3歳娘は、好きな人を全員同じ場所に集めたい
娘の世界が広がった証拠は、かなり強引だった
その朝、娘はかなり合理的な提案をした。
「〇〇先生も、ばあばのお家に一緒に行けばいいよ」
なるほど。
そう来たか。
その日は妻の帰りが遅く、娘は母方のばあばの家に預かってもらうことになっていた。
朝、妻が娘に言った。
「今日はばあばのお家に行くから、こども園はお休みだよ」
すると娘は言った。
「〇〇先生と遊びたかった!」
こども園には行けない。
でも先生とは遊びたい。
だったら、先生がばあばの家に来ればいい。
3歳児の解決策は、いつも現実条件を軽々と飛び越えてくる。
園の予定。
先生の勤務時間。
ばあばの家の受け入れ体制。
そういうものは、一旦すべて横に置かれる。
娘の中には、ただ一つの原則がある。
「好きな人は、同じ場所にいればいい」
シンプルである。
そして強い。
その後、私が家を出る時間になった。
出勤しようとすると、娘は「や」と言いながら、私の脚にしがみついてきた。
最近、朝の別れ際にこうなることがある。
ただ、この日は明らかに寂しそうだった。
娘は私に聞いた。
「何時に帰ってくる?」
「今日は早く帰ってくるよ」
そう答えると、娘は言った。
「早く帰ってきてね」
この一言を聞くと、父親は弱い。
かなり弱い。
私は「帰ったら遊ぼうね」と言って、家を出た。
その日は、定時で仕事を終えた。
朝あんなに「早く帰ってきてね」と言っていたのだから、きっと喜んでくれるはずだ。
父、やる気である。
かなり前向きな帰宅である。
玄関を開けた。
娘の声はしなかった。
リビングに入っても、誰もいない。
おもちゃはある。
絵本もある。
でも、娘はいない。
父、帰宅。
家、無人。
少し寂しい。
いや、普通に寂しい。
朝の「早く帰ってきてね」はどこへ行ったのか。
しばらくして、妻が娘を抱っこして帰ってきた。
娘は寝ていた。
完全に寝ていた。
父の帰宅イベントは、開催前に終了していた。
妻に聞くと、娘はばあばの家でかなり楽しく過ごし、帰り際には駄々をこねていたらしい。
「ばあばともっと遊びたい!」
「今日ばあばのお家にお泊まりする!」
朝、私に「早く帰ってきてね」と言っていた娘である。
その娘が、夕方には「お泊まりする」と言っている。
父親としては、少し複雑である。
いや、だいぶ複雑である。
でも、朝のあのしがみつきは何だったのか。
その後、ばあばが娘に言ったらしい。
「明日ばあば用事あるし、車も運転できないから、こども園に送れないよ」
すると娘は、こう言った。
「ママが抱っこして歩いて運べばいいの」
すごい。
解決策が力技である。
3歳児の物流計画である。
現場負荷が高すぎる。
なんとかなる。
ならない。
たぶん、ならない。
移動距離。
荷物。
翌日のこども園。
ママの腰。
そういう現実条件は、計画書に入っていない。
かなりざっくりした輸送計画である。
妻が言った。
「ママ重いから嫌だよ」
当然である。
腰は有限である。
さらに妻は言った。
「パパに今日早く帰ってきてって言ってたじゃん」
「パパお家に帰って、〇〇ちゃんがいなかったら寂しいんじゃない?」
ここで娘は、少し考えた。
「うーん」
と悩んだ。
この「うーん」が、私はかなり好きだ。
それまで娘の頭の中は、たぶん「自分が誰と遊びたいか」だけで動いていた。
でもこの時、初めて別の視点が入った。
「自分が家にいなかったら、パパは寂しいかもしれない」
自分の「遊びたい」だけではなく、相手の気持ちを、3歳なりに想像した。
ただ、娘の結論はこうだった。
「でも、ばあばと遊びたい」
正直である。
とても正直である。
パパが寂しいのは分かる。
それでも、ばあばとも遊びたい。
この気持ちも本物である。
そして娘は、さらに考えた。
その結果、出した答えがこれだった。
「じゃあ、ばあばもお家に来て!」
なるほど。
そう来たか。
朝は「先生も、ばあばのお家に行けばいい」。
夕方は「じゃあ、ばあばもお家に来て」。
完全に同じ構造である。
娘は、どちらかを選ぼうとしていない。
好きな人が別々の場所にいるなら、全員同じ場所に集めればいい。
これはもう、3歳児による全員集合システムである。
園の先生。
ばあば。
ママ。
パパ。
必要な人員を、必要な場所に配置する。
ただし、本人たちの予定は確認しない。
かなり強引な人員配置である。
大人はすぐに条件で考える。
仕事。
予定。
車。
こども園。
寝る時間。
明日の準備。
でも娘は、まず気持ちで考える。
会いたい。
遊びたい。
離れたくない。
みんな好き。
なら、みんな一緒にいればいい。
その日は、妻がお土産のお菓子を渡し、ばあばに見送ってもらって、娘は何とか気持ちを切り替えたらしい。
家に着いた時には、もう寝ていた。
寝ている娘を見ながら、私は思った。
朝は私の脚にしがみつき、夕方はばあばの家から帰りたがらなかった。
一見、矛盾しているようにも見える。
ただ、たぶん違う。
朝はパパと離れるのが寂しかった。
夕方はばあばと離れるのが寂しかった。
その時その時で、大好きな人と離れたくなかった。
ただ、それだけなのだと思う。
少し前まで、娘の世界の中心には、ほとんどパパとママしかいなかった。
今は、ばあばがいて、先生がいて、園のお友達がいる。
家の外にも、会いたい人が少しずつ増えている。
子どもの世界が広がるというのは、楽しい場所が増えることだと思っていた。
でも、それだけではなかった。
好きな人が増えるたびに、離れたくない相手も増えていく。
娘は今、一日の中でいくつもの「会いたい」と「離れたくない」を抱えている。
だから、どちらかを選ぶのではなく、全員を同じ場所に集めようとする。
私はつい、娘が誰を選んだのかで考えてしまう。
パパより、ばあばなのか。
家より、こども園なのか。
でも、娘は順位をつけているわけではなかった。
好きな人を入れ替えているのではない。
好きな人を、どんどん追加している。
そして、あの「うーん」を思い出す。
好きな人が増えた分だけ、娘はその人たちの気持ちも、少しずつ抱えはじめている。
3歳娘は今日も、現実条件を軽々と飛び越える。
そして、増え続ける大好きな人を、全員同じ場所に集めようとしている。
ただし次回からは、全員集合を決める前に、先生の勤務表と、ばあばの予定と、ママの腰だけは確認してほしい。
