見出し画像

きっかけは些細なことから〜先祖調査の不思議な旅②

過去に別のブログサイトに掲載したいくつかの記事を、「先祖調査の不思議な旅」と銘打って、まとめて加筆転載しています。私“ふることや”が人様の先祖調査に携わることとなったきっかけや、まだまだ数少ないですが、ご依頼案件から得た学びなど、差し支えのない範囲でお伝えできればと思います。

父の死を機に、ずっと気になっていた先祖のことを調べなきゃと思ったのも束の間、日常の慌ただしさにかまけて「そのうちに、そのうちに…」と後回しにしているうちに、1〜2年があっという間に過ぎ去りました。

そんなある日、かつて父方先祖が暮らしていたと思われる土地を偶然訪ねる機会がありました。山陽地方の城下町から川沿いを遡った谷間にある、古くは一帯が荘園だったという歴史をもつ村でした。稲刈りが済んだ田んぼの畦道を、一人自転車で駆け巡りました。

よく、初めて来た所なのに懐かしく感じる、なんていいますが、そのとき私が感じたのは、魂が震えるような、いわく言い難い感覚でした。田んぼの真ん中で魂が震える、可笑しいですね、我ながら。

父の一家は、父が生まれる前に田舎を離れ都会へ出ていましたが、戦時中、父とその兄妹たちは、母親の生まれ故郷であるこの土地へ疎開させられたようです。

親戚の家の子に邪険にされたり、いろいろ辛かった思い出を聞かされたものです。

幼い父は、毎日どんな心持ちでこの美しい田んぼの景色や山並みを眺めていたのだろう…そう思いながら眺めるうちに、なにより親と離れて寂しかった父の気持ちが手に取るように感じられたのです。

小春日和の午後、名残り惜しい気持ちを振り切って、先祖が暮らしていたという土地を後にしたのでした。

その後、興味のおもむくままに戸籍を遡り、当時勤務していた図書館で、退勤後の時間にその地方の郷土史資料などにあたってみました。

最初はなかなかこれという情報が見つからず、「無名の一家族のことなんて載ってないよね」と、当時の新聞写真などを集めた資料をパラパラとめくっていたその時、ページの端に「あれ?」、一瞬祖父のフルネームが見えたのです。

これを糸口として、祖父がその地で製粉の仕事をしていたこと、所属組合から永年操業で表彰されていたことがわかり、芋蔓式で資料にあたっていくことで、明治以降の曽祖父や祖父の時代のことがある程度判明したのでした。

気になったのは、戸籍の転籍記録によると、永年操業で表彰された僅か数年後に、なぜか一家で県内の都市部へ引っ越していること。当然、田舎での製粉という生業を捨てて…一体なにがあったのか。

「夜逃げして来たって聞いたことあるよ」

この時、弟が生前父から聞いたという言葉が、急に現実味を帯びて感じられたのです。

昭和の初め、5〜10年ぐらいの世相を思う時、昭和恐慌の荒波が田舎の名もなき一家にも否応なく押し寄せたであろうことは容易に想像がつきました。債権者のお立場からすれば、夜逃げは決して許されるものではありませんが、偶然見つけた資料がきっかけで、当時の一家の苦労、その後に生まれた父の境遇についていろいろと思いを馳せることとなりました。

いいなと思ったら応援しよう!

旅するふることや よろしければ応援お願いします。いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます。