。
でもそれは、
聞いても教えてもらえない種類のものだ。
log:01
入れなかった夜
理由:不明
DRIFT断片ログ #02
「朝方のファミレス」
朝方のファミレスは、少し明るすぎる。
夜のまま来た人と、
これから一日を始める人が、
同じ空間にいる。
うさぎは席に座って、スマホを置いた。
画面が光る。
未読 12件
「あ」
彼氏からだった。
「どうだった?」
「入れた?」
「俺ちょっと離れた」
「なんかしらん人と飲んでる」
「そっちは?」
「まだいる?」
「返信ないんだけど」
「まぁいいや」
「帰るわ」
スクロールが止まる。
最後の一件。
「また今度な」
うさぎは画面を閉じる。
ドリンクバーに立つ。
氷の音。
機械の音。
普通の音。
席に戻る。
ストローをくるくる回す。
ドアが開く。
冷たい空気と一緒に、彼氏が入ってくる。
「あ」
「おー」
軽く手を上げる。
向かいに座る。
少しだけ、間。
「どうだった?」
彼氏が聞く。
「入れた」
「マジで?」
「うん」
一瞬だけ、沈黙。
「そっか」
彼氏はメニューを開く。
いつも通りの動き。
「そっちは?」
「なんかしらん人と飲んでたわ」
「なにそれwww」
「いや、あそこにいたやつ。入れなかった組」
「あー」
「“今日はダメな日”とか言っててさ」
「へぇ」
「意味わかんねーけど、まぁいいかって」
うさぎはストローを止める。
「楽しかった?」
「まぁ、普通に」
少しだけ考えてからの答え。
「そっちは?」
「……よかったよ」
それだけ。
会話が止まる。
同じテーブル。
同じ朝。
でも、少しだけ違う場所にいるみたいだった。
彼氏が言う。
「さ、帰る?」
「うん」
二人で立ち上がる。
外はもう、昼に近い色をしている。
断片
繋がっていたはずの時間が、
途中で分かれることがある。
同じ場所にいても、
同じ夜を過ごしていない。
それはたぶん、
説明できる種類の違いじゃない。
log:02
朝方のファミレス
状態:接続不良
