第2話 出会い

 カンカンと金属がぶつかり合う音が響き渡る。薄暗い空間の中で、多くの者が鶴嘴つるはしを手に持ち、固い土や岩などを掘り起こしている。岩は固く、そう易々と割れないため、汗を流しながら、つるはしで何度も叩く。

 そして、岩から鉄鉱石などの鉱物が取れると、それを腕一杯に抱きかかえる。そして、それを抱えながら、向こうの点のように小さい光の差す方へと目指す。早く持っていかないと、雇い主に鞭で叩かれるため、はぁはぁと呼吸を荒くしながら、その光へと向かう。そうして、徐々に、徐々に光が大きくなると、そこは地上の景色が目に入る。地上は日差しが強く、地下の暗さに慣れきった目には、刺激が強すぎる。グローは片手で目を隠し、半目で外の景色を見る。

 大勢の奴隷に、積み上げられた鉱産物、そして、それらを取り扱っている雇い主だ。ここは、アンジェル帝国の一都市フォートリバー近くの炭鉱場だ。

 「おい、そこ!何をもたもたしている!」

 「はい!すみません!」

 グローは少しボーっとしてしまい、雇い主に怒鳴られてしまう。

 グローは奴隷狩りに遭った後、このアンジェルAngel帝国Empireに労働奴隷として連れてこられた。あの奴隷狩りから、およそ4年が過ぎた。彼がエールからアンジェル帝国に連れて行かれた後、故郷はどうなったのか確かめようにも術はない。エールとアンジェルは隣接していて、馬車で数日だが、彼にとってエールは近いようで遠い。

 それに、彼にとっては、自身の存在意義が消えてしまわぬよう、エールの「グロー」ではなく、奴隷の「グロー」の方が、気持ちが楽なのかもしれない。彼はそうやって自分を納得させていた。

 彼ら奴隷は主人の命令を聞いて、怒号が飛び交う中、自分に与えられた仕事をこなしていく。

 グローも仕事場の炭鉱現場に行き、鉱山物を採掘し、それを運んでいく。その作業を毎日毎日繰り返している。手は動かしてても、彼の心や頭は停止しており、ひたすら終わらせることだけを考えている。

 「おい、そこのお前!早くそれを運べ!今日までにこのノルマを達成しなければ、飯は無しだからな」

 雇い主のような人が、グローを大声で怒鳴り散らかす。

 失敗すれば鞭で打たれ、作業が終わらなければ飯抜きはざらにある。彼らの手には多くのまめと切り傷があり、服もボロボロだ。食事はほぼ水のようなお粥だけで、栄養なんか全く考えられていない。そんなご飯だから、彼らにとって全く楽しみでもなく、飯抜きと言われても今更彼らの心には響かなかった。

 そんな劣悪な環境のため、病気になったり、栄養失調や過労で倒れる奴隷もいる。だが、奴隷は病気になったら即座に捨てられる。そして、代わりの奴隷が入る。その繰り返しだ。彼らには代わりがたくさんいる。

 そうやって彼ら奴隷は平日の早朝から夜まで働かされる。

 今グローたちがいるフォートリバーは大きい川の近くにあり、この川を境に隣国と接している。そのため、他の国に攻め込まれないように、強固な要塞が建てられており、武器の生産も行われている。この都市では武器などの資源が欠かせない。つまり、グローたちはその鉱山の開拓などのために、連れてこられたようだ。

 グローたちにとって、理不尽に思えるかもしれない。だが、これも運命や宿命というものなのかもしれない。だが、彼らはそんな言葉で簡単に納得できるほど、愚かではない。信じているわけでもない。ただ、そう信じる方が彼らにとって居心地がいいのだ。

 だが、そう思ってしまうのも、当然なのかもしれない。彼ら奴隷はその日暮らしで精一杯で、そんな人生がアンジェル人という他者にそうされたと思うには、あまりに残酷だろう。ならば、まだそう正当性があった方が救われるのかもしれない。

 グローを含めた奴隷たちが淡々と仕事をしていると、空が徐々に太陽を隠していき、夜が訪れる。グローたちは、寝床の仕事場から馬小屋に戻される。

 「はぁ、疲れた。全くやってらんねえぜ」

 多くの奴隷がそう言い、わらが敷かれた地面にドスンと尻をつく。彼ら奴隷は仕事が終わるなり、飯を取りに行く。そして、それを掻き込むと、気絶するように眠りにつく。

 だが、奴隷の多くが飯を取りに行こうとすると、突如馬小屋の扉が開き、見知らぬ男が入ってくる。

 その男は、グローたちと同じような貧相な服だが、その顔立ちや立ち振る舞いからはグローたちとは違うような雰囲気を漂わせている。外見でも、肌が白い人種が多いアンジェル帝国の中では珍しい褐色の肌である。成人男性くらいの背丈の大きさとその濃い髭から見て、歳はだいたい40後半ぐらいかもしれない。

 「ユミトといいます。ヨロシク…オネガイシマス」

 彼はカタコトで少しばかり拙い挨拶をするのであった。本来であれば、単なる新しい奴隷が入っただけに過ぎないが、グローはなぜか引き寄せられるようなものを感じた。

 グローは新人の奴隷に話しかけてみることにした。

 「えーと、コトバわかりますか?オレ、グロー。ヨロシク」

 グローもその男につられてカタコトになったが、ジェスチャーをつけながら話すことで、相手のユミトという人物は、小さく縦に頭を振るのであった。だが、いきなり話しかけられたので、驚いたのだろう。ユミトは少し引きつった笑みを浮かべている。

 「アンタ、ここらへんの人とチガウ、どこから来た?」

 「ココからもっとトオイ、ミナミ、アトマン帝国だ」

 グローがユミトに出身を尋ねると、ユミトはたどたどしい言葉で質問に答える。

 全く聞いたことが無い国名であったため、グローは見当が全然つかず、戸惑ってしまった。だが、戸惑いと同時に彼の中で好奇心が生まれ、彼は次第にユミトの話に真剣に耳を傾けるのであった。

 「聞いたことない国だな…。その国はニンゲンの国か?」

 「いや、ドワーフの国だ」

 少し話を聞いていたら、どうやらここから南にアトマン帝国というドワーフの国があるらしい。さらに、話を聞いていると、ユミトは商人をしており、世界各地を飛び回っていたらしい。それが彼にとって幸せでもあり、不幸でもあった。その商売先の国で、奴隷狩りに遭ってしまったのだ。

 だが、ユミトの顔は決して曇っているわけではなく、むしろまだ目の奥に光を宿している。グローはその自身の常識を覆すようなユミトの話と光に興味を魅かれていた。

 それからグローは労働の終わりに、ユミトにグローの知らない世界のことについて教えてもらった。

 グローたちの仕事は炭鉱が主なので、真っ黒な顔になりながら、汗だくで仕事をしている。そのため、仕事が終わった後はもうくたくたになり、皆餌と呼ばれる方が近いような夕飯を食べて、爆睡している。もちろん彼も以前まではそうやって過ごしていたが、ユミトが来てからは、寝る前に話を聞いたり、教えてもらうことが習慣となっていた。ユミトはグローより数時間遅く、帰ってくるので、基本的に夜遅くに話をしてもらっていた。

 ユミトが馬小屋に戻ってきた。グローは小さく手を振り、こっちだと合図をする。ユミトはそれを見かけ、グローに近づいていく。そして、グローの隣に重い腰を音を立てないよう、そっと落とす。ユミトは座った途端、ふぅーと長い溜息をつく。

 「…今日も疲れたな」

 ユミトの顔には汗が多く流れており、その汗を手で拭うが、手は炭鉱のせいで黒く汚れており、顔まで黒く汚れてしまう。

 疲れ切って眠そうなユミトをよそに、グローは話を求める。

 「なあなあ、今日はどんな話をしてくれるんだ」

 だが、そのグローの問いにユミトは応えず、いびきをかいて、瞼を閉じる。だが、瞼が若干ピクピク動いていて、寝たふりをしているのが分かる。

 「おーい、寝たふりをするなよ」

 グローはユミトの肩を揺らし、ユミトの体がグワングワンと揺れる。

 「おい、今日は眠いんだ。寝させろ」

 グローとユミトはそんな不毛な小競り合いを、数分ぐらいしていると、向かい側で寝ていた奴隷から、

 「うるせえ!寝られねえだろうが!」
と怒鳴られてしまう。

 その声でグローたちはビクッと体が飛び跳ねる。

 そして、しばらくの沈黙の時間が流れ、しばらくすると、ユミトが溜息をつきながら、頭をガシガシと掻く。

 「やれやれ、仕方ないな。お前には負けたよ」

 ユミトは仕方なさそうにそう言い、いつものように話をしてくれるようだ。だが、その顔は決して嫌というわけではなさそうだ。

 「やったぜ」

 グローが少し喜ぶ顔を見て、ユミトはポツリと誰にも聞こえないくらいの声で呟く。

 「…弟みたいだな」

 グローはその言葉が聞こえず、ユミトに聞き返す。

 「え?何て言った?」

 「いや、何でもねえよ」

 ユミトは恥ずかしそうにそっぽを向く。そして、そのそっぽを向いたまま、グローに尋ねる。

 「で、今日は何を聞きたいんだ?」

 ユミトにそう尋ねられ、グローはそうだなーと少し考える。そして、何かを思い出したように、手を打つ。

 「あ!そうだ。アンジェル帝国の外ってどんな感じなんだ」

 グローの些細な質問にもユミトは、目を輝かせて、話してくれた。ユミトが本当に嫌がらないのは、彼自身も外の世界や話すことが好きなのだろう。

 皆が寝ているすぐ横で話をしていたので、ユミトはうるさくないようにボソボソと小声で話してくれた。

 「俺の故郷は鉱山が多く、それ以外は草原地帯が基本なんだが、今まで見てきた旅先では、砂の海、水の道、不老不死の人が住む山などすごい景色を見てきた。他にも、種族なんてもんも数えきれないほどいたぞ。獣人とかな。世界はお前さんが思っているよりもよっぽど広い。こんなアンジェル帝国なんてちっぽけなもんよ」

 ユミトは本当に楽しそうに語ってきた。

 勿論グローもその話に目を輝かせながら、実に楽しそうに聞いていた。

 「そんなのあるのか。見てみたいな」

 グローの故郷は正直、ド田舎だったため、彼にとってアンジェル帝国ですらも敵わないくらいの都会だと思っていた。だからかわからないが、ユミトがアンジェル帝国をちっぽけと言ったら、グローの中のアンジェル帝国が段々と霞んでいく気がする。

 グローは少し重い鎖がついた足に目をやるが、まるで背けるかのようにすぐにユミトへと視線を向け、話を続けた。

 「お前の故郷はどんな感じだったんだ」

 「俺らドワーフは、炭鉱や鍛冶、工芸が得意だから、それに沿うように住宅街が地下に作られているよ」

 ユミトの回答は俺の想像の範囲を超えていて、一瞬理解ができなかった。

 「住宅が地下にあるの!?全然想像つかねえな」

 正直、ユミトの話が嘘か本当かはわからない。もしかしたら、嘘なのかもしれない。だが、ユミトの楽しそうな話し方で、グロー自身も聞き入ってしまうのだった。幼稚に思えるかもしれないが、彼らにとってそれ以上に娯楽のない奴隷生活では、そんな話も聞きたくなってしまう。

 突然ユミトから質問が来る。

 「グローの故郷はどうだったんだ」

 いきなりグローにとって触れたくない話題の質問が来て、グローはまるで思いっきりパンチを食らったかのように固まる。

 「俺は…」

 そして、グローは少し一息ついてから、答える。

 「俺の故郷は、緑がとても豊かな小高い丘が多くて、羊も多いのどかな所だったよ。」

 「…もう焼野原で無いかもしれないけど」

 その最後の言葉を言った瞬間、しんみりとなってしまった。グローはこうなるのはわかっていたのだが、つい意地悪したくなってしまった。

 だけど、ユミトは可哀想にともそれはまだ分からないだろとも言わず、ただ「そうか」と言うだけだった。それがグローにとって良かった。下手に同情や励ましは自分が虚しくなるだけだ。

 グローはすぐに話題を変えるかのように、ユミトの故郷や他国について聞いた。

 「他には、ユミトの故郷はどんな感じなんだ?」

 ユミトもこのしんみりとした空気を変えようと、違う話題に食いつく。

 「あ、ああ、俺の故郷はハットゥシャという街なんだが、大昔からある街でな。歴史があるんだよ。他にも、首都のカッパトッカは大都会でな。……」

 そんな話をグローとユミトは延々と繰り返していた。

 グローは他にも、簡単な算術やユミトの母国の文字や言語もユミトに教えてもらっていた。
その代わりに、グローが少しエールのことやアンジェル語を教えていた。文字は書けないから、話し言葉だけだが。ユミトは元商人だったからか、飲み込みが早く、思ったより短い期間で言語を修得していた。

 ユミトの母国の文字は中々難しく、ユミトを母国の文字で表すと「Ümit」、アトマン帝国は「Atmanlı imparatorluğu」と表すらしい。

 正直アンジェル語とアトマン語は言葉が違うからグローにとって難しいが、文字の形が似ているため、覚えるのが無理というわけでも無かった。

 さらに、ユミトは母国の文化についても教えてくれた。

 アトマン帝国は、武具などの多岐にわたる工芸産業で経済がとても発展しているらしい。それによって、学問や文学、娯楽などの文化が庶民にも行き届いている。特に、御伽話が当時は人気だったようだ。中でも、『奴隷物語』が人気を博していた。

 「そうそう。俺の国では、『奴隷物語』っていう御伽話が人気だったぜ」

 グローは聞き慣れない単語が出てきたため、ユミトにそのまま聞き返す。

 「『奴隷物語』?何それ」

 すると、ユミトは親切に丁寧に教えてくれた。

 「あらすじは、簡単に言うと、奴隷の主人公が世界中を冒険し、のちに王様になるんだが、その過程の冒険や苦労が面白くて、人気でよ。よく弟にも読まされたなー」

 「へえ。そうなんだ」

 ユミトは弟の話になると、とても笑顔で優しそうに話している。弟は俺よりも頭良いだの。とても優しい心を持っているだの。よほど弟のことが好きなのだろう。長々と弟の話が続いたため、グローは奴隷物語の話に切り替えて、奴隷物語についてより詳しく聞いてみた。

 「もっと『奴隷物語』の内容を教えてよ」

 「お前もか。仕方ないな」

 『奴隷物語』などの物語をユミトはグローに簡単に聞かせてくれた。もちろん、その母国語では内容が難しいため、1話ずつ簡単にアンジェル語で教えてくれるのであった。特に、この『奴隷物語』はグローにとってとても心躍るものだった。奴隷の主人公が世界中を冒険し、のちに王様になるのだが、グローにとって奴隷という同じ立場に共感でき、まるで自分自身のことかのように錯覚してしまう。

 しかも、この『奴隷物語』は作者不明で、それが余計にグローの好奇心をくすぐるのだった。
 
 「その奴隷物語はどこで読めるの」

 「あー、多分俺の母国の図書館とかに行けば読めるかもしれん」

 「そうなんだ。読んでみたいな」

 グローがユミトと奴隷物語の話をしていると、ユミトはそういえばと手を打ち、他の話題に切り替えた。

 「そういえば、奴隷で思い出したんだが、最近この近くの奴隷が次々と反乱を起こしているらしい」

 グローはユミトからそのことを聞いたとき、なぜか分からないが、胸がざわざわと嫌な感じがした。


いいなと思ったら応援しよう!