『終わらない15分の密会~暗黒の死角と錆びた鉄歓喜・前編』
不動産買収の下見のために訪れた、郊外の広大な廃工場。
外は眩しいほどの太陽が照りつける遮るもののない『昼間』だというのに、一歩足を踏み入れた倉庫の内部は、外光が完全に遮断された、昼間とは思えないほどの濃密な暗黒に包まれていた。
天井や壁の窓ガラスはところどころ叩き割られ、そこから「ビュービュー」と冷たい隙間風が不気味に吹き込んでいる。 独特の鼻につくカビ臭さと、朽ち果てた鉄の匂いが充満する世界。
細い懐中電灯の光が揺れるたび、壁に乱雑に描かれた治安の悪いスプレーの落書きや、足元で風に揺られて「カラカラ……」と虚しく転がる錆びついた空き缶が、闇の中に不気味に浮かび上がっては消えていく。

私の前を行くのは、今の部署に配属されて2年になる同僚の男だった。
同僚といっても年齢は私より7つ年上で、入社が同じ年。元々施工部の営業だった彼は、こうした薄暗く荒廃した現場の歩き方に妙に慣れていた。
私は足首の覗くタイトなズボン姿で、冷たい隙間風に身震いしながら、彼の背中を必死に追っていた。
焦りから呼吸が速くなった瞬間、衣服の擦れに伴って、私の首元から先日、部長からもらった甘く洗練された香水の匂いがふわりと立ち上り、倉庫のカビ臭い空気の中で歪に主張し始めた。
建物の最奥、完全な死角となる小部屋に足を踏み入れた瞬間、前を歩いていた同僚が不意に足を止め、振り返った。
カチャ、と小さな音がして、彼が持つ懐中電灯の鋭い光軸が、私の顔側、そして首元へと容赦なく向けられる。あまりの眩しさに私は思わず腕で目を覆った。闇の中で、視覚を奪われた私の鼻腔を、自分の首元の香水の匂いがより一層強く支配する。

「なぁ、橋本さん……ずっと気になってたんだけどさ。たまに部長と同じ香水つけてない? 俺は配属されて2年、ずっと橋本さんのこと見てるからさ、すぐに分かっちゃった。……部長、結婚してるよね? まずいよねぇ、それ」
心臓が跳ね上がり、喉の奥がカラカラに干からびる。必死に否定しようとするが、
「えっ?突然…何を言ってるの?…」
かすかに声が震えてた私を見て、同僚の目は、すべてを確信したかのように続ける。
「あとさ……先週、前日と同じ服着て出勤したことあったでしょ? 部長も前日と同じネクタイしてたし。普段は毎日違うネクタイしてくるでしょ?あの人。営業あがりの俺の目をナメないほうがいいよ、橋本さん」
「っっちが……っ、それは、ただの……偶然、で……っ」
心臓が凍りつく。必死に否定しようとする私の唇の震えを見逃さず、彼は懐中電灯の光を私の首筋に固定したまま、さらに顔を近づけてきた。
…喉の奥がヒュッと詰まり、呼吸の仕方を忘れたように立ち尽くす。言い逃れの余地なんて、どこにもなかった。男ばかりの職場で、自分だけは誰にも悟られず完璧に立ち回っているつもりだった。
あまりの恐怖に全身の血の気が引き、カタカタと小さく震える私を見て、同僚はニヤリと唇を歪めた。
男は自由になった片手の指先で、私の頬にまとわりつく細い髪をスっと優しく撫で上げた。ゾッとするような愛撫。けれど、すべてを握られている私は、その無遠慮な指先を拒むことすらできない。
顔のすぐ至近距離から、懐中電灯の鋭い光軸が容赦なく私の目を、首筋を照らし出している。それはまるで、冷酷な取調室で逃げ場のない罪を厳しく追及されている、尋問のようだった。
言葉を失い、ただ光の中で立ちすくむ私を見つめながら、男が不意に手元のスイッチを操作した。
パチッ。
小さなプラスチックの音が響いた瞬間、突然、世界からすべての光が消え去った。 さっきまで強い光に晒されていた私の目は、あまりの急激な変化に追いつかず、まるで底のない深い暗黒の沼へと真っ逆さまに叩き落とされたようだった。
何も見えない。一瞬前まで見えていた壁の落書きも、割れた窓ガラスの輪郭すらも消え、濃密な闇が私の視界を完全に支配した。視覚を奪われ、パニックで呼吸が浅くなったその瞬間。
フッと、カビ臭い空気の中に、男の指先から、あるいは口元から、鼻をつく独特なタバコの匂いが漂ってきた。オフィスでは決して嗅ぐことのない、安タバコの匂い。それが私の首元の、あの部長の甘い香水と歪に混ざり合う。
直後、すぐ目の前に男の熱い吐息を感じた。暗闇のなか、男の顔が、唇が、私の耳元のすぐそこに迫っていた。
「言うこと聞いてくれれば、黙ってるよ。。」
「っつ!……」

耳元での脅迫に身体がすくんだ。タバコの匂いが鎖になって、私に巻き付き身体を硬直させる。。
「……」
次の瞬間。 暗闇のなか、おもむろに背後から私の両肩がガシッと無遠慮な力で掴まれた。そのまま羽交い締めにされるように、私の背中が男の分厚い胸板に強く押し付けられる。
逃げ場を失った私の正面へ回された両手が、大人の仕事着として端正にまとめていた私の胸部を、服の上から乱雑に、ただの肉の塊のように鷲掴みにした。
「あっ、んんっ……やめてっ!」
抵抗すら許されないまま、力任せに衣服が揉みくちゃにされる。静まり返った錆びついた倉庫の暗闇の中に、「ガサッ、バサッ!」という暴力的な衣擦れの音だけが、不気味なほど大きく反響し続けた。
オフィスのデスクでは決して出ることのないその生々しい音が、私の羞恥心を激しく煽り立てる。
悲鳴を上げようとした顔を背後から強引に横へ向けられ、男の唇が私の唇を乱暴に塞いだ。
「んっ、んむ……っ!」
鼻をつく強烈なタバコの匂い。ヤニの苦みと、男の野蛮な唾液が、部長の洗練された香水で満たされていた私の口内を容赦なく侵食し、ドロドロに汚染していく。
「んっ、はぁはっ…ん……っ!」
呼吸すら奪われる雑で暴力的なキスに、私はただ首を振って涙をこぼすことしかできない。
息も絶え絶えに唇が離れたかと思うと、今度は私の首筋から鎖骨にかけて、生温かくぬらりとした男の舌が這わせられた。
それはまるで、冷たい暗闇の底を這いずる一匹の『ナメクジ』のようだった。香水の残り香がを上書きするかのように、ねっとりと不快な粘液の感触が皮膚に塗りたくられていく。
「やめ……っ、お願い、……」
懇願する私の声は、もはや恐怖の悲鳴ではなく、熱を帯びた甘い喘ぎ声に変わってしまっていた。
頭では「こんな不潔な男に触られたくない」と強烈な自己嫌悪が渦巻いているのに。
プライドも、部長への裏切りの背徳感も、この圧倒的に雑な蹂躙の前では無力だった。
薄汚れた廃工場で、ただの性的なおもちゃとして乱暴に扱われているという底なしの屈辱。それが劇薬となって、私の中に眠っていた『裏の顔』――抗えない暴力に蹂躙されることでしか満たされない、卑しい雌としての本性が、ドロドロと音を立てて表面に溢れ出していくのが分かった。
私の身体が快感で小さく震え始めたのを察したのか、暗闇の中で男が
「なんだ、本当はこういうのが好きなのかよ」と下劣に笑う気配がした。
私は一瞬、冷水を浴びせられたように我が身の恐ろしい現実に引き戻された。 (違う、私はこんな不潔な場所で、こんな男に……!) 必死に拒絶しようと脳が悲鳴を上げる。
しかし、すでに恐怖と背徳の劇薬を注ぎ込まれた私の身体は、自分の意志を完全に裏切っていた。
ガタガタと小刻みに震える膝は笑い、立っているのがやっとだった。体勢を崩しかけるたび、足首の覗くタイトなズボンの裾から覗くヒールが、冷たいコンクリートの床を「カツ、カツ……」と不規則に、虚しく叩く。
静まり返った倉庫のなかに響くその硬い音は、まるで私のプライドが足元から崩壊していく足音のようだった。
我に返る隙など、男は与えてくれない。 さっきまで私の胸を乱雑に蹂躙していた男の手が、今度はぬらりとしたナメクジのように這い下り、私のズボンのベルトの隙間へと、強引に滑り込んできた。
「ひ……っ!?」
ガサツで節くれ立った指が、布地を強引に押し退けて、ヌルッと深く、私の最も卑しい本性を暴き立てるように侵入してくる。
「あ、ダメ、そこは……っ、お願いっ……ッ!」
言葉とは裏腹に、男の無遠慮な指先が容赦なくそこを弄るたび、静まり返ったカビ臭い倉庫の暗闇の中に、言い逃れのできない屈辱的な水音が
「クチュ……、クチュ……」と生々しく響き渡った。
割れた窓ガラスから「ビュービュー」と吹き付ける冷たい隙間風すらも、その衣服と肉体が擦れ合うおぞましい音を消し去ることはできない。
自分の首元から漂う上司の甘い香水。男の口から吐き出されるタバコの臭い。そして、暗黒の中に響き続ける、自分が開発されていく不潔な音。
それらのすべてが脳内で歪に混ざり合い、私は自分の内側に潜んでいた、あまりの卑猥さに、底なしの絶望と自己嫌悪を感じていた。
――その、一方で。
頭を掻きむしりたくなるような屈辱に比例して、私の身体の奥底は、かつてないほどの熱い歓喜に震えていた。
あの部長との、綺麗でスマートで、けれどどこか体裁を保った不倫関係では決して得られなかった、「ただの肉の塊として徹底的に雑に扱われ、すべてを暴かれる」という極限の蹂躙。
拒絶すればするほど、手のひらや足元から伝わるコンクリートの冷徹な硬さが、私の本性をどこまでも甘美に疼かせる。
「もっと汚されたい、もっとこの暗闇でめちゃくちゃに解体されたい」
という狂った裏の顔が、絶望のすぐ裏側で、ハッキリと目を覚ましていくのを止められなかった。
私の最も卑しい場所を弄り回すガサツな指の動きに合流するように、男のもう片方の手が、端正に着込んでいたブラウスのボタンの隙間から、ヌルッと容赦なく滑り込んできた。
「あ、あっ……! はあ、はあ……っ!」
下着の障壁すらも強引に押し退け、剥き出しの肌へと直接触れてくる粗暴な指先。暗闇で冷え切っていた私の肌に、男の体温が、指のザラついた質感が、ダイレクトに擦り付けられる。
全身を駆け巡るのは、頭の芯を焼き尽くすような、堪えようのない快感の嵐だった。カビ臭い倉庫の静寂を、私の必死に堪えようとする、けれど漏れ出てしまう激しい呼吸音が満たしていく。
だが、本当の恐怖と狂気はここからだった。
背後から羽交い締めにされたまま、私の臀部に向かって、ズボン越しに信じられないほどの硬さと質量がグイと力任せに押し付けられた。
男の中の『オス』が、みるみるうちに凶暴に目覚めていくのが、生地を隔てて生々しく伝わってくる。
大きく腫れ上がり、脈打ち、今にも爆発しそうなほどの恐ろしい熱量。あの部長の、スマートな夜の営みとは全く違う、獲物を貪り食うためだけに肥大化した野生の衝動。
その圧倒的な肉の熱を感じ取った瞬間――。 私の中に辛うじて残っていた、大人の女性としての理性の堤防が、跡形もなく完全に決壊した。
「っ、あ……あああああぁぁっ!!」
耐えきれず仰のけ反った私の身体の奥底から、堰を切ったように熱い体液が、凄まじい勢いと圧力で一度に噴き出した。
「ブシュッ……! ブシャ――ッ!」
大人の防護服として端正にまとめていたはずのタイトなシガレットパンツが、内側から一瞬でドロドロに、重たく濡れそぼっていく。
それだけに留まらず、溢れ出た熱い分泌物はズボンの生地を完全に透過し、私の細いヒールがカツカツと鳴っていた、あの冷たいコンクリートの床面へと「ジャッ……ッ!」と激しい音を立てて容赦なく零れ落ち、暗闇の中に飛び散った。
カビ臭い倉庫の暗黒の中に響き渡る、あまりにも卑猥で、あまりにも絶望的な、私の身体の決壊音。
「……へぇ、凄いな橋本さん。口では嫌がってたくせに、下はこんなに素直なんだ?」
暗闇のなか、男のタバコ臭い笑い声が耳元で弾ける。 自分が部長を裏切り、同僚の安っぽい脅迫と暴力の前に、言葉通り『全てをブチまけて屈服してしまった』という事実。
その底なしの卑猥さと絶望に脳が完全にマヒしていく一方で、衣服を重たく濡らす自分の体液の熱さが、窓から吹き付ける冷たい隙間風に晒されてじわじわと冷えていく感触が、狂おしいほどの快感となって私の背骨をガタガタと震わせ続けていた。
「はあ、はあ、はあ……っ、うっ、うっ……!」
激しい呼吸の合間に、堪えきれない嗚咽が口元から漏れ出す。
自分が犯してしまったあまりの失態と、引き返せない泥沼の現実に頭の芯まで絶望しながらも、なお私の肉体を小刻みに揺らし続ける余韻の快感が、私の意志を嘲笑うかのように身体をビクビクと跳ね上げていた。
自分でブチまけてしまった熱い廃液と底なしの絶望感が、自分が汚物で汚されてしまったという冷酷な現実を嫌というほど脳に突きつけてきた。
「……とんでもねえな、橋本さん」
暗闇のなか、男の低く濁った声が響くと同時に、私の奥深くを弄っていた指が「ヌチャ……」と音を立てて引き抜かれた。
あまりの生々しい肉音に肩が跳ねる。
しかし、男はそんな私の羞恥など一切お構いなしに、私の体液でドロドロに塗れた自分の指先を、私が穿いているズボンの太もも部分の生地へ、力任せに押し付けた。
ゴシゴシと、ガサツに指を擦り付ける布の擦れ音。 それはまるで、触れてはならない汚いゴミでも拭き取るかのような、徹底的に冷酷な所作だった。
端正に着込んできた防護服(服)が、いまや男の指を拭うための雑巾のように扱われている。脳がジクジクと狂おしいほどの屈辱で焼け付いた。
完全に腰の骨を抜かれ、自分の熱い体液で濡れた冷たいコンクリートの床の上へ、私は無力にへたり込むことしかできなかった。

「……」
手のひらに食い込む砂粒の痛みを感じながら、闇の中で荒い息を吐き出す私の、ちょうど頭の後ろ。至近距離の暗黒のなかから、その音が響いた。
――カチャ、カチャカチャ……。
それは、男が自分の腰のベルトのバックルを外し、金属の金具が擦れ合う、冷たくて乾いた音だった。
静まり返ったカビ臭い倉庫のなかに、その規則的な金属音だけが、これ以上ないほど鮮明に、そしておぞましい質量を持って響き渡る。
(あ……っ、うそ……嘘でしょ……っ)
後編へつづく
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こういう本音を書くのは少し怖いですが、誰かに知ってほしかったのも事実です。
もし、私の「欠乏」に何かを感じていただけたなら、少しだけサポートをいただけませんか。
いただいたお気持ちは、私が明日も「真面目な普通の女」でい続けるための、小さなお守りにさせていただきます。