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アイデンティティ・クライシスとはどういう状態か ~自己型編~

こんにちは。Takiと申します。
ここは自己実現を目的として自己理解を図るための場として設けています。私自身のためだけではなく、広く一般に適用できるように考えています。
誰かの一助となれば幸いです。

注意:これは科学的根拠の一切ないただの思考の奇跡です。。。


 私たちは存在を認識するとき、他との差異によってでしか認識できないと考えている。認識とは区別をつけることを意味するのだ。わかりやすい表現がある。「ネコがネコであるのは、その他がネコでないからである。」つまりネコをネコと認識できているのは、他のすべての存在と区別できているからということになる。

 ネコとイヌの区別がつけられなければ、例え世界的に(世界視点で)それがネコであったとしても(であることに関係なく)、私たちはそれをイヌと認識するだろう。即ち私たちは存在を差異でしか、認識(区別)することができないのである。

 アイデンティティを確立するためには、まず自己の認識が必要ではないか。そして自己を認識するためには世界との差異を認識しなければならないということになる。(ここでいう世界とは他者に近いかもしれない)「認識しなければならない」と意識的な表現をしたが、この差異の認識は意識的ではなく無意識的に生じるものと思われる。本能的といってもよいかもしれない。人は自己を自己として維持するために、アイデンティティの確立という過程は必須なのではないか。つまりアイデンティティの確立を成すために、成長の過程(10代頃)で世界との差異を本能的に認識してしまうのではないだろうか。

 このとき差異を明確に認識あるいは築くことができれば問題はないが、そうでない場合にはアイデンティティ・クライシス(自己喪失)に陥ることになる。つまり自己型における自己喪失とは「世界との差異をうまく測れない」ことに起因する。「無意識的本能的に差異を認識してしまった」・「自己型は世界と分離された状態を望む」という2つの状態でありながら、差異をうまく測ることができないという矛盾を抱えることになる。この苦悩やわだかまりが自己喪失の正体ではないか。

 この矛盾を解消する術はやはりアイデンティティの確立を遂げる他ない。前回説明したように自己確立を最終にしてはいけないが、過程として通過する必要性があるのだともう一度ここで強調しておく。


 今回は自己型における自己喪失の状態を考えてみました。あなたも昔もしくは今このような状態だったのではないでしょうか。その状態の本質を理解することで対処は様々生まれてくるでしょう。そして過ぎ去ってしまった過去の出来事であったとしても、この話が今後の思考や行動に活用されたら幸いです。今回も最後までありがとうございます。


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